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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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第一章「戦勝」 (二)

一九四三年九月二五日 サンクトペテルブルグ



 ドイツ戦勝映画を放映する劇場を出た金城次郎中佐は、日本の主要部ならすでに冬間近と思える気温のサンクトペテルブルグ市内を歩いていた。


 階級的にも高級将校に分類されるようになっているし、日本政府代表団の一角なのだから公用車を使うこともできた。

 だが、講和会議場から近いという事もあったので、散歩と暇つぶしに徒歩で外出した帰りだったからだ。


(どうにも、おとぎ話に出てくるような街だな)


 ぼんやりと風景を眺めながら歩くには、もってこいの都市に思えた。

 いささか作り物じみたほどの建築物の集合体の街だが、それだけに美しいと素直に感嘆させられる。

 さすがロシア帝国時代の人々が文字通り心血を注ぎ込んで作り上げた街。

 ただ眺めるだけなら、破壊されなくて本当に良かったと思えてくる。


 サンクトペテルブルグは、かつて帝政ロシアのピョートル大帝が建設し、運河をたたえた美しい町であり、北のヴェネツィアと称されることもある。

 ほんの数ヶ月前までこの国を支配していた政府によりレニングラードという彼らの建国英雄の名を冠するロシア第一級の都市だったが、今この時はアクシズによる国際会議の場とされていた。


 だからこそ、日本帝国海軍中佐がこの街を闊歩できるわけだ。

 そして彼がサンクトペテルブルグを歩いているのには、世界史的な大事件が二つも横たわっていた。

 一つは、第二次世界大戦。

 もう一つは、金城中佐をロシアの都市に立たせることになった「赤色戦争」と呼ばれるソ連とそれ以外の列強による戦争だった。



「それで、今までどこに行っていたのか?」


 日本講和使節団宿舎に使われているこれまた古風な作りの豪勢なホテルに戻ると、ロビーでは直接の上司にあたる井上成美中将が待っていた。

 井上は軍政畑に属するとされる辣腕軍政家で、第二次世界大戦参戦後も非戦の持論を貫き通したため、兵学校長だったのを国内の不穏分子から逃れさせるように今回ロシアに派遣されていた。

 適任だっただけではない。


 金城中佐は、海軍側の代表である同中将の随員もしくは副官のような立ち位置で北の街に派遣されたのであり、海軍としては彼も体の良い左遷人事に近かった。

 海軍では作戦に関われねば本流とは言えない。

 しかも、ようやく実戦部隊から離れたというのに、語学の才を買われて軍令ではなく軍政方面のしかも臨時職に追いやられていた。

 人事課の少将から、語学達者な金城君に是非とも行って欲しいと言われては是非もなかった。


「はい、街を散策して、サンクトペテルブルグの戦禍を確認しておりました」


 井上中将の問いに、ぬけぬけと答えるとそのまま立ち去ろうとした。

 そこに待ちたまえ、という井上の声がかかる。

 井上中将は、これから会議場に急ぎ行かねばならないので、随員である金城の帰りを待っていた、というのだ。


(何とも律儀なことで)


 言葉を飲み込むと、こればかりは見事としか言いようのない形通りの敬礼を決めると、随員宜しく井上中将の斜め後ろに付いていった。

 金城は体格が良いだけに、だれかに随伴するには適任と言えた。

 もしかしたら、海軍上層部は見た目を考慮に入れたのではと噂された程だ。

 また、日本人離れした顔立ちのハッキリした彼は、諸外国の武官からもなかなか受けが良かった。


 そんな二人は、そのままドイツが鉄路持ち込んだBMWの高級公用車に乗り込むと、講和会議場となっている「冬宮殿」を目指した。


 車中の二人は、最初会話がまったくなかった。


 かたや井上は「三角定規」とあだ名されるほどの剛直すぎる性格で、いっぽうの金城は頭は切れるが妙に人間的スキの多い変人と見られていた。

 もっとも、今回の金城は出で立ち振る舞いに、彼が動員できる最大級の努力を払っていた。

 先ほどまでの無精ひげも、ホテルを出る間際に大急ぎでそり落としている。


 おかげで金城の見かけは伊達男じみたスーツ姿として講和会議場の冬宮殿で通っており、連れて歩くには良い相手だった。


 もちろん井上は、金城が随員だから連れ歩いているのであった。

 もっとも、軍政と軍令という畑違いもあって、連れ歩くという以上の事はほとんどなかった。


 しかも今日は金城の方に否があるので、金城から不用意に話しかけるわけにいかなかった。



「金城君、戦禍を見ていたというが本当か。だとしたら、目立つ場所以外にも行ったのか?」


 井上が窓越しに街並みを見ながら話しかけてきた。

 金城は「おや?」と思いながらも、スキのない回答を模索しつつ口を開いた。


「はい、徒歩で行ける範囲ですが、裏路地なども少しばかり歩いてみました。この辺りは、英艦隊の艦砲射撃の影響はほとんどありません。若干、破片や爆風などの影響が見られるぐらいでした」


 そうか、井上は短く応えると、さらに続けた。


「そうだな。今まで通りの戦争なら、都市部の破壊は極力避けるべきだからな。それに、これほど見事な街を破壊するなど考えられない」

「昔、街を作るとき、随分死人が出たといいますよ」

「だからと言って、むやみに破壊して良い法はあるまい。それより、金城君はロシアの歴史に詳しいのか?」


 金城は内心しまったと思いつつも、答えることにした。


「はい、詳しいというほどではありません。ですが、親戚筋の一人が大連に住んでいまして、ハルピンに住む白系ロシア人の元貴族という人物と懇意なのです」

「なるほど、その人物から聞いているというわけか。だから語学も達者なのかな。ではロシア文学の方はどうかね?」


(なんだ、妙に軽妙な口調。まるで別人だな)


 内心、井上中将の一面を発見して面白みを感じた金城は、しばらく会話を続けることにした。

 さっきの映画よりも余程面白そうだった。


「ドストエフスキーは読みましたが、翻訳小説との相性が悪かったのか、どうにも好きになれませんでした。トルストイは原文で読みましたが、なかなかに興味深く思いました」

「ほう、「罪と罰」より「戦争と平和」の方が興味深いと思うか、金城君は」

「あ、いえ、トルストイの方は「戦争と平和」より「アンナ・カレーニナ」の方が面白く読みました」


 うん、あれも良い作品だな。

 井上中将は、嬉しそうに頷いていた。

 金城の方は、さすが語学達者な提督だけあると、素直に感心しておくことにした。


 そして上官の機嫌がよくなったところで、今まで聞きたくてもなかなか聞けなかった事へ突撃してみることにした。


「ところで井上閣下、閣下は先の講和会議にも行かれましたが、ニュルンベルクの街はどうでしたか。いえ、ドイツの街も一度行ってみたいと思いまして」

「フム、ドイツにも感心があるのかね?」

「はい、白系ロシア人の元貴族というのが、先祖はドイツ貴族のユンカーだったそうで、古き良きドイツについても何度か話を聞かされました」


 ドイツと聞いて一気に機嫌が損なわれかけた井上だったが、金城がすかさず挟み込んだ言葉に得心し、機嫌を取り戻しつつも暗い顔をした。


「なるほどな。しかし、第二次大戦の講和会議で赴いたニュルンベルクは、金城君が聞いたドイツとはかけ離れた街だと思うよ」

「そうなのですか。ニュルンベルクは、歴史と伝統のある街なのでは?」

「それは、ナチスが隆盛するまでだ。今じゃあそこは、ナチスの一大宣伝都市だ。趣味の悪い誇大妄想的な建築物とナチスの旗ばかりが目立って、すべてを台無しにしている。悪いことは言わないから、ドイツに行ってもナチスの影響の強い街には行くものではないぞ」


 井上が、いつになく心を許して会話をしているので居心地の悪い気分になったが、今しばらく会話を続けたかった。

 金城が聞きたかったのは、ドイツの事ではなく講和会議での生の言葉なのだ。


 生の情報ほど貴重な情報はなく、今の彼の任務とって可能な限り必要なものだった。

 杓子定規に聞いたのでは、井上中将が文書で公開されている以上の事を話すとは思えないので、今回のような機会を狙っていたのだ。

 逃すわけにはいかない。


「そうですか。お心遣い感謝いたします。しかし、ニュルンベルクはそれほど酷いのですか」


 金城の言葉に少し逡巡した井上は、言葉を選ぶように続けた。


「そう、確かにナチスの宣伝戦略は、好悪を別にして見事としか言いようがない。だが、あの街を客観的に見らることができれば、ナチスの実体が分かろうというものだ。そうだ金城君、ニュルンベルク講和会議の内容を覚えているか」


 内心意表を突かれた金城だが、向こうから話しかけてきたのなら望むところだった。


「はい、アクシズにとって都合の良い事ばかり並べていたと思います。ですが、戦争に勝利した事から考えれば、表面的には穏健な講和内容だったのでは?」

「表面的にはね。……確かに、少額だった賠償金や欧州各国の独立復帰、植民地の新規独立など、自らの侵略戦争から手の平を返したような美辞麗句も並んでいる。だからこそ、外野で終わったアメリカ合衆国が何も言えなかった。

 だが、独立復帰した政府のほとんどは親アクシズ政権だし、イギリスは地中海とアジアのすべてを一時的であれ奪われている」

「それほど非難すべき事でしょうか。我が国も戦勝のおかげで支那の泥沼から足を抜け出せ、今まで山積していた国際問題の多くが快刀乱麻のごとく解決したのですから、万々歳、なのでは?」

「なんだ、金城君もそんな事を言うのかね?」


 金城の煽り言葉に、井上の機嫌があからさまに傾いた。

 分かって煽ったとはいえ、実に分かりやすい人物だと再評価を付けつつ続けた。


「はい、表面的にはまさに今の私の言葉通りだと思います。女学校に通う私どもの娘は、もんぺからスカートに戻ったと喜んでいます。配給と統制もほとんどなくなって物価も下がり、KAは大喜びです。私なども、東京五輪を辞退から延期に変えさせた点は大金星だと感じ入っています。

 政治や軍事を扱う者以外にとっては、それで十分なのでは? 我が国は劇薬を用いてでも病を治し、今は休息が必要だと愚考いたしますが」


 金城は、勝負とばかりに思いっきり煽ってみた。

 噂通りの井上中将なら、相手を徹底的に論破するまで話し続けるだろうからだ。


 案の定、次の瞬間から井上中将の独壇場が始まった。

 後は冬宮殿に到着するまで、基本から応用に至るまでの講和会議の講釈となった。

 おかげで金城中佐は書面上は出てくることのないニュルンベルク講和会議の内容を少しばかり知ることができたので、運転手が内心危惧したように井上を敵視するような事はなかった。


 井上の感情に揺らぎを持たせて煽ったのは自分であり、また十分な事を聞けたのだから敵視するなどお門違いだった。

 もっとも、二度はご免だな、というのが金城の正直な感想だった。


(あれだけ言われりゃ、そりゃ誰でも敵視したくなるってもんだ)


 「ニュルンベルク講和会議」とは、第二次世界大戦の総決算として、アクシズとユナイテッド・ネイションのすべての参加国が集まった講和会議になる。


 一九四一年九月六日に開始され、参加国は戦勝国側のドイツ、日本、イタリア、ヴィシー・フランス、スペイン、東欧各国、トルコ、タイ。

 敗戦国はイギリス(+連邦諸国)、ベネルクス三国、ノルウェー、デンマーク、ポーランド、チェコスロヴァキア、中華民国になる。

 また、オブザーバーとしてアメリカ、ソ連、スウェーデン、ポルトガルが参加していた。


 講和会議は約二ヶ月間開催され、主に以下のような事が決定された。



・戦闘停止と停戦の確認

・通商、国交の正常化と資産凍結の解除

・欧州各国の独立復帰

・エジプト、アラブ各地、インド、ビルマ、インドネシア、インドシナの独立承認

・満州国の承認

・地中海各地の英領土の放棄とアクシズ各国への割譲

・英マレーシア地域の放棄と日本への割譲

・旧ドイツ帝国時代の植民地返還

 (アクシズ側委任領除く)

・中東油田の利権をアクシズ各国に譲渡(ペルシャ=三国共同、イラク=独、アラビア半島=日本)

・連合国各国の戦時賠償金支払い

 (総額一〇億ポンド(七五億ドル))

・スエズ運河を国際管理運河化

・中華民国への軍事支援停止

・アメリカの武器貸与法廃止

・国際連盟へ全脱退国の復帰(日、独、伊、ソ)


 金城が井上を煽ったように、穏健な講和内容と表現もできる内容だった。

 最初連合国は、すべての占領地域をアクシズそれぞれに併合や植民地化し、莫大な賠償金を求めてくると思いこんでいた。

 故に各国自由政府を巡る交渉以外は、大きな問題も発生しなかった。

 イギリスなどは、賠償金の代わりに様々な現物で支払う用意すらして講和会議に臨んでいたので、むしろ拍子抜けだったとすら言われている。


 しかし講和会議を主導したヒトラーの思惑は、この時すでに遅れに遅れている東方進撃、つまりソ連と戦う事に向けられていた。

 だからこそ、厄介になりそうなファクターのほとんどを回避して、彼からすれば最大限譲歩した内容となったのだ。

 それに、共産主義者を叩きつぶしてしまえば、後はどうとでもなるという読みもあった。


 なお日本は講和会議とは別交渉として、日本が辞退した第一二回オリンピックを辞退でなく延期にして欲しいと訴えた。


 一九四四年の「第一三回オリンピック」は本来ロンドンで開催される予定だったが、日本は自らの一九四〇年開催を延期という形に差し戻して開催させてもらえるように国際社会にアピールした。

 これにイギリス政府も自らのロンドンオリンピックの順延を条件に応え、第一三回オリンピックは東京開催と改訂された。


 また、講和会議以外にも支那事変の決着を付けるための「日華交渉」と、アクシズ、UNどちらでもないが、各地で戦争行為を行ったソヴィエト連邦に対する「勧告」が行われた。


 「日華交渉」では、日本が最低限と求めたラインでほぼ交渉が固まる。

 内容は、中華民国の満州国承認、内蒙古自治連合政府の承認、海南島の割譲、上海日本租界の承認、汪兆銘の国民党再合流と引き替えに、日本軍の支那からの撤兵(日本権益内除く)、中華民国への各種支援を認めさせた。

 蒋介石としては、イギリスが破れアメリカが頼りにならない以上、国内の共産党の増長を防ぐためにもアクシズとりわけ近隣の日本をアテにせざるをえなかったのだ。


 いっぽう「対ソ連勧告」と呼ばれたソ連の軍事行動に対する勧告では、バルト三国の独立復帰や、フィンランド、ルーマニア、ポーランドへの領土返還が提言されたが、会議にオブザーバー参加していたソ連代表団は、不当な勧告だとして会議を途中退場してしまう。

 そしてこれこそが、次の「赤色戦争」の撃鉄となったと言われている。


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