テンプレ擁護派と否定派のコップの中の争いに大した意味はないかもしれない
さてさて、なろうではテンプレ擁護派と否定派に分かれてお互いを否定しあっている気がしますけど、そもそもそれってあんまり意味のないことかなーとちょっと思いました。
なんでそんなことを思ったかと言えば京アニの放火の話を職場のブログに書いたらオーナーに”京アニって大きい会社なの?”と言われたことなのですけど、結局アニメとかラノベなんてのが好きな人間は一般的な社会人から見れば少数派なのだなあと。
ツイッターなどは同じような趣味の人でフォローし合うから一見多く見えちゃうんですけどね。
また商用ラノベを読んでると女の子から”なんでエロ本読んでるの?”と言われたことも結構あった事も思い出してしまったのですが、ラノベを知らない風俗嬢から見れば、ラノベの扉絵のイラストは官能小説やレディコミと大差ないようで。
でまあ、なろうでのテンプレ作品は人気作品の劣化コピーばかりで面白くないというような意見には、まあそうだよねと思うところもあるんですが、だからなろうテンプレは駄目だというのも、ちょっと安直というか安易と言う感じがするのですね。
歴史ジャンルの内政チートはさんざん同じようなものが使われてきた事もあって読者の目も厳しくて、斬新かつ有用でそれなりに現実に即している内政チートを書くのはもはや、ほぼ無理なんじゃないかなと言う気がします。
無論時代設定にもよると思いますけどね。
ですがそれなりに人気のある作品はある程度決まった型があると思います。
それは人気の人物に転生するか、人気の人物に仕えて歴史を変えるということですね。
比較的無名な人物に転生しても有名で人気な人物と全く関わらないということはほぼ無いと思います。
なので、書きたいものを書くとしても読者に読んでもらいたければやはり有名で人気の人物との関わりをうまくもたせたほうがいいと思うんですよね。
テンプレというものがただの劣化コピーというくくりではなくて、面白い話を作るのに有効な定石として考えるならテンプレというものを完全に否定することはないと思うし、世間一般からは殆ど知られていないのだから、そこまで気にすることもないんじゃないかなと思ったりしました。
まあテンプレ作品でもそうでないものでも、面白いものもあれば、そうでないものもあるわけで、その自分が面白くないものが多い用に感じるからといって、そのジャンルに加わる全てを否定することもないんじゃないかと。
後、深夜アニメの日常系となろう系はどちらもストレスなし展開ではあるもののおそらく視聴者の好みは全く異なるし、なろうならファンタジーや恋愛とコメディや童話でも同じようなことが言えそうに思います。
あと、テンプレ的で高ポイントの作品が面白いと思えるかどうかも個人差が大きそうで、わたしが読み続けてハイファンタジー作品はランキングに入るほどのポイントはないもののほうがむしろ多いです。
昔はランキングから作品を選んでいたんですけど、どうも最近はランキング作品で面白いと思える作品が少ないのですが、おそらく過去の作品に似たような展開に対する飽きというものが強いのかなとも思います。




