315. 護衛依頼
薄暗い街道をガラガラと幌馬車が進み、馬車の揺れに合わせて吊るされたランタンの光が踊る。
エルンの町へ向かう商人の馬車の護衛。ここ半年、俺が頻繁に受けるいつもどおりの依頼だ。ガルム期の今、平時と比べれば多少勝手は違うがやることは同じ。その筈だった。
しかし、依頼者の商人が今はガルム期だからと追加の護衛冒険者を募ったのだ。そうしてやってきた追加の護衛は、如何にも訳ありという3人組だった。
3人とも昨日冒険者になったばかりのド新人で、装備も真新しい。だと言うのに明らかに金がかかった装備で違和感が凄い。構成も兄妹と女という珍しい組み合わせだ。
兄は戦えそうな前衛装備をしているが、妹は前衛なのか後衛なのかよく分からないヘンテコな防具に中途半端な長さの剣。女は魔術杖を背負ってるから魔術師だろう。冒険者で魔術師ってのはこの王国じゃぁ非常に珍しい。フリーの魔術師は軒並み先の戦争の前線に送られたのだから。
どう見ても、貴族兄妹がお遊びで冒険者ごっこをしに来たようにしか見えないぞ。お忍びの貴族兄妹に魔術師の女がお目付け役で付いてきたって感じか。
全員美男美女、髪だってサラサラだ。貴族でなかったとしても何処かの大商人の御子息御息女とかに違いない。
道中魔物に襲われた場合、魔術師の女に実戦経験があれば楽できるかもしれんが、最悪俺1人での対処になると覚悟しておいた方が良いかもな。
「いやぁ、この依頼が見つかって良かったよ。ガルム期に移動する馬車がこんなに見つからないとはな」
兄の方がそう笑いかけてくる。妹は無愛想だが兄は社交的で助かったよ。女の方はまだ会話する気があるようだが、妹の方は喋ろうとすらしないからな。兄とは普通に喋っていたから喋れない訳ではないだろう。嫌われたのかもしれん。
「ガルム期は基本誰も移動しないからな。妖精ブームの影響で暗くても無理して王都に向かおうとする奴らは居るが、その逆なんてほとんど居ないぞ」
「へぇ。じゃぁこの馬車はどうしてこの時期に南東へ向かっているんだ?」
「おいおい新人、依頼者の情報を不用意に訊き出そうとするなよ? 場合によっては命を狙われるんだぜ?」
「おっと、すまない」
「ま、この馬車に関しては隠すようなことはないけどな。トロールの毛だよ。なんでも王都で量産している妖精人形の髪に使ってるそうだ。この商人のオッサンはエルンで取れたトロールの毛を王都へ輸送するため、もう半年ずーっとエルンと王都を往復してるって訳さ。それを俺は毎回護衛してるんだ」
「トロールの毛だって? 倒せるのか、トロールを? ダメージを与えても際限なく回復して倒せないって聞いたぞ?」
女2人は無表情のままだが、兄の方は驚いた表情を見せる。どうやら何も知らずにエルンに向かっているのではないらしい。周辺に出没するトロールの特性は最低限知っているようだ。
「別に倒してる訳じゃないらしいぞ。毛さえ取れれば良いんだからな。俺も詳しくはないが、罠を使ってるらしい。可動式の刃物が付いた金属製の籠に餌を入れて、草むらや木の葉の影に隠すんだ。トロールが籠に手を入れると刃がトロールの腕を切断し、箱の中には切断された腕が残る。後は箱を回収して中の腕から毛を刈り取るだけってな」
「うへぇ、結構えげつない罠だな」
兄が顔をしかめるのと同時、妹の方も表情が渋くなった。良かった、どうやら感情はあるらしい。
「ふん。トロールの回復力は高い。腕なんてすぐ生えてくるさ。殺すよりは断然人道的だと思うぜ? ま、トロールなんて森に入らなければ見ることもない。新人はトロールの心配より道中出てくるウルフの心配をするべきだな。剣1本じゃぁ対処なんてできないぞ」
基本的に接近戦でウルフの群には勝てない。それはベテランでも同じだ。攻撃魔術でも使えれば別なんだろうけどな。
お目付け役の魔術師が1人居るのだからいらない忠告かもしれんが、お遊び貴族が剣を片手に突撃しちまうかもしれん。釘は早めに刺して置いた方が良いだろう。
「カドケスは普段1人で護衛しているのだろう? ウルフが出たらどう対処していたんだ?」
「先輩を呼ぶときは"さん"を付けた方が良いぞ、新人。ま、今回は特別に教えてやろう。これだ」
「悪かったよ、カドケスさん。で、これは何だ?」
俺が渡した臭い玉をしげしげと眺める兄。妹の方も興味があるのか視線が釘付けだ。ははぁん? この妹、不愛想と言うよりは人見知りなのか? 冒険者で人見知りは苦労するぞぉ。
おっと、臭い玉の説明だったな。
「それを地面に投げつければ強烈に臭い煙が出る。ウルフの風上に投げ付けてやれば逃げてくだろうよ。そこそこの値はするが命よりは安い。魔術が使えないなら常時数個は持ち歩くべきだ」
「へぇ、参考になるよ。さっそく次の町で買っておこう」
そこそこの値はすると言ったのに、買値を訊かずに購入決定か。やっぱ金には困ってないんだろう。お貴族様の可能性が上がったな。
まぁ、素直な貴族で良かったよ。
カドケス:書籍読切に登場していた人です




