326. おかしな質問
「ふんッ!」
斧の素振りに合わせて、ちらほらと降っている雪の軌道がフワッと変わる。火照った体に初冬の寒さが心地良い。
やはり俺はギルマスなんて柄じゃぁなかった。一冒険者の方が性に合ってるってもんよ。無心で斧を振ってるのがお似合いだ。
「ふんッ!」
王都ギルドは新体制になってから上手くやってるらしい。
しかし新人がサブマスたぁなぁ。世の中何があるか分からんもんだ。アイツの判断力は侮れん。昔から小さなミスは多かったと記憶してるが、切り替えは早かった。その切り替えの早さが判断の早さに繋がってんだろう。
作業を引き受けんのは全力で拒否すっくせに、1度手ぇ付けた仕事は平均以上の結果を出していた。
地力はあったんだ。犯したミスも最終的には問題ないレベルまで何とかする力もあったしな。
頻発していた小さなミスも、今にして思えば1番の新人に色んな奴らから矛盾する指示を受けて混乱していただけのようにも思う。
「ふんッ!」
にしても、被害なく護衛任務を完了できて良かったよ、まったく。
リースタム男爵領へ戻る男爵令嬢の護衛を受けたは良いが、道中へんてこなことばかり起きてやがったのだ。一時はどうなることかと思ったぜ。
まず、馬車から大量の金貨が出てきた。そして妖精様が外出時に寝泊まりされるという鳥籠に、実質妖精様の私物となったボードゲーム、それらが男爵令嬢の荷物の下に隠されていたのだ。
「ふんッ!」
が、妖精様が居られるのかと探しても見つかりはしないときた。そして、この事実を王城へ知らせるかどうかで揉め、足止めを食ったのだ。
誰か1人が引き返して王城へ知らせるにしても、居るのは護衛の俺と、護衛対象の男爵令嬢、そして馬車を操る女性御者の3人のみ。誰か1人が抜けるなど有り得ない。結局王城へは手紙を送るのみで、そのまま男爵領へ向かうことになった。
「ふんッ!」
そうこうしている内にガルム期になり、ガルム期中盤から魔物の動きが怪しくなった。普段この周辺にゃ魔物は少ない筈だ。それが何かに怯えるように大量の魔物が移動しているという情報を得た。幸い大した襲撃には遭わなかったが、もう少し遅ければ厳しかっただろう。
そして極めつけは光の柱。ガルム期の暗い空を昼のように明るく照らし空を割った1本の線。この辺の村々は大混乱だったらしい。
「ふんッ!」
昨日から降り始めた雪が薄っすらと積もり始めている。
去年まで雪など降らなかったという話だったから油断していた。積もる前に男爵領に到着できたのは僥倖だ。
しかし今から王都へ引き返すのは難しい。途中で足止めを食らうのは目に見えている。去年の冬、帝国向こうの聖王国から雪の中を突っ切って聖女が来たそうだが、そんな無茶はなかなかできることじゃないのだ。
ま、特に予定なんてのもない。一冬くらいゆっくりしたって良いさ。
「ふんッ!」
ここは不思議な場所だ。
王国北西部と言っても戦場にはならなかった。そして魔物も少ない。だから町や家に塀なんてモノはなく、家は点々と離れていて町の規模はあるのに村のように見える。
外から来た人間に、ここは領都で領主館があると言っても信じないだろう。王都では感じない匂いを感じる。魔物臭くない。これが自然の匂いか。
土の匂い、風の匂い、木々の匂い、それから……。
「ふぅんッ!」
「――精が出ますね、ジェイコブさん」
「これはどうも、アウリ様。何か御用で?」
俺は今領主館でお世話になっている。
ここ数年、諸々の問題でこの地を訪れる者は皆無だったらしく、その間に宿なんてものは無くなったそうだ。あまり貴族に近付き過ぎるのもどうかと思うが、他に当てもなく領主館の1部屋を使わせてもらえることになった。
素振りをしているこの場所も領主館の敷地内だが、塀がないから領主館の傍の空き地と言った方がしっくりくる感じだ。
「えーとですね……、相談したいことが」
「ふむ」
よく見ればどことなく悲しそうだ。貴族令嬢にしては珍しく素直な子供という印象だったが今の笑顔に力はない。
故郷の水不足を憂いていたそうだが、この雪。来春は雪解け水が使えるだろう。この小さな男爵令嬢が水魔法で頑張らなくても水不足はかなり改善される筈。他に何か問題があったか?
故郷の人間が多くいるこの地で付き合いの短い俺に相談してくるってぇことは、単純に冒険者への依頼か、それともこの地の人間にゃ相談し辛いことか、はたまた問題の対象自体がこの地の人間か……。
「どうされました?」
「おかしなことをお尋ねしますが……、あの、潮の香がしませんか?」




