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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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第三章「始動」(一)

一九四四年五月十二日 ハワイ真珠湾



 ハワイ諸島は、常夏の島と言われるだけに、五月ともなると温帯地域の真夏のような暑さだった。


 鉄筋コンクリート造りの建物の大会議場では、天上で大きな扇風機がゆったりと周りながら空気の流れを作っていたが、効果をあげているとは言い難かった。


 暑さの原因として多人数が詰めているのもあったが、何より議論が白熱しているのも部屋の温度上昇に一役買っているようだった。


 事実、会議場につめる人々のの幾人かは、手団扇をあおいだり、ハンカチーフで汗を拭ったりしている。



 精力的な顔立ちの壮年男性が、流れる汗をものともせずに口火を切った。


「それでボーイ(小僧)、結局なにが言いたいんだ」


 壮年の男はウィリアム・ハルゼー中将。

 航空母艦に対して深い理解の持ち主で、遅くに航空機操縦資格を取ったほどのガッツの持ち主だった。

 外見も行動力を裏切らず、猛牛やブルドック犬、新たな上官からは火の玉小僧とも揶揄されるように、攻撃的とも取れる精力的な風貌と性格をしている。

 しかし、完全に粗野な印象にならないのは、少年のようにすら見える瞳に知性を宿しているからだ。

 このような男は、味方にすれば頼りがいのある相手となり、敵にすれば悪魔のごとく災厄を振りまく存在になる。


 そんな彼は、今アメリカ太平洋艦隊で空母部隊の総合的な指揮を任されており、世界的に見ても有数の破壊力を託された男の一人だった。


 そのハルゼーが、会議場に据えられたブラックボードで説明をする小僧と呼びつけた優男に、太い指を突きつけつつ挑戦的な瞳を向けている。


 瞳には優男の言葉に興味を示す輝きがあり、彼が非難するために荒っぽい口調を使ったのでないことを伝えていた。


 いっぽう矢面に立たされた優男ことロバート・アンダーソン大佐は、ハルゼーの瞳を正面から受けると小さく感謝の会釈してから説明に入った。


 アンダーソンは、数十分の長い解説の要約をしたいと思っていたところなのだった。


「列席の皆さん、ではここで状況を整理しつつ要約に入らせて頂きます。

 さて、日本軍とりわけ日本海軍は過去の成功を踏襲する傾向が極めて強いと判断できます。主な理由として、彼らが勝利の伝統を重んじるという心理面が挙げられるでしょう。そして一九〇五年から三年前の四一年までは、ツシマ沖海戦こそが彼らの勝利の伝統であり、最も重視すべき戦略、いや戦術の根幹となります。

 しかし軍縮や仮想敵との国力差の関係から、彼らが本当に望む軍備が整えられた事は、日露戦争以後一度もありません。一度は計画した「八八艦隊計画」も、ワシントン海軍軍縮会議で流れてしまいました。

 故に彼らは、「漸減戦術」という自分本位な迎撃作戦、ツシマの栄光の変形パターンを作り上げます。

 これに対して我が軍では、レインボープラン・オレンジに従った戦争計画を作り上げました。

 日本海軍の漸減戦術は、我が軍の戦争方針を初期の段階で決定的に挫き、戦争を短期戦で終わらせてしまおうという意図が強く見えます」

「というより、短期戦しか考えていない、と考えるべきだろうな」


 アンダーソンの言葉が途切れた合間に、冷静な中にも面白がるような声が挟まった。

 太平洋艦隊司令長官のチェスター・W・ニミッツ大将だ。


 ニミッツは、演説を中断した事を謝すように小さく頷くと、アンダーソンの話を続けさせた。

 アンダーソンも同意の笑みを浮かべて答えると、全員をもう一度見つめ直して続ける。


「ニミッツ長官のおっしゃる通り、日本海軍というよりグループ・フリートは常に短期戦しか考えていないと考えるべきです。

 確たる証が、イギリスと一年以上戦った第二次世界大戦において、まともな海上護衛組織を編成しなかった点です。結果論的には、ロイヤル・ネイビーに日本の海上交通線を脅かすだけの力がなかった為と取られがちですが、事実は違います。

 公開されている限りの日本の資料を調べた結果ですが、日本海軍は海上護衛組織をほとんど作ろうとはしなかったと断定できます。辛うじて作られた専門部隊も、旧式艦や中途半端な小艦艇を用いた少数の部隊だけです。Uボートの脅威に立ち向かったロイヤル・ネイビーとの差は、大人の巨漢と赤子以上でしょう」

「海上護衛に関してなら、我が国も変わりないだろう。あの戦争中、大西洋艦隊で過ごした者の誰もがUボートを恐れていた」

「おい、ニューフェイス。ボーイの話の途中だぜ」


 半年ほど前まで大西洋艦隊に所属していたダニエル・キャラハン少将の大きすぎる呟きをハルゼーが制した。

 ハルゼーは、アンダーソンが何を導き出すのか興味を深くしているようだ。

 ハルゼーに小さく会釈したアンダーソンは続けた。


「現状確認のつもりでしたが、前置きが長くなって申し訳ありません。

 さて、日本海軍は成功を踏襲する沿岸海軍である。これが今までも論じられてきた結論です。彼らは沿岸海軍の一変形であり、第一次世界大戦中のドイツ帝国海軍にも類似していますが、徹底度合いが違います。彼らは、我がUSネイビーと正面から戦う事だけを考えてきた海軍なのです。しかし、第二次世界大戦の前と後では決定的に違う要素が加わりました。私はこの点を最も重要視したいと考えます」


 視界の隅でニミッツが頷く。


「今までと違う要素は大きく三点。一つ目は、日本海軍の規模の拡大。二つ目は、すべてを一箇所に持ってくる性癖の強化。最後の一つは、用兵思想の変化です」


 アンダーソンは、ブラックボードにチョークで同じ言葉と同じ文字を並べていく。

 そして議場内の視線が、文字に集中したところで解説を再開した。


「まずは日本海軍の規模の拡大ですが、日本海軍は一九三七年以後大幅な軍拡を行いました。さらに日中戦争、第二次世界大戦、赤色戦争への参戦で、戦時海軍として大幅な規模拡大を行っています。

 翻って我が海軍は、四一年以後海軍整備計画は大幅に制限され、さらには予算不足に苦しんでいます。そして、二国の状況の変化によって、軍縮時代に我が海軍の六〇から七〇%に抑えられていた日本海軍の規模は、我が海軍の九〇%以上に達すると見られます。

 次に、すべてを一箇所に持ってくる性癖の強化ですが、これは今まで通りと言いたいのですが、次の用兵思想の変化と関連して大きく変化しています。

 従来のグループ・フリートの編成は、ファーストが戦艦、セカンドが水雷戦隊です。他は地方艦隊に分類できました。しかし、第二次世界大戦参戦と共にキャリアーを集中運用する艦隊が生まれます。第一航空艦隊です。この艦隊は、当初は拠点から遠い地点での制空権奪取に使われていましたが、インド洋では戦艦多数を撃沈する事実上の主力艦隊として使われました。しかも日本海軍は、ストラテジーを重視する地上航空戦力を重視してます。

 ご存じの通り、空母や航空機は建造費よりも維持費に莫大な予算を必要としますが、驚くべき事に日本海軍実戦部隊の予算の実に七割が空母と航空関連予算で消費されているのです。

 そして、日本海軍の航空戦力が拡大傾向で維持されているのは、先年終了した赤色戦争での活躍でも明らかです。彼らは、新たに手にした剣と槍にさらに磨きをかけている事を赤色戦争で示したのです」


 アンダーソンはいったん言葉を切り、口を水で湿らせてから結びに入った。


「そう、五〇〇マイル彼方の洋上を越える高度な技量を要する戦略爆撃を平然と実施し、中距離から空母集団で攻撃を仕掛ける戦闘集団は、世界中でも日本海軍しか存在しません。

 そして日本海軍は、常に一回きりの決定的戦争を求め、新たな戦闘手段として空母と航空機を最も重視するようになった。これが第一の結論です」


 フム。ニミッツが大きすぎるため息を付き、一旦アンダーソンの話を打ち切らせた。


「現状の確認については、大筋においていいだろう。パーフェクトとはいかないがファインの評価は付けたいところだな。参謀長はどう思う」


 万事口数の少ないところのあるスプルアンス参謀長に話を持っていった。

 アンダーソン大佐は、見栄えの良さと頭の切れもあって演説させるにはいい人材なのだが、参謀長をないがしろにしては組織として問題が出かねない。

 スプルアンスもニミッツの内心は了解しているので、なるべく印象的な言葉を探しつつ口を開いた。


「長官のおっしゃる通り、大筋は問題ないと考えます。しかし、作戦参謀の言葉は、もっと短く要約する事もできるでしょう」


 ほう? ニミッツに即されるまま断言した。


「古代バビロニア王の法典です」

「目には目を……空母には空母を、といったところか」


 スプルアンスの言葉を受けて、ニミッツが回答を導き出した。


 ニミッツの言葉に空母マフィアは、我が意を得たりと頷いている。ハルゼーが代表して発言した。


「ニミッツ長官、私は今以上に、そう日本を越えるほどの空母部隊の編成を具申します。なに、今まで通り、戦艦なんて必要ありません。高速空母と新しい軽巡洋艦に駆逐艦、それと対空戦闘能力を高めた重巡洋艦をいくつかまとめていただければ、すぐにでも今までの三倍の規模の訓練と演習を開始できます」

「またその要求か。まあ、少し待ってくれウィル」

「ああ、申し訳ない長官。つい、浮ついちまってな。それよりもボーイ、そこまで言ったんだ。まだ先があるんじゃないか」


 ハルゼーはニミッツの言葉に自分たちへの賛同を感じ取ると、事の発端となったアンダーソンに再び振ってきた。

 ニミッツはもう少し他の者の言葉を聞きたかったが、流れを無視する事もできなかった。


 ニミッツの沈黙を、演説再開の了解と判断したハルゼーがエスコートを続ける。


「と言うわけだボーイ、じゃなくてアンダーソン作戦参謀、取りあえず言いたいことをぶちまけてくれ」

「ありがとうございますハルゼー提督、そして皆様。では、再開するに当たり、私も言葉の要約をもう一つつけ加えて話を続けたい思います」


 言葉が染み渡る一瞬を待ってから切り出した。


「我々の側から彼らのダンスに付き合ってやる必要はない、という事です。

 先ほど申し上げた通り、日本海軍は過去の成功を踏襲する傾向の強い戦闘集団です。しかし今は、各種情報収集の結果規模だけは例外です。そして彼らは、その時手にできる戦力があればすべてを使いたがる性癖があると判断します。本来ならこれらは、世界中の軍隊にありがちな常識論なのですが、徹底度合い、傾倒度合いのベクトルが日本海軍の場合強くなります。

 恐らく日本海軍は、マリアナ諸島を中心に今までの常識を越えた地上航空戦力を集中できる態勢を作り上げているでしょう。もしくは作り上げつつあるはずです。

 当然ながら、日付変更線の西側には戦略空軍建設の過程で培われた長距離偵察部隊が存在し、潜水艦ですら漸減という名の先制攻撃のため限定的ながら偵察を重視しています。

 我々が伝統戦略に従い、ハワイからウィーク島、グァム島、フィリピンへと至る進撃路を取った場合、我が太平洋艦隊は日本海軍が作り上げた偵察網と地上航空機の蜘蛛の巣に捉えられ身動きできなくなったところを、グループ・フリートという毒蜘蛛にトドメを刺されるでしょう。

 日本海軍は、ほぼ確実にこのシナリオを構築して待ちかまえており、翻って我が軍は民意と政治的要求、さらには地理的環境から彼らの注文通り進撃しなければならない可能性が高くなります。

 しかし私は、日本海軍の事前準備と予測が可能な場合の用意周到さと、日本政府まで含めた硬直した戦略姿勢にこそ、我々が付け入るスキがあると判断します」

「目指すは、戦略的な奇襲攻撃ってわけか」


 さらに興味を増したハルゼーが合いの手を入れる。


「そうです。戦略的奇襲を成功させれば、少ない犠牲で多くの成果を得ることができます」

「だが、既存の方針を覆すには時間が少なすぎないか。中盤の言葉も実行するなら、艦隊の編成も変えなければならない。二つ同時は難しいのではないか」

「編成の変更と訓練は各部隊指揮官が、作戦は司令部がすればいいだろう。長期航海や必要なら補給の訓練は、既存の訓練で十分カバーできるはずだが」


 提督の一人が異を唱えるが、戦艦部隊の半数を預かるトーマス・キンケイド中将が正論で封じ込めた。

 実直なキンケイドが変革を是とする発言したように、太平洋艦隊の多くの者が、現在の軍事バランスと既存の作戦案に不満を抱えていたのだ。

 

 作戦参謀であるアンダーソンは、切っ掛けを与えるための役割を果たしたに過ぎないが、功績そのものは高かった。

 何しろ誰もが言い出すことを躊躇していたのだ。

 ハルゼーら空母マフィアが求めたのも空母の集中化ぐらいで、今までのすべてにメスを入れようとしたのは、アンダーソンが初めてだった。


 キンケイドの言葉のあとは、それぞれの者が発言を繰り返すブレン・ストーミングに近くなったが、アンダーソンの発言の機会が多かったのが、彼が評価された証拠でもあった。


 作戦参謀などアメリカ海軍では、司令長官や参謀長の高級秘書に近い場合もある事を思えば、ニミッツの度量の大きさを付け加えて大きな幸運だった。


 誰かが、アンダーソンに質問をぶつけた。


「作戦参謀。君の論に従えば、我々はグァム、フィリピンを目指さない事になる。しかし、ならばどうやって政府の求めを実現するのか。既存の方針を覆すのなら、相応しいだけの代案があるのだろう」


 やや嫌みも入っているが、アンダーソンは意に介することなく、それどころか涼やかな微笑を浮かべつつ応じた。


「もちろんです閣下。幾つかの前提条件をクリアしなければなりませんが、十分代案足りうると自負しています」

「やはり、艦隊をニューギニア沿いに西進させフィリピンへ至るルートか」


 別の誰かが言った。賢者の多い会議だけに、皆頭の回転は早かった。


 だがそこで、アンダーソンが口を開くよりも早くニミッツが割って入った。


「皆、静粛に。……議論が白熱したところで申し訳ないが、私が今日アンダーソン君に意見を言ってもらったのは他でもない、来週にもアンダーソン君の作戦案に従って大規模な机上演習を行い、我々の方針を決定したいと考えているからだ」


 おおっ。静かなうなり声が場内を揺るがした。

 静まるのをまってニミッツが続ける。


「なお、次の机上演習では、米軍をアンダーソン作戦参謀に一任し、彼の持ち込んだ作戦案が有効か判定したいと思う。皆、時間は限られ残り少ないが、最善を尽くして欲しい、以上だ」


 ニミッツの言葉は事実上の閉会の言葉となった。


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