初航海、王都エルディア入港
昼下がりの風は、どこまでも澄んでいた。
潮の香りに代わって、甘い花の匂いが混ざる。
王都――聖翼の都エルディアの沿岸が、視界に広がっていた。
「すご……これが王都の港か」
アリアが思わず息を漏らす。
石造りの防波堤が弧を描き、白い翼を模した塔が空を貫いていた。
港全体が、まるで“空の神殿”みたいに美しい。
「見て、帆を振ってくれてる!」
ミーナが指差した。
埠頭に並ぶ船が一斉に旗を掲げ、青と金の色が風をはためかせる。
それは――王国の旗と、もう一つ。
蒼い雷を象った紋章。レガリオン家の印。
「本当に……歓迎されてるんだな」
俺は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
ただの孤児だった俺が、今こうして国の船団の先頭に立っている。
信じられない光景だった。
甲板の上で、ノクスが“にゃ”と鳴き、アージェが低く唸る。
その声が合図のように、船員たちが一斉に号鐘を鳴らした。
“雷の船”《レガリオン号》、初航海――王都入港。
⸻
「やっぱり王都は空気が違うわね」
アリアが帽子を押さえながら笑う。
人々の歓声が波の上を渡ってくる。
港に集まった市民たちが、手を振り、花を投げていた。
ミーナの目が潤む。
「港が“祝福”で迎えてくれるなんて……。これが、あなたの功績よ、トリス」
「いや、俺ひとりじゃない。
アリアとミーナ、ノクスとアージェ、そして――ルメナもな」
肩に乗った海竜が、“キュルッ”と鳴いた。
金の瞳が陽光を映し、鱗がきらりと光る。
市民の子どもたちが歓声を上げた。
「見て! 小さな竜だ!」
「かわいいー!」
ルメナがちょっと得意げに尾を振る。
ノクスが呆れたように目を細め、アージェが鼻を鳴らした。
――どっちが主役か、わかったもんじゃない。
⸻
港の桟橋に、王国の使者が並んでいた。
白と金の礼装、胸には蒼い宝石。
その中央に立つ男の顔を見て、俺は思わず姿勢を正した。
「……宰相、オルヴィウス殿」
彼は穏やかに頷いた。
「久しいな、トリス・レガリオン。陛下は君の帰還を心待ちにしておられた」
「航路の整備、予定より早く完了しました」
「聞いているとも。君の行いは王国全土に届いた。――雷の辺境伯、その名に恥じぬ働きだ」
背筋が伸びる。
だが、オルヴィウスは微笑みながら首を振った。
「だが、君にはまだ“次”がある。詳しくは夜の披露宴で陛下から直々に伝えられるだろう」
「披露宴……?」
「新航路完成の祝賀だ。王妃陛下、皇太子殿下もご出席だ」
アリアが小声で囁く。
「うわ……絶対に緊張するやつ」
「うん、俺も今から胃が痛い」
ミーナがくすっと笑った。
「でも、きっと素敵な夜になるわ。だって、あなたの努力が、ちゃんと届いた証だもの」
⸻
港を離れる前に、俺は振り返った。
《レガリオン号》の帆がゆっくりと下ろされ、夕陽を映している。
金色の波が船体を包み込み、遠くで鐘が鳴った。
あの鐘の音は――新しい時代の始まりだ。
「行こう」
「うん。次は王の城だね」
「今度は……剣じゃなく、言葉の戦いだ」
アリアがにやりと笑い、ノクスが“にゃ”と鳴いた。
ルメナが胸の前で丸まり、蒼く光る。
王都の風が頬を撫でた。
俺たちはその風を受けながら、聖翼の都へ歩き出した。




