2-8
一歩進んでは一歩後退を繰り返しているような感覚に焦燥感を覚えて佐村に視線を向ける。
彼は腕組みをして廊下の壁に肩を預けて立っていた。みんなの話をよく聞いているようだが、必要な時以外は自分の意見は何も言わない。
「佐村さんはどう考えますか?」
「色々思うところはあるが、言わねえよ」
「どうしてです?」
「犯人が誰か分からない状況で、ほいほい自分の手の内や頭ん中曝け出すのは下策だろ」
「佐村さんもこの中に犯人がいるって考えてるんですか?」
「あくまで可能性のひとつとしてな。そもそもなんで内部犯の可能性を切り捨てようとしてるのか聞きたいね。互いを信用して庇い合うほど俺達に深い繋がりなんてないだろ」
俯いて考えを巡らせていたらしい司堂が顔をあげる。その表情は、何かとても重大なことに気付いたかのように見えた。
「……そうだよ。俺達が命を狙われた理由ってなんだ? 俺達のどんな共通点が犯人の殺意を刺激した?」
そうだ。動機だ。犯人が円達を殺そうとした理由がわからない。全員、数日前までほとんど接点のない人間達だった。
どこかに何かの繋がりがあって、自分達は選ばれてしまったのだろうか。
「宝……」
安来がぽつりと言った。
宝を守るために誰かが殺人を犯している。安来が言いたいのは、つまりそういうことだろう。
「そういえば」
円は遠い昔に起きた、ある出来事を思い出して口を開いた。
「祖母がこの館で自殺した後、祖父がおかしくなったって話を聞いたことがあります。『宝を守る王になる』とたびたび口にしていたみたいですね。私が知る祖父は普段は普通のおじいちゃんでしたが、この館にやって来た時は、目付きが別人のように鋭くなって『宝は誰にも渡さないぞ』って独り言を言っていたりして、少し怖かったです」
「その辺りの話、もう少し詳しく聞かせてくれないか? 何か犯人に繋がるヒントが隠されているかもしれない」
司堂に頷いて見せてから、円は自分の両ひざを抱え込んで、遠い昔を思い出しながら少しずつ話した。
「祖母が自殺したのは、この館に眠る時価数億という宝の噂がそもそもの原因でした。祖母には息子が二人……つまり私の父には弟が一人いたんですが、幼少時に身代金目的で誘拐されているらしいんです。犯人の目的はまさに硝子の館に隠されているという噂の宝だったみたいですね。祖父は、宝は差し出さずに、といっても宝が実在したかどうかも分からないんですが、とにかく莫大なお金を用意して身代金に当てようとしました。ところが犯人の目的はあくまで宝であり、お金ではなかった。父の弟は、変わり果てた姿で犯人に突き返されて来たといいます。祖母は発狂し、この館で自ら命を絶ちました。その犯人の死刑はすでに執行されていますが、祖父の中には拭い去れない暗い思いが根付いたんだと思います。ガーデンの中央に建っていた銅像を覚えていますか? 土台には英文が彫られているんですが、小さい頃に祖父にその意味を聞いたことがあるんです」
『王に魂戻りし時、粲々たる宝に触れんとする者は、裁きによって命を散らすであろう』
「そう書いてあったみたいですね。祖父はもともと外国旅行が趣味で、各地に残る伝承とか言い伝えみたいなものに興味があったんです。それで硝子の館を建てる時に、そういうお遊び的な仕掛けを色々と施したんだって父が言っていました。私もこの館に何が隠されているのかまったく教えられていませんし、そもそも件の宝というものがなんなのか、本当に存在しているのかさえ分かりません。時価数億の巨大な赤ダイヤが隠されている、なんて父は言っていましたけど、実際に見たことなんてありませんし、それも冗談だったのかなって思っています」
「もしも私達がその宝を狙う不届き者だと見なされていた場合、犯人にとっての排除対称として認識されてしまっても無理はないね。正当な宝の相続者である操君と奥さんが殺されたところをみると、この館に足を踏み入れる人間すべてが犯人にとってのターゲットに成り得るということなのかもしれない。それだと一網打尽にされなかった点がやはり不可解だが」
和泉の言葉に倉内は泣きそうな顔になった。縮こまっていても大きな体を、少しだけ和泉の方に寄せた。
「大体、人を殺す奴なんて頭がイカれてるもんだろ。犯人に筋の通った行動を当てはめようとしても無駄なんじゃないか?」
三原の言葉はもっともだ。狂った犯人を相手に正当な理由を求めること自体が間違いなのかもしれない。
それにしても、この一連の事件は謎があまりに多すぎる。
三日前に神無木操の友人を名乗ってマイクロバスに乗った謎の人物。
円に手紙を寄越し、八人のなんの接点もない人間を集めさせた父の友人を名乗る、これもまた謎の存在。
なぜ円を含めた九人が選ばれたのか。
無差別に選定されたのか。
偶然が重なって起きた事件なのか。
それとも同一犯による一連の犯行なのか。現時点では判断しかねる。
全員を一度に殺すつもりであればチャンスなどいくらでもあったはずだし、狙った人間だけを殺すつもりだったのなら、ほぼ全員が不調を訴えたことに理由が付かない。
さらに使われた毒がなんだったのかが円の気になるところだった。ヒ素が思い浮かんだが、ヒ素が使われたのであれば症状が出た後の状態では適切な処置をしなければ、まず自然回復はありえないだろう。




