319. 大きな魔力
「くさっ」
エルンの町へ馬車移動中、突然嬢ちゃんが両腕を突き出して顔を背けた。
「うわ、おい嬢ちゃん! 臭い玉を開ける奴があるか! 早く捨てろ! 馬車に臭いがうつっちまう」
好奇心からか魔物避けの臭い玉をほじくって中身を露出させやがった。腹を空かせた魔物ですら尻尾巻いて逃げ出す強烈な臭いが馬車内に広がり、慌てて嬢ちゃんは馬車外へ臭い玉を投げ捨てる。
顔に似合わずとんでもないことするな、この嬢ちゃん。
「おいおい、レス。臭い玉と言うのだから臭いのは当たり前だろう。最近のお前は野蛮過ぎないか? そんなだから蛮族とか蛮国とか言われるんだぞ」
「あのような玉がどのように魔物を退けるのか興味が出ただけ。帰れば以前どおり大人しくする。それに魔物なんて全然出ないから魔物避けなんて必要ないでしょう」
ムスッとした表情で嬢ちゃんが答える。
確かにガルム期の移動ってんのに魔物が一切出てこねぇ。多少無駄にしてもエルンの町までに足りなくなるってことはないだろう。
それにしても、この時期に全く魔物に出会わないなんてことあるか? ここにこれだけ魔物が居ないってことは何処かに移動したとか? 今頃魔物だらけの道を進まざるを得ない冒険者なんかが居たりするかもな。ご愁傷様なこった。
「お言葉ですが、お戻りは何時頃をご予定されておりますでしょうか? 私はガルム期中にはお戻りになられると愚考しておりましたが……。流石に不在期間が長過ぎますかと」
「今から帰ってもガルム期中に帰るなんて無理だ。ま、春には帰るって」
どうやら魔術師の女、シルは早めに帰りたいらしい。そりゃ従者からすれば主人が冒険者の真似事をしてるのは許容できんだろう。その後もシルは婚約がどうの言いつのっている。
なるほどな。兄の方は近く結婚するんだろう。結婚すれば貴族でも流石に自由にほっつき歩けはしない筈だ。だから残された独身期間を楽しむために出てきたってところか。そのついでに妹の冒険者願望を叶えようってんだろう。それにしても兄の方、楽観的だなぁ。
「その馬車ッ! 止まれッ!」
ガルム期の終わり、ようやくエルンの町が見えてきた頃、前方に居た男が制止の声をあげた。アイツはエルンの町の門番の1人だった筈。名は確か、エッスィーだったか。
「ふむ……、町で何かありましたかな……?」
御者をしている商人、トットはそう言って馬車を止めた。
「どうした?」
「分からん」
クトが俺に訊いてくるが、俺にも分からん。この半年王都とエルンを往復し続けていたが、こんな風に制止されたのは初めてだ。
しばらく静観しているとエッスィーを含む3人の兵と1人の魔法職が近付いてきた。
「おい。っと、お前カドケスじゃないか。なるほど、いつもの毛回収の馬車か。暗くて分からなかった」
そう言いつつ恐る恐る近付いてくるエッスィー達。
「よぉ、エッスィー。何故そんなビクビクしているんだ? 何かあったか?」
「それはこちらのセリフだ。お前ら馬車にトロールとか乗せていたりしてないだろうな!?」
「は? 馬車にトロールですか? 見ての通り、私と護衛の方々のみですが?」
怪訝そうに商人が答える。
「あ? あー……、はっはっは。呼ばれてるぞ、トロール」
「誰がトロールだ!」
俺と商人が困惑している中、兄が笑いながら妹に声をかけ、すかさず嬢ちゃんが反論。
「ひゃ、ひゃぁ!?」
そして魔法職の男がひっくり返った。
おいおい大丈夫か? 白目むいてるぞ?
いったい何がどうなってるんだ?




