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午後四時五分。佐村と交代した後に部屋に戻った直後、仮眠を取ろうと数分は粘ったが眠れない。疲れ切っているはずなのに、妙に目が冴えている。
いくら頑張っても睡魔がやって来そうにないので、円は部屋を出てガーデンテラスに向かった。
強化硝子越しに置かれた揺り椅子に、佐村は腰掛けていた。他の椅子はすべてテーブルに伏せられているし、わざわざ降ろして汚れた椅子を使う理由もないので、みんなで使い回しているものだ。
「眠れないのか」
「なんだか目が冴えてしまって」
「椅子は譲らないぜ」
「立ったままでいいですよ、意地悪だなあ」
和泉も円に気付いたようで軽く手をあげて挨拶をして来た。強化硝子には防音加工がしてあり、こちらの声も向こうの声も届かない。
佐村はずっと一連の犯行に付いて考えを巡らせていたようだ。顔に浮かぶ色濃い疲労が、彼がもう随分と不眠不休であることを物語っている。
少しでも力になりたい。しかし現時点でわかっていることを話してほしいと言っても佐村は絶対に教えてくれないだろう。円の身を案じているからだ。
「今暇ですよね。教えてください。どうして八年前に三原さんの事務所に駆け込んだのか」
「死ぬほど暇な時に気が向いたらって言っただろ。今は死ぬほど暇じゃない」
「死ぬほど暇そうに見えます」
「頭の中はフル回転なんだよ。さっさと部屋に戻れ」
今はどのくらいの時間だろうか。この部屋には時計がない。時間が気になったがスマホは部屋に置いて来てしまった。和泉に時計を見せてほしいとジェスチャーすると彼は左手首にはめたアンティーク腕時計を掲げて見せてくれた。
午後四時二十分。さっきからいくらも時間が経っていない。
もう少し居座りたい気もしたが、佐村に邪魔者扱いされガーデンテラスを追い出された。円は唇を尖らせ、渋々六の間へと戻った。
スマホに面白いゲームを落としていなかっただろうかと考え、ベッドに寝転んでデータを確認するが徒労に終わった。
時刻は午後四時二十八分。すべての生き物に平等に流れているはずの時間は、なぜ進み方にこんなにも差があるのだろうか。
まだ自分の順番の時間ではないはずだが、激しく扉をノックする音で目が覚めた。
――司堂さんが遺体で発見されたらしいの。
ドアの前で安来の声がそう言った。
円は部屋を飛び出して、安来と共にガーデンテラスに駆け込んだ。
テラス側の強化硝子の前に、うつ伏せに倒れている司堂がいた。傍らには、両手で顔を覆い嗚咽を漏らしている門野と、難しい顔をした佐村が立っている。その背後には、強化ガラスを激しく叩き、銅像の持っていた盾を奪い取ったのか、それを手に物凄い形相で何やら喚いている和泉がいた。こんな荒々しい和泉を見たのは初めてだ。和泉の口と目の動きが「その女が犯人だ!」と示していた。視線の先には門野がいる。犯人に殴られたのか、和泉の額からは血の筋が垂れて、すでに渇いていた。
鉄扉に視線を向けると、しっかりと閉まっている。鍵はちゃんとテーブルの真ん中に置かれていた。一体これは、どういう状況なのだろう。
司堂の死体を発見したのは佐村と門野の二人だったという。自分の順番の時間になってもなかなか司堂が来ないので、怖くなって一番頼りになりそうな佐村の部屋へ声を掛けに行ってから、門野は一緒にガーデンテラスの扉を開けた。するとガーデンテラスでうつ伏せに倒れている司堂を発見した。
司堂の右手は不自然で、まるで空気の塊でも握っているような形で固まっていた。死亡時に何かを握っていたのかもしれない。
死因はおそらく絞殺だ、と佐村が言った。頭には殴られた痕跡が見られるが、死因はそれではない。司堂の黒いチョーカー型ネックレスが付けられた首には、締め上げられた鬱血の痕がある。
状況がいまいち理解出来ずに佐村に目を向けると、彼も混乱しているらしく渋面だ。




