この階層、何かに“食われてる
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紅晶片が奥へ“引っ張られていく”のを見届けてから、
俺たちは、ゆっくりと通路の先へ進んだ。
⸻
昇り降りを何度も繰り返してきた蒼晶の階段。
その一段ずつさえ、ここでは嫌な重さを帯びていた。
48層の空気は、さらにおかしかった。
壁の蒼晶は、ところどころが赤く“焼け焦げた”みたいに変色し、
その境目にだけ、細い紫の筋が走っている。
「……見て。蒼と紅の“境目”だけ、色が違う」
ミーナが指先で示す。
踏みしめる床も、以前の層よりざらついている。
砕けた紅晶片が、まるで流砂みたいに奥の方へ少しずつ動いている。
「勝手に動く石って、さすがにホラーすぎない?」
アリアが乾いた笑いを漏らした。
「戻るって選択肢、今から潰しておくか?」
「潰さなくていい。けど……ここで引き返したら、あの紅晶は絶対に“悪い方向”へ育つ」
俺はそう言って、刀《繋》の柄にそっと手を添えた。
ノクスが影を低く這わせ、アージェはいつでも障壁を張れるよう身構える。
その時だった。
――カサ…
頭上で、小さな音がした。
「……今の、聞こえた?」
「うん。天井」
アリアが瞬時に弓を構え、天井へ矢を向ける。
天井は、細かい蒼晶の棘と紅晶の瘤でごつごつしている。
その間を、なにか黒い影が這うように動いた。
「アレ、嫌な動きしてるな……」
次の瞬間。
天井の蒼晶が“ぱちっ”と割れた。
そこから落ちてきたのは――
蝙蝠だった。
ただの蝙蝠じゃない。
翼は透明な蒼晶の膜。
骨の部分は赤く鈍く光る紅晶。
額には、鋭い紫晶が一本、角のように突き出ている。
紫晶蝙蝠。
一匹、二匹……じゃない。
天井全体から“じわぁ……”と剥がれ落ちるみたいに、何十匹も逆さまのまま現れた。
「ちょっと、多すぎじゃない?」
アリアが小声で漏らす。
「音、注意して」
ミーナが魔導具を握りしめる。
警告の直後だった。
――ギィィィィィィィン!!
耳を直接ひっかくみたいな甲高い音が、洞窟中に響き渡る。
「っ……!!??」
頭の中を針で刺されたみたいな痛み。
思わず片膝をつく。
紫晶蝙蝠たちが、一斉に口を開けていた。
蒼晶と紅晶の“境目”から、紫の音波が漏れている。
「これ……音で、紅晶を揺らしてる……!」
ミーナが歯を食いしばりながら叫ぶ。
実際、壁の紅晶がびりびり震え、その振動が床まで伝わってきていた。
「アージェ、耳を守れ! ノクス、低く!」
「ガウッ!!」「シャアッ!」
アージェが頭を振り、ノクスが影へ潜る。
アリアが、目だけで上を狙った。
「うるさいとかいうレベルじゃないわね……!
ミーナ、音止められない!?」
「止めるのは無理! だけど“ずらす”ことはできる!
音が広がる位置をずらせれば、私たちの負担は減る!」
「いい、それで十分だ!」
俺は歯を食いしばり、立ち上がる。
「ミーナ、合図したらやれ! アリア、今は撃つな!」
「了解!」「……信じるからね!?」
紫晶蝙蝠たちは、まだ飛ばない。
天井にぶら下がったまま、ひたすら音を浴びせてくる。
奴らにとってこれは――“準備行動”。
紅と蒼と紫の震えに、階層そのものを慣らしている。
「……なら、まとめて落とす」
俺は刀に雷を流し込んだ。
蒼晶の床に、細い雷が走る。
“バチッ、バチッ”と小さく鳴りながら、蝙蝠の真下まで線を伸ばしていく。
「ノクス、影で雷の“道”を増やせ!」
“シャ……”
ノクスの影が、雷の線に重なるように伸びる。
闇と光が、床の上で細かい網の目になっていく。
アリアが目を細める。
「……それ、やばいくらい派手なの来るでしょ」
「派手じゃなきゃ、頭上ごと落とせねえ」
紫の音が、さらに強くなった。
ミーナが声を張る。
「トリス! これ以上は本当に危険! 早く!!」
「わかってる!」
俺は刀を高く掲げた。
「――ミーナ、今!!」
「《水幕》!」
足元から、水の膜が立ち上がる。
薄い水のカーテンが、俺たちの頭上に屋根のように展開された。
同時に。
俺は雷を叩き込んだ。
「まとめて落ちろォ!!」
雷が、影と水を伝って天井へ逆流する。
バチバチバチバチィィィン!!!!
紫晶蝙蝠たちの身体を、下から突き上げるように雷が貫いた。
蒼晶の翼が焼け、
紅晶の骨がひび割れ、
紫の角が弾け飛ぶ。
音が、ぴたりと止まった。
一拍遅れて――
ドザァァッ!!
無数の蝙蝠の死骸が、雨のように落ちてくる。
「アージェ!!」
「ガウッ!」
アージェの障壁が頭上に半球状に展開され、
落ちてくる紅晶の破片を弾き飛ばす。
アリアが矢で、“まだ動いている”個体のみを正確に射抜いた。
「……ふぅーーー……」
耳鳴りが、少しずつ薄れていく。
床一面に、砕けた蝙蝠の紅晶片と、紫晶の破片。
それが――
“じわ……”と、動いた。
「またかよ」
俺が思わず呟く。
さっきの熊のときと同じだ。
砕けた破片が、全部、同じ方向へ少しずつ傾いている。
階層のさらに奥。
地面の割れ目。
紅と紫の線が濃くなっている方角。
「……ねえ、トリス」
ミーナが、低い声で言う。
「普通、魔物が死んだら魔力は“この階層”に還元されるの。
ここまで“奥に引っ張られる”なんてあり得ない」
「特別なダンジョンってだけじゃないの?」
アリアが言う。
「だったら、他の“特別な場所”でも前例があるはず。
でも、私、王都の記録でもこんなの見たことない」
ミーナの手が、僅かに震えた。
紫晶の破片が、細い光の筋になって
地面のひびの“向こう側”へ吸い込まれていく。
まるでこの階層の下に、
別の何かの“胃袋”が口を開けているみたいに。
「……嫌なイメージするなよ」
「だって、そう見えるんだもん」
アリアが矢を握り直す。
「でもさ。
“下”があんな食べ方してるのに、今ここで止まれる?」
「止まれねえな」
俺は刀を握り直した。
ノクスが影の中から顔を出し、“ニャ”と短く鳴く。
アージェは、通路の先に向かって低く唸った。
「48層の魔物は片付いた。
けど――ここは、もう“通り道”にしかなってない」
ミーナが頷く。
「紅と蒼と紫。
この階層は、ただ“通されてる”だけ。
ほんとの本体は……もっと下」
階段へ続く通路の先から、
ほんの少しだけ、冷たい風が吹いた。
紅でも蒼でもない。
何か“別の意志”が触れてきたような、ざらついた風。
「……行こうか」
俺は一歩、階段の方へ踏み出す。
「うん」
「当然」
アリアが肩を回し、ミーナが魔導具を握り直す。
ノクスとアージェが左右を固める。
階段の下。
49層、その先の50層。
そこに、紅晶を歪めている“本当の原因”がいる。
まだ姿も名前もわからない。
けれど胸の奥ではもう、はっきりと理解していた。
――ここから先は、“相手の腹の中”だ。
「全員、気合い入れろ。
ここまでは前菜だ。
この先からが、本番だぞ」
蒼晶の階段が、薄い紫を帯びていた。
その光を踏みしめながら、俺たちはさらに深くへと降りていった。
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