八四話 滅炎
あと五回、それが狼角を倒すためにヒロムが宣言した銃剣の引き金を引く回数。
ハッタリなのか、それとも強さ故の自信から来る余裕なのかは不明だが、ヒロムはそう宣言したのだ。
「五回の攻撃で倒せるってか?」
狼角は火傷を負った体に魔力を纏わせながらヒロムを睨む。
全身の火傷、それは狼角の動きを多少鈍くさせているが、少しずつ再生しつつある。
「なめられたものだな……オレのことをそんなに弱いと……」
「勘違いするな。
オレは引き金をあと五回引くって言ったんだ。
攻撃する回数なんて言ってない」
「何を……」
「フレイたちは下がっててくれ」
分かりました、とヒロムの指示に従ってフレイとディアナは姿を消す。
「どちらにせよなめられたものだ。
……時間はかかるとはいえ受けた傷は再生能力で消せる」
「ああ、再生してくれてもいいけど……苦しみが増えるだけだぞ?」
言ってろ、と狼角は吐き捨てるように言うと姿を消し、ヒロムの背後へと一瞬で移動して右手の鋭い爪に力を込めると襲いかかる。
狼角の攻撃、それ対してヒロムは避けようともせず、鋭い爪はヒロムの体を抉るように切りつける。
「はっ、口先だけか!!」
呆気ない、そう思ってしまう狼角だったが、現状にあってはならないおかしさにすぐに気付かされた。
攻撃を受けたはずのヒロムは一切の反応を見せず、さらに攻撃を受けたその体は抉られるように切られたはずなのに血も出ていない。
おかしい、そう感じた狼角はすぐにヒロムから離れようとしたが、それはすでに遅かった。
狼角に切られた部分から赤い炎と黒炎が溢れ出し、狼角の右手を飲み込んでいく。
「うおっ!!」
驚く中で狼角は炎を消し、難を逃れようとする。
そんな中、驚く狼角の目の前でヒロムは銃剣の引き金を引く。
五回と宣言してから初めて引き金を引くが、銃剣は狼角とは全く違う方に向けられていた。
「はっ……回数稼ぎか?」
「いいや、これでいい」
するとヒロムの全身が炎へと変化するとその周囲を熱風と衝撃波が走り、狼角は吹き飛ばされてしまう。
「!!」
吹き飛ばされる中、またしても狼角の体は少し焼け焦げ、そして全身が何か熱いものに襲われていく。
何かとは目には見えないが故に断定できないが、明らかにヒロムの攻撃だということは分かっていた。
それ故に次に何か来ると考えた狼角は受身を取ると立ち上がるが、その狼角の背後にヒロムが既に立っていた。
「いつの間に……」
「二回目だ」
ヒロムは一言言うと銃剣を天に向けて構えると引き金を引く。
二度目の引き金、だがまたも狙いは逸れている。
「ふざけて……」
「三回目」
狼角が振り返ろうとするとヒロムは狼角を蹴り飛ばし、そして剣と銃剣を同時に振って空を斬ると、三度目となる銃剣の引き金を引く。
もはや弾丸が放たれる気配はない。
それは狼角をただイラつかせるが、刹那、狼角は痛みに襲われることになる。
「な……」
狼角の体には剣で斬られたような切り傷が生じており、その傷口は熱を帯びていた。
「い、いつ……」
その傷がいつからあったのか考えてる狼角に天より隕石の如く無数の炎弾が襲いかかる。
「があぁぁぁ!!」
気づいた時にはすぐそばまで迫っていたため、狼角は避けることすら出来ずに直撃を受け、全身が炎に飲まれていく。
「な、なぜ……オマエはオレに……何を……」
「さあな……あと二回でオマエは負ける」
ヒロムは魔力を纏うと剣で斬りかかるが、狼角はギリギリでそれを避ける。
それでも攻撃を続けて放つヒロムに狼角はただただ警戒する他なかった。
五回引くと告げた引き金、その三回を引き終えた今、狼角は予測すら出来ない攻撃に苦しまされているのだ。
(くそ……わからない!!
なぜヤツが引き金を引く度にオレはダメージを受けている!!なぜだ!!
ヤツの銃剣はオレを狙おうとしていない、それどころか狙う素振りすら見せていない……なのに)
「なんでだ!!」
狼角は怒りだけでなく、焦りまで抱き始め、それは攻撃に悪影響を及ぼしていた。
攻撃は大振りになり、動きも荒く、傍から見ればその動きは隙だらけだった。
「自暴自棄か?」
「なぜだ!!なぜ借り物の力を使うオマエにオレが……」
さあな、とヒロムは狼角の言葉に冷たく返すと四度目の引き金を引く。
銃剣は狼角を狙いに定めており、今度は炎弾が放たれる。
「……!!」
(見えた!!)
見えれば避けれる、そう考えた狼角はすぐに避けようとした。
が、狼角のそれを察知したかのように炎弾は消え、そして気づけば狼角の体には鋭利な何かで貫かれたような傷がいくつも出来ていた。
「……は?」
傷口は焼け焦げており、熱を帯びている。
つまり、消えたはずの炎弾がこの傷をつけたのだろう。
ありえない、それが狼角の率直な感想だ。
消えた直後にこの傷を相手に与えるなど、不可能に近い。
なのになぜ?
傷を押さえながら膝から崩れ落ちる狼角。
もはやヒロムの放つ見えぬ攻撃を受け続けたことでついた傷を消そうとする再生能力も機能していない。
体はボロボロ、力も通じず、一方的に攻撃されているのだ。
それでも獣人の姿を維持しているのは、狼角の中にある信念とヒロムに対する感情から来る戦意があるからだ。
「……勝負あったな」
ヒロムは狼角に一言告げると銃剣を地面に突き刺し、引き金に指をかける。
その不可解な行動、その真意を確かめようと狼角はヒロムに問う。
「なぜオマエの攻撃はオレには見えないんだ……?」
「あ?」
「そもそもなぜ銃剣の狙いに入ってないはずのオレが引き金を引く度に攻撃を受けている……?」
「知りたいってか?
教えてやろうか?」
ヒロムは面倒くさそうに狼角に質問し返した。
狼角は悔しそうに拳を握る中で頷き、それを見たヒロムはため息をつくと語り始めた。
「フランとテミスのこの力は当然ながら炎同士で高い効果を発揮する。
だがフランの炎は破壊に特化し、テミスの炎は柔軟性に優れている……その二つが一つの力となった時、この炎はあらゆるものを燃やすほどの熱量を宿してしまう」
「はぁ……?」
「この炎は触れたものを瞬間で燃やし、焼き尽くす。
オレはその炎を放つだけ」
「……話を逸らしてんじゃ……」
「逸らしてねぇよ。
この姿のオレの放つ炎……二色の炎を同時に放てばそれは一定の温度まで達し、色を失う……ガスバーナーとかの外炎ってわかるか?」
ヒロムの言う外炎、それについて知識のある狼角は言葉を失い、そして次第に恐怖に飲み込まれていく。
外炎、言葉通りに言うなら炎の外層。
酸素の供給が十分で完全燃焼し、無色で温度が高い酸化炎だ。
その温度は……
「千を超えて……最高温度に近い温度に……」
「そいうこと。
ま、発動には周囲の熱量も関係してくるし、何より短時間では効果が出ないからなぁ……。
コイツは対長期戦用の切り札ってわけだ」
やばい、そう感じた狼角は立ち上がってヒロムに攻撃し、早々に始末しなければと考えた。
もし今の話が本当なら、主であるトウマに危険が及ぶ。
そうなってからでは手遅れだ。
「……うおおおおお!!」
「……フランの「獄炎」とはこの炎の火力と熱量の尋常さから来るものだ。
そしてテミスの炎の力も加われば……歯向かう者は皆殺しにする炎となる!!」
ヒロムが五回目の、最後の引き金を引くその瞬間。
ヒロムの全身を赤い炎と黒炎が飲み込み、周囲一帯が熱に覆われ、引き金が引かれると同時に二色の炎が音もなく消えて辺り一面を焼き、立ち上がろうとした狼角は全身が黒く焦げてしまう。
「が……」
「……無色の炎……それが二色の炎の合わさった結果生まれた炎だ」
ヒロムは魔力を足に纏わせると狼角を蹴り、狼角はそのまま背中から倒れてしまう。
倒れた狼角は獣人の姿から元の人の姿に戻るが、生々しい火傷を全身に負い、立ち上がる様子もなかった。
「さよならだ、狼野郎」
狼角に背を向け、その場を去ろうとしたヒロムだが、急に苦痛の表情を浮かべると右腕を抑えて座り込んでしまう。
「クロス・リンク」は解除されてヒロムは元の姿に戻り、フランとテミスはそのまま消えてしまう。
「くそ……」
大丈夫ですか、とフレイは現れるとヒロムを心配するが、ヒロムはため息をつくと右手を見た。
ヒロムの右手、掌が少し火傷を負い、そして血が出ていた。
「マスター……!!」
「……「烈獄焼炎」の無色の炎は強力だが、オレの体がその負荷に耐えれてないんだよ。
長期戦用の切り札もオレにとっては毒でしかない……厄介な力だ」
「危険すぎます、マスター……これでは」
「心配かけるかもな……ユリナをな」
ヒロムはため息をつくとどうしようか考えた。
するとフレイは服の一部を破るとヒロムの右手を覆うように巻いていく。
「……悪いな」
「私は大丈夫です、マスター。
だから……お願いを聞いてもらえませんか?」
「なんだ?」
「……ユリナと向き合ってあげてください」
フレイの言葉、それはヒロムの予測していたものと違ったらしく、彼は少し驚いたような顔をしていた。
「急にどうした?」
「……マスターも気になってるのではないですか?
ユリナがなぜ泣きそうになってまでマスターを止めようとしたのか」
「……そう、だな」
ここに来る前、ユリナは泣きそうになりながら止めようと必死に言葉を投げかけていた。
戦うためにそれを無視する形を取ったヒロムだが、今になっても何故なのか気になってはいた。
「フレイは……わかるのか?」
ヒロムは恐る恐るフレイに訊ねた。
訊ねられたフレイは頷くと、ヒロムにそれについて語り始めた。
「マスターのお気持ちはわかります。
守りたいからこそ戦う気持ちはこれまで共に過ごしてきた私には十分すぎるほど伝わってきます」
「だったら……」
「思い出してもらいたいんです……セラが現れた時の私のことを。
そうすれば、きっとわかります」
「あの時のことを……か」
ヒロムはフレイに言われてあの日、精神世界でセラと出会い、フレイと一戦を交えた時を振り返る。
暫くしてため息をつくと左手で頭を掻き、そして深いため息をつくとフレイに言った。
「……オレは何もわかってないのかもな」
「マスター……」
「フレイ、頼みがある」
ヒロムはフレイにある事を頼もうと伝え、それを聞いたフレイは頷く。
「わかりました。
ではおまかせください」
右手の手当てを終えたフレイは立ち上がるとともにどこかへ向かっていく。
フレイの後ろ姿を見ながらヒロムは深呼吸すると、何かを覚悟したのか別の方向へ歩き始めた。
「……さて、やるか」
***
「最高じゃないかぁ」
とあるビルの屋上から葉王はヒロムと狼角の戦闘を見ていたらしく、拍手していた。
その傍らでアリスがゲームをしていた。
「終わったのか?」
「ああ、見事な勝利だよ。
あんな力を手に入れているとはなぁ!!」
「……でも不完全なんだろ?」
アリスはゲーム機の電源を切ると葉王に告げる。
「アンタがアレを気に入ってるのはよくわかったけど、オレからすれば計画の道具でしかない。
……壊しても文句言うなよ?」
「やれるならやってみろやぁ?
オマエじゃアレは倒せねぇよ」
「……上等だ、オレが潰してやるよ」
アリスは吐き捨てるように言うと音もなく消えてしまう。
葉王はため息をつくと、石版のパネルを手に取った。
それを見ながら葉王は呟く。
「……オマエじゃアレの代わりにはなれねぇよ、アリス。
これを……パラドクスを開けるのは姫神ヒロムだ」




