334. 大雪
コフィンが別行動を提案した。だから自分達はそれぞれ単独で行動してたんだ。
その別行動の結果、バガンが消えた。
ボードゲーム盗みの犯人を捜す、そう言って別れたバガンは夜になっても借家に帰ってこなかった。
「1人で妖精を探しに村を出たか?」
「いやでもコフィン、バガンの荷物は借家に残ってるんだぞ。そりゃ身に着けてた装備やらは残ってないけど、着の身着のままこの大雪の中ここを出るか?」
借家内の隅にある自分達の荷物。その中にはバガンの荷物も混じっていた。
昼過ぎから突然大雪になったんだ。こんな状況じゃ隣町へ行くのすら自殺行為だろう。
だからと言ってまさか、これまで1人でやってこれた一人前の冒険者がこんな狭い集落内で大雪遭難だなんて馬鹿なこともない筈だ。
「ふむ……。なぁ、この家にはコップが5つなかったか?」
「え? コップ? ああ、キッチンの。どうだろ? 数えてなかったなぁ」
考え込んでいたコフィンが突然話を変えてきた。
コフィンの視線はキッチンに向けられてて、そこにはコップが4つ見える。初めから4つだった気もするが、コフィンはもともと5つあったコップをバガンが1つ持って行ったと言いたいのだろうか?
でもコップを取りにきたのに自分の荷物を置いてくか?
「……それにあの扉、開いていたか?」
「どうだろ? 自分が開けた気もする」
キッチンとこの部屋の間には扉があり、今は開いてる。だからこそここからキッチンが見えるんだが……。
「まぁ、いい。……バガンが居なくなってしまったのは仕方ない。私達だけで行動する他ないだろう」
「ああ、そ、そうだな。……妖精の情報に加えてボードゲーム盗難犯の情報も集めるんだっけ? 明日はどうする? 一緒に行動するか?」
昨晩の話し合いで、1人が情報収集してる間、2人が食糧確保に動くということに決まってた。その役割分担を日毎にローテーションする予定だったんだ。
だけどバガンが居なくなった今その予定は崩れた。
「普通に考えれば別行動して片方が情報収集、もう片方が食糧確保というのが効率的だ。しかしバガンが居なくなったばかり。明日は共に行動しよう。情報収集だ。バガンを見た者が居ないかも一応調べるぞ」
「あ、ああ、分かった」
でも翌日、いきなり予定は変更された。地元民から雪掻きを依頼されたからだ。
ここじゃ雪なんて滅多に降らないらしい。それが突然の大雪で地元民だけでは対処しきれないんだとか。
昨日畑中に生えた謎の草もこの大雪のため放置されてる。
閉鎖的な集落で上手くやってくにはこういったことに協力してく必要がある。そうしないと無視されるようになり、最悪嫌がらせが始まってしまうからな。
あまり雪に慣れてない自分にとって雪掻きは大変な作業だった。非常に体力を使う。
でも何故か体の調子は普段よりも良い。雪かきの動きは体に良いのかもしれないな。
それに悪いことばかりじゃない。
この雪掻きには子供らも参加してるんだ。こういう共同作業を通しての会話なら、普通には訊き出せない話も訊き出し易くなるものさ。
相手が子供というのも良い。子供なら大人の秘密もつい喋ってしまうだろうから。
「だからー、今は結構人が多いんだ!」
子供らの話を総合すると、少し前まで数年続いてた不作の際にこの周辺の集落はどこも存続できないほど人口を減らしたんだそうだ。そのため、いくつかの集落を廃して統合し、残った集落をなんとか存続させてきたんだとか。
ここリースタム男爵領都もそういった統合された集落の1つで、いまやリースタム男爵領にはこの領都1つしか集落は残ってないらしい。
「んでねー、アウリ様にはあんまり関わるなって」
「あ、それボクも言われたー」
集落統合の際にここにやってきた人達の中に、とてもリーダーシップを発揮できる婦人が1人居たらしい。昨日、ボードゲーム盗難騒ぎのときに領主館で騒いでいた婦人だ。名前はゲティーダ。
そのリーダーシップは当時どん底だったこの男爵領都の存続にかなり寄与したと子供らの話から推測できた。
そのゲティーダさんが領主の娘であるアウリ様を毛嫌いしてるんだとか。ゲティーダさんは顔が利くから、彼女に嫌われるとこの集落では生き辛くなるとは子供らの親の言だ。
それで周りもなんとなくアウリ様から距離を取ってるらしい。
と言っても、領主に嫌われたら多少生き辛いなんて問題じゃなくなる。だから本当にそれとなくどちらからも嫌われない程度に距離を取るんだと子供らは言う。
なかなか複雑な状況だな。
「それよりさー、オジサンたちあの空き家に住んでんでしょー?」
「あ! ねぇねぇ、幽霊見たー?」
「幽霊?」
雪をシャベルで荷車に移しながら子供らに答える。
子供らは雪掻きに飽きたのか、雪玉を作り始めていた。
「うん、空き家には幽霊が出るから近付いちゃダメなんだって!」
「へぇ。でもオジサン、幽霊は見たことないなぁ」
「えー、そっかー」
「ねぇ、見たら教えてよ!」
「あ、ボクも聞きたーい」
「ああ、見たら教えてやろうな」
「いえーい、やったー!」
子供らは無邪気に喜ぶ。
子供が元気な場所はそれなりに良い場所の筈だ。数年前までどん底だったらしいが、これからここも良くなっていくんだろうなぁ。アウリ様との仲も良くなれば良いんだが。
っと、それはそうと……。
「なぁお前達、妖精って知ってるか」
「知ってるー! 見たことないけど」
「最近よく聞くよねー!」
「ケガとか病気とか治してくれるんだって!」
「この前来た行商のオジサンが妖精様のご利益があるーって、木の玉売ってた!」
「その前はなんか鳥のオモチャだったよ!」
「そうそう! どれもドコが妖精なのか分からないのばっかだよねー!」
子供らから聞けた妖精話は、他の町でも普通に聞ける内容ばかりだった。
この国の東部には戦争による傷病兵が多かったが、去年その傷病兵を妖精が治したという話がこの周辺ではよく聞く話だな。
妖精を信じ切れず招集に応じなかったことで傷病兵のままとなった者と、招集に応じて完治した元傷病兵。その対比がオチとしてよく話されてる。
追加情報があるとすれば、ゲティーダさんが妖精なんて胡散臭いとよく言ってるらしいくらいなものだった。
その後も雪掻きしながら子供らから色々と訊いていく。しかしバガンを見た子は1人も居なかった。ボードゲーム盗難騒ぎも知らされてないらしい。
分からず仕舞いの妖精の行方。
ボードゲーム盗難とかいう迷惑な事件。
畑一面に生えた謎の草。
突然の大雪。
バガンの失踪。
全く進展してる気がしない。それどころか後退してる気すらする。
いったいこれからどうなってしまうんだろう……。




