ラノベはもう少ししたらまた現代系に回帰するのか?
さて、ラノベの人気ジャンルは大雑把に10年くらいで大きな人気ジャンルが変わっている感じがしますが、その歴史をものすごく雑に追ってみましょうか。
70年代から80年代中盤くらいまでの商用ラノベ黎明のハヤカワ、コバルトやソノラマの時期 現代(三毛猫ホームズとか)・スペオペ(星へ行く船、ダーティペア、クラッシャージョウとか)・現代超能力(妖精作戦、絶句、グリーン・レクイエムとか)・ロボット(アリエルとか)・異能バトル(魔界都市〈新宿〉、キマイラ・吼、吸血鬼ハンター"D"とか)で、アニメの宇宙戦艦ヤマト、ガンダム、スター・ウォーズなどもこの時期。
日本全体に家電製品や自家用車などの普及が進み、科学技術が進んで生活が楽になりやがては宇宙進出が可能になるだろうという夢がまだあった時代で、それまで人気だった魔界転生や忍法帖シリーズといった和風伝奇物が衰退している。
逆に霊長類南へ・日本沈没・復活の日のような科学技術が人類を滅亡へ追い込むというタイプのSFも多い。
うる星やつら、タッチ、きまぐれオレンジロードなどもこの時期。
本格的なラブコメ漫画もこの頃からっぽいですね。
恋愛などせずに見合いからの結婚が当たり前という状況から、恋愛をするのが当たり前にこのあたりで変化しているようです
ドカベンやキャプテンもこの時期。
60年代が巨人の星や侍ジャイアンツ、ストロ球団などなどのような現実的でない汗臭いスポ根もの中心だったのとは変化して、比較的現実的になっていって、スポーツラブコメのタッチなどに続いていきます。
80年代後半から90年代後半くらいまでラノベ初期のスニーカーやファンタジアの時期 TRPGやCRPGっぽいファンタジー(ロードス・フォーチュンクエスト・スレイヤーズ、天高く雲は流れ、風の大陸、魔術士オーフェンはぐれ旅 とか)スペオペ(無責任艦長タイラー、それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコとか)
コンピュータRPGのドラゴンクエスト・ファイナルファンタジーもこのあたりで、ジャンプでBASTARD!! -暗黒の破壊神が連載されてたのもこの辺。
ファンタジーと言うジャンルが一気に根付いた時期で、アニメのダンバイン・ガリアンはちょっと早すぎた。
スレイヤーズのヒットでラノベの出版点数が爆発的に伸びたため、出版社はイラストレーターの確保ができず、アニメ制作者にイラストを発注するようになり、それによってラノベの表紙はアニメ絵的なイラストになっていったらしい。
ソビエト連邦が崩壊したのもこの時期で、結果としてアメリカ合衆国が名実共に唯一の超大国となり、アメリカ単独覇権の時代が始まったが、そのためソ連という国家の存在や冷戦構造の扱いに苦慮している作品もあったりする。
また消費税導入、不動産の総量規制等によるバブル崩壊で経済成長神話が終わりを告げ、就職氷河期に突入したため、努力すればそれは必ず報われるという考え方が当てはまらなくなった。
SFは科学技術が発達して生活が楽になり宇宙開発も進むというような幻想が、科学が発達しても不可能だということがわかって壊れたこと、さらにSFの科学考証や設定が複雑になりすぎて、SFマニア以外には理解不能だが、うるさいSFマニアにはしつこく設定の不備を追求されることなどで大きく衰退。
その一方で架空戦記ブームが到来し荒唐無稽で日本つえーな作品が量産された。
SFの衰退に加え、バブル経済の崩壊と冷戦終結は、体育会系努力至上主義を失わせ、これがファンタジーという架空の世界に世界観を逃避させたり、架空戦記のような日本すごい!強い!系の作品が流行る原因だったかもしれない。
90年代後半から2000年代前半くらいまでのラノベ中期の電撃の時期 世界系(ブギーポップシリーズ、涼宮ハルヒの憂鬱とか)異能バトル(フルメタルパニック、とある魔術の禁書目録、灼眼のシャナとか)学園系ラブコメ(マリア様がみてる、まぶらほ、とらどら!、俺の妹がこんなに可愛い訳がないとか)ファンタジー(キノの旅、ハリーポッター、ゼロの使い魔とか)ハリポタはラノベじゃないけどね。
デスゲーム小説の元祖と言っていいいバトルロワイヤルも出版され、それはDEATH NOTEや未来日誌ローゼンメイデンなどの漫画、Fate/stay nightのようなゲームなどに大きな影響を与えた。
出版不況の始まりの時期。
有名なヒットシリーズはそれなりに売れ続けるものの、新しいヒット作が出なくなって、ファンタジーが読者に飽きられ始め、最初のファンタジーラノベを読んでいた中高生の読者層が社会人になってラノベから離れるものも増えた。
プレイステーションによりゲームソフト記録媒体が、カセットからCD-ROMへと主流が移った。
ドット絵ではなくポリゴンの3D映像も頻繁に使用されるようになり、ゲームで行える表現の幅が大きく広がった。
この転換によって大作RPGは映像や音楽、物語性へと傾倒して、ゲーム性が薄れていくことで漫画やアニメとの競合が明確に始まり、ゲームソフトの売上が減少に転じるようになる。
特に海外では自由度の低い物語性を重視したゲームはあまり売れなかったようだ。
ノストラダムスの大予言の流行とその予言が外れ、超能力、宇宙人、心霊現象、前世からの生まれ変わりといったオカルトコンテンツは衰退し、そういったものを表に出すことは中二病というレッテルを張られるようになった。
そしてFF6の時点でその傾向はあったがFF7のような明らかに世界観がファンタジーじゃないローファンタジーRPGが出現した。
科学に対しての夢が誇大すぎた事に気がついたか、単純に飽きられたかロボットものが大きく衰退、ガオガイガー以降はガンダム系以外はほとんど作られなくなった。
そしてバブル崩壊やエヴァンゲリオンの影響で世界系アニメが増えた。
またドラゴンボールのような総合戦闘力のバトル物からワンピースやジョジョの奇妙な冒険Part3スターダストクルセイダース以降のスタンドバトルのような、メインキャラは戦闘に関する特殊な能力を持っており、その特性も決まっていて、それは一芸に秀でながらも欠点をも持ったタイプに変わり、単純に戦闘力だけが勝敗を決める要素ではなくなっているようです。
ジョジョはPart4ダイヤモンドは砕けない以降のほうがその傾向が強いですけどね。
つまりたんなる戦闘力でなく能力の特性とそれを活かす知恵が重要なファクターになっていくのですね。
弱くても能力の相性や戦い方次第では強い相手に勝てるし、最強の能力を持っていても致命的な欠点があるというのは、単純にインフレしにくく緊張感をもたせやすい反面、アイデアを出すのが大変なようですが。
少し前の同級生からTo Heart、雫、Kanon、といった美少女エロゲーのラブコメ要素やストーリー性が強くなり、アニメ化され、ときめきメモリアルの爆発的ヒットでギャルゲーが認知され、ラノベに大きな影響を与え、まぶらほのような高名な魔法使いの血を引いているが見かけは劣等生である主人公の元に、三人の美少女がその遺伝子を手に入れるため嫁の座を争うというラブコメなどが出現。
アニメ化等のメディアミックッスが広まっていた時期でもありますね。
国家レベルに残る英雄譚的な成功の承認ではなく、キノの旅のように淡々と過ごしたり、ラブコメのような恋人の確保という小さな成功を得ようとする方向へ変わっていって、特定の個人の運命が世界の運命につながるという世界系へ発展していったっぽいですね。
2000年代中盤から2010年代前半くらいまでのラノベ後期のMF・HJ・GA・ファミ通の時期 謎部活(僕は友達が少ないとか)パロディラブコメ (バカとテストと召喚獣、はいよれ!ニャル子さんとか)学園戦闘ハーレム(ISインフィニット・ストラトスとか)現代魔王(いちばんうしろの大魔王とかはたらく魔王さま!とか)
「月姫」「ひぐらしのなく頃に」などで同人業界が盛り上がり、奈須きのこ、虚淵玄、田中ロミオなどゲームシナリオライターのラノベへの参入作品が増えた。
全体的にハーレムが売りの作品が多くなり、何らかの要因により男性主人公が対した理由なくモテるという作品がどっと増えた気がする。
これはリーマン・ショックで努力至上主義主義が完全に過去の物になってしまったからで、カドカワ株式会社代表取締役社長の川上量生氏はライトノベルの主人公は努力しちゃダメ、ヒロインは都合よく向こうからやってくるし、超能力などの能力は、いつのまにか勝手に身についているものだといってますね。
しかし、現在でも最も売れてる”ソードアートオンライン”もこの時期で、その後の現実でない世界での主人公の活躍という流れを作ったのは多分SAOですね。
現実では努力しても成功できなくても、MMORPGというゲームの中では時間をかければキャラが強くなるので、ゲーム内では成功するのは現実的な説得力があったっぽいです。
またハイスクールD×Dあたりから本文でのエロ描写が増え、表紙や挿絵もエロの傾向が強くなっていく。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』のヒットが要因で、マーケティング的に長文タイトルがヒットすると考えられたためかラノベでも長文タイトルが増える。
『恋空』などのガラケーのケータイ小説がブームになったのもこの頃で、『恋空』は140万部を超えるベストセラーとなったためどんどん書籍化された、素人の書いたものを書籍化する流れが明確になって、『魔法科高校の劣等生』なろうから削除され電撃文庫より刊行されヒットした。
しかしスマホの普及によりSNSやソシャゲなどの娯楽コンテンツが圧倒的に増えたためテレビ離れも進み、アニメ化などのメディアミックスはあまり効果的ではなくなっていき、ケータイ小説ブームも読者対象であった女子中高生に飽きられ、さらに魅力的な作品がほぼ出版され尽くして、2010年頃には完全に終わっており、そのケータイ小説を拾い上げた部署はその後なろう小説を拾い上げる部署になっていったらしい。
ラノベのなろう系の現在 異世界ファンタジー(ただし転移転生は必須でなくなりつつある?)
現実では努力しても成功できなくても、MMORPGというゲームの中では時間をかければキャラが強くなるので、ゲーム内では成功するというものが、ゲーム的な世界の中でも時間を掛けて努力せず、チートで成長させていいになって、世界そのもの例えば王族などの権力者なども主人公に優しい世界になった。
こうやって大雑把に見ると現代→ファンタジー→現代→ファンタジーとブームは振り子のように行ったり来たりしてますが、現代ものは少し特別だけど刺激的な日常を楽しみたい、ファンタジーは現実の世界じゃ絶対できないことを楽しみたいみたいな感じかな?
現代ものが日常的な学校やご近所のイベントだとすれば、ファンタジーは戻ってこれない海外旅行みたいなものでしょうか。
そして流行るジャンルがなぜ流行るのかというのは現実的な社会情勢が関係してるようです。
ジャンルがファンタジーだと単純な飽きのほかに、その現実との乖離が大きくなりすぎると、そんな特別じゃなくていいから、日常を平和に、でもちょっといいことがある状態のほうがいいやとなるのかもですね。
ただ、現代異能バトルなんかは、結局インフレしすぎて、現実的な法律や武器の扱いなどと乖離するのでそれなら余計な制約のないファンタジーのほうがいいじゃんとなるんでしょうけど。
なろうファンタジーは、死んだなどの理由で唐突に世界そのものを変えるような力を持つけど、実際はそれで世界の滅亡の危機を救うわけでもなく淡々と主人公は自分には誰々がいればいいみたいに、自分の願望や欲望を満たす狭い世界のはなしで、そもそも特別なチート能力は本当に必要? という感じになりつつある気もします。
とりあえず主人公が鈍感だったり難聴だったりする、完全なハーレムのラノベは多くの読者が食傷気味っぽいので、”ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?”や”いでおろーぐ”みたいな、メインヒロインが固定されてる、ラブコメが主流になりつつあるのかなという感じはします。
”通常攻撃が二回攻撃で全体攻撃のお母さんは好きですか?”も系統的にはそこでしょう、ヒロインが血のつながった母親ですけど。
漫画だと未だに根強い人気のデスゲームやゾンビホラー、パニックホラーはラノベだと復活する気はしませんが、ラノベはそのあたりのジャンルの恐怖に対して、漫画には表現力で勝てない感じがします。
なろうのゾンビものも結構流行りましたが最近はあんまり見ませんしね。
商用ラノベでの学園戦闘ハーレムの消滅がアニメ化作品の爆死と重なるのを見ると、いわゆるなろう系もアニメが全部爆死するも、糞神アニメと呼ばれるような作品が出たときかもしれません。
昔と違いメディアミックス戦略でラノベをアニメ化して、そのアニメの制作費を宣伝広告料と考えても本の販売部数的にコストがペイできない感じになってきてるうえに、どうせまた制作費ケチって作画もイマイチで中身はスカスカで中途半端な所で終わるんだろう? みたいに思われてる感じがするのもきついですね。
現状有名なヒットシリーズはそれなりに売れ続けるものの、新しいヒット作が出なくなってというのは第一次ファンタジーブームのときと似ていますが、現状ラノベを読んでるのは最初期のブームのときからのラノベ読みも多いので、40代のラノベ読みがいきなり脱落する可能性は低いと思いますが、SNSやソシャゲにシェアを奪われつつある中高生に対してどうやってラノベのという娯楽の存在をアピールして新規入流を増やすかというのは重要でしょうね。
この後はいすれ異世界ファンタジーも飽きられて衰退するでしょうけど、その後どういう分野がヒットするかは予想できません。
ラノベ市場そのものがTCGによって大きく市場が縮小したボードゲームやTRPGのように、SNSやソシャゲに押されて市場爆縮中のパソコンゲームやコンシューマゲームのように、コアなマニアのユーザーが支えるものになっていきそうな気はしますが、ラブコメはメインヒロインは決まっていて他のヒロインとも仲良くなっても主人公はメイン一筋というタイプになっていきそうな気はします。
でなければ”僕たちは勉強ができない”の主人公のようにすべてのヒロイン全部に自分のできる最大限の努力をすることで皆に好かれるタイプかでしょう。
ようやく社会的にも人手不足=努力が多少は報われるという風潮になってきたので、努力しても無駄だから主人公は何もしなくても良いという傾向は変わりそうな気がするんですよね。
Dチューバーやvチューバー物が増えてきていても現代系への回帰か微妙かもしれませんが、自分の願いを叶えたかったらまずは簡単に諦めないで頑張ってみる。
そうすることで少しずつ状況が良くなっていくお話のほうが好まれるようになるのではないかなと。
”先生バスケがしたいです””諦めたらそこで試合終了ですよ”というスラムダンク的なお話に戻るのかもですね。




