熊と刃と導き

蒼晶の階段を降り切った瞬間、

胸に“重み”が乗った。

　空気が濁っている。

紅ではない。

蒼でもない。

けれど、どちらかが“無理やり混ざった”ような、嫌な重さ。

「……息、しづらいね」

　ミーナが喉を押さえる。

「魔力の匂いじゃない。もっと……生臭い」

　アリアが矢を番える。

わかる。

鼻の奥に、鉄と焦げた岩の混ざった匂いが張り付く。

「ノクス」

“……シャ”

ノクスの影が一度伸びたが、すぐに戻ってきて毛が逆立つ。

「……進みたくねえ、って顔だな」

　俺が言うと、ノクスは小さく鳴いて視線を奥へ向けた。

嫌な静けさ。

足音が吸われるように沈む。

その時

　ドォン……！

洞窟の奥で、巨大な何かが“踏んだ”音が響いた。

「……今の、軽くない」

　アリアが苦く呟く。

もう一度、地鳴り。

　ドォォン！！

天井の蒼晶粉が降るほどの重量。

まるで巨石が歩いているような圧。

「……これ、獣の足音じゃないよ」

　ミーナが震える。

「いや、獣だ。たぶんデカいのがいる」

闇の奥。

蒼晶光がわずかに揺れた。

ゆっくり。

ゆっくり。

赤黒い影が形を帯びてくる。

「……っ！」

アリアが息を呑んだ。

　

紅晶刃熊《クリムブレイドベア》

熊だ。

だが、その“姿”が異常だった。

・身長三メートル

・肩から背中にかけて鋭い紅晶の刃

・前脚は完全に“結晶の斧”

・胸の中央にだけ蒼晶が脈打つ

・目は濁った赤――理性ゼロ

まるで

紅と蒼を“雑に混ぜられた結果、生まれた怪物”。

「……これ、自然じゃない」

　ミーナが震えた声で言う。

「紅晶が暴走して……蒼晶を食ってるみたい」

「誰かが“無理やり”こうさせてる可能性があるわ」

俺も感じた。

紅と蒼の波長が噛み合ってない。

本来あり得ない混ざり方。

やっぱり奥に“何か”いる。

　

クリムブレイドベアが、こちらへ顔を向けた。

次の瞬間。

　ギィィィィッ！！！

背中の刃が一斉に“開いた”。

「まずい！！」

　ミーナが悲鳴を上げる。

刃が振動し、洞窟の空気が裂けた。

　バチバチバチッ！！！

「アージェ！」

「ガゥッ！！」

銀狼が前へ飛び出し、防壁を展開。

だが

　ガギィン！！

防壁が削れた。

「削れてる！？」

「刃が“結晶振動”してる……！そのままぶつかったら危険！！」

熊の一歩。

　ドォォン！！

その一撃だけで床が粉砕した。

「アリア、右から回り込め！」

「了解！！」

アリアが走り、矢を三連射。

だが、熊は前脚を振り上げ

“結晶の斧”で矢を砕きながら突進。

「ノクス！！」

“シャッ！！”

ノクスが影走りで喉を狙うが

　バチン！

刃が影を裂いた。

「影ごと斬るって……まじかよ！？」

　アリアが叫ぶ。

「ミーナ、何か手は！？」

「待って！　弱点……弱点……！」

ミーナの魔導具が必死に分析を続ける。

熊が二歩目を踏んだ瞬間。

胸の蒼晶だけが

ほんのわずかに“ずれた”ように見えた。

「あれだ！！胸の蒼晶！！」

「蒼晶……？」

「紅晶との混ざりが不完全！　そこが“継ぎ目”になってる！

　そこを破壊すれば！」

「十分！」

俺は刀《繋》に雷をまとわせた。

「アージェ！！正面！！」

「ガウッ！！」

アージェが正面で熊の突進を受け止める。

削られながらも防壁が踏ん張る。

「ノクス！！右脚！！」

“シャッ！！”

影が脚に絡みつき、わずかに動きが鈍る。

「アリア！！胸を撃ち抜け！！」

「任せなさい！！」

矢が紅の渦を切り裂き、胸の蒼晶へ一直線。

熊が前脚を振り下ろそうとした瞬間。

「行くぞ！！」

雷脚で地を蹴り、俺は熊の懐へ飛び込んだ。

　「抜けろォッ！！」

刃が蒼晶を切り裂いた。

　パリンッ！！

蒼い光が爆ぜ、熊の身体が大きく揺れた。

「今よノクス！！」

“シャアアッ！！”

影の爪が喉へ。

アージェが吠え、

アリアの矢が連続で胸へ刺さる。

そして

熊の身体が倒れたが、

クリムブレイドベアが砕けた瞬間。

床いっぱいに散った紅晶片

本来なら淡い蒼へと“溶けていく”はずだった。

だが。

その紅晶片は、

蒼には戻らず、

まるで“生きてる指”のように震えた。

アリアが息をのむ。

「……動いた？」

ミーナが手を伸ばしかけて、止まる。

「違う。動いたんじゃない。

　呼ばれたみたいに、何かへ引っ張られてる……」

足元の紅晶片が、通路の奥へ向かって

“じり……”と這うように傾いた。

まるで、奥に“主”がいて

壊れた破片を回収しようとしているかのように。

アリアが弓を握り直す。

「……あれ、魔物の死骸の動きじゃないよ」

ミーナの声が低くなる。

「まだ誰も見てない“何か”が、この階層の紅晶を集めてる……

　そんな感じがする……」

通路の向こうで、

紫の霧が一度だけ脈打った。

俺は刀を握る。

「この先にいるんだろ。

　紅晶を全部、歪めてるやつが」

ノクスが“シャッ”と低く鳴き、

アージェの毛が逆立つ。

今までと違う。

説明じゃなく、“現象”でわかる。

奥にいる“何者か”の影が、はっきり匂った。