雷の辺境伯、年に一度の日
このまま、1日2話更新で年内走り抜けますが、更新の時刻はまちまちになります。すみません。
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ハルトンの空が、やわらかい蒼に染まっていた。
朝の風は涼しく、街の広場ではパンと果実の香りが漂っている。
そんな中――俺は、なぜか館の扉を開けさせてもらえなかった。
「……おい、まだか?」
「ダメ、入っちゃ」
アリアの声が扉の向こうから返ってくる。
その後ろでミーナの声が小さく響く。
「もうちょっとだけ、光の調整が……よし、これでいい」
ノクスが足元で“ニャ”と鳴き、アージェは鼻を鳴らす。
ルメナだけが肩の上でそわそわしている。
どうにも落ち着かない。
「まさかまた研究実験の準備とか言わないよな」
「そんな危ないもんじゃないわよ」
アリアが笑う。
「危ないんじゃなくて、眩しいやつ」
……嫌な予感しかしない。
が、扉が開かれた瞬間、その予感は、綺麗に裏切られた。
目の前に広がったのは、蒼晶灯の光に包まれた食卓。
テーブルには肉料理と温かなスープ、甘い果実のタルト。
そして中央に、小さな蒼い炎を灯したケーキが置かれていた。
「トリス、誕生日おめでとう!」
三人の声が重なった。
「……お、おお?」
一瞬、言葉が出なかった。
ミーナが微笑む。
「誕生日おめでとー」
アリアが手を振る。
「ほんともう、忘れてたでしょ? 自分の誕生日くらい」
「まあ……毎年、ダンジョンか戦かで終わってたからな」
「でしょ。だから、今日は“戦わない日”」
「“研究もしない日”よ」ミーナが笑う。
「……あ、それは惜しい」
ルメナが“キュルッ”と鳴き、肩の上からケーキを見つめている。
ノクスは尻尾でリズムを取り、アージェは低く唸るようにハミングしている。
……お前らまで音楽隊か。
ミーナが小さく咳払いをした。
「トリス。お祝いの言葉なんて改まって言わないけど――」
彼女はケーキの炎を見つめながら、優しく微笑んだ。
「あなたが生きててくれて、ここにいてくれて、よかったと思う。
私たちの出会いは偶然だったけど……運命って呼んでもいいよね」
アリアが頷く。
「うん。あんたがいなきゃ、私たち、こんなとこまで来れなかった。
だからさ、今日くらいは何も考えず、笑っときなさいよ」
「……ありがとう」
胸の奥が熱くなった。
照れくさいのに、心のどこかが、静かに満たされていく。
俺はケーキの炎を見つめ、深く息を吸った。
「じゃあ――」
ふっと息を吹く。
蒼い炎がゆらめき、ひとすじの光になって消えた。
その瞬間、ルメナが小さく羽ばたいた。
散った光を受けて、部屋中に蒼い粒が舞う。
まるで祝福の魔法みたいに。
「ルメナまで演出してくれるのね」ミーナが微笑む。
「うん……でも、なんか泣きそうだな」
俺が笑うと、アリアがグラスを掲げた。
「じゃあ改めて、乾杯! 辺境伯の誕生日に!」
グラスがぶつかり、音が響く。
温かい光が部屋を包んだ。
⸻
宴のあと、外は静かだった。
街灯の下で、ノクスが丸くなって眠っている。
アージェは警戒の姿勢を保ったまま、目を閉じていた。
ミーナと二人、バルコニーに出る。
夜風が頬を撫で、蒼晶塔の光が遠くで瞬いている。
「ねぇ、トリス」
「ん?」
「来年の誕生日、どこで迎えると思う?」
「そうだな……」
少し考えてから、空を見上げた。
星の合間に、淡い蒼光が揺れている。
「できれば、この街の上がいいな。
戦いじゃなく、研究の成果でも見ながら笑ってたい」
ミーナが微笑む。
「ふふ……それ、いいね」
そして、静かに肩を寄せた。
「きっとそうなる。だって――あなたが、ここにいるから」
夜空を見上げると、ルメナが小さく輪を描いて飛んでいた。
その光が二人を包み、まるで未来への灯のように揺れていた。
⸻
こうして、トリスの十九歳の誕生日は静かに終わった。
戦いの中で生まれた絆が、確かに「生きる理由」に変わった夜だった。
そしてこの翌日、
王立魔道研究所ハルトン支部の最初の研究が――動き出す。
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