終章「再会」
●終章「再会」
一九四四年九月十二日
「これより、第十三回東京国際オリンピック競技大会開催を宣言いたします」
日本国首相、近衛文麿の開会宣言により、一時は中止が危惧されたスポーツの祭典が開幕した。
開会の言葉と共に、東京府世田谷区駒沢に建設された五輪競技会場は、世界中から集まった十万人の群衆の歓声で埋め尽くされた。
上空では、世界の空を席巻した(と日本海軍が宣伝する)零式艦上戦闘機が曲芸飛行を見せ、空中に煙幕で見事な五輪を描いて観衆をさらに熱狂させた。
沖合からは、数分遅れで遠雷のような音も届き、人々に聯合艦隊戦艦群による礼砲の一斉射撃だと説明された。
つい一ヶ月ほど前、アメリカ太平洋艦隊に勝利し、世界最強を立証した戦闘集団の祝砲だ。
国家を挙げての祭典が、今まさに開幕したのだ。
「いや、まったく素晴らしい」
「ええ、本当に素晴らしいわ」
眼下の競技会場で派出に演出された日本の伝統舞踊に見入っているのは、ロバート・アンダーソンとフィアンセのアリスだ。
隣には金城次郎と彼の家族が陣取っており、海軍枠で用意させた特等席とは言わないまでも、十分に一等席を確保して開会式の様子を見ることができる。
おかげで金城の出で立ちは、もっとも海軍将校らしい純白の第二種軍装だ。
しかし今の日本では、軍服こそが最も名誉な装いであり高級将校ともなれば、地に足をつけさせないほどの扱いをする店もある。
だからこそ金城は町中での軍服姿が嫌いなのだが、家族と友人のためとあれば是非もなかった。
現に、妻の美智子以下家族も大喜び、膝の上にいた筈の末娘の和子もいつの間にか金城の長身を登って肩車で観覧中とあっては、金城自身も相好を崩すしかなかった。
かくして金城家とアンダーソンペアは東京オリンピック開会式の観覧を終え、金城の家族は先に円タクで家に返し、金城だけが別の円タクでアンダーソンとアリスを帝国ホテルにまで送る事になった。
アリスは、金城の妻美智子の同行も願ったが、美智子の方が謝した。
日本とアメリカの文化の違いであると。
だから帝国ホテルに向かう円タクは、三人の談笑となった。
「ジロー、今日は本当にありがとうございました」
「何の、ロブ。それより、開会式に間に合うかと、正門の前でハラハラさせられましたよ」
「面目ない。船の着いた横浜までは特に問題もなかったのですが、乗ったタクシーが渋滞に捕まりまして」
「渋滞ですか。自動車の渋滞など日本で初めてかも知れませんなあ」
「あら、そうですの。エキゾチックな所はありますが、アメリカ本土を少し懐かしみましたのに」
「ミス・アリス、日本では渋滞を起こすほど自動車は、まだ走ってないんです」
「あら、そうなんですの。失礼を承知で申し上げますが、信じられませんわ。だって今日飛んでいた飛行機って、世界最強なんでしょう」
「実績はそうかもしれませんが、飛行機一つで国の力は図れませんよ」
「あら、謙虚なお方」
アリスの声色には少しばかり棘があった。が、金城は正面から受け止めることにした。
「謙虚ではありません。日本が先端部に集めた総力が、軍の力だっただけです。国民生活に始まるほとんどすべての文明的な力では、アメリカの方が優れているでしょう。これでも私は、武官としてワシントンに住んでいた事もあるんですよ」
「それは、ロブから伺いましたわ。お見事なイングリッシュですし。最初拝見したときも、日本人とは思えませんでしたわ。何しろ、大方のアメリカ人より背もお高いですし」
アリスが矛を収める笑いをした。
いや、まったく。金城もひとしきり笑う。だが、アンダーソンの顔がほんの少し陰った。
「そのステイツも、今後しばらく揺れるでしょう。でなければ、私もこうして暢気にオリンピック見物には来られなかった」
「やはり荒れますか」
荒れますね。いや、対外的には大人しくなるかもしれない。アンダーソンはそれだけ静かに口にすると、態度を一変させ破顔した。
「けど、あの戦闘は、私にとっても大きな転機となりました。おかげで、敵情視察としてジローと東京で再び話もできる」
一九四四年八月前半を使って行われた日米の軍事衝突は、日本側呼称「南洋事変」と呼ばれた。
戦闘は両軍の海軍主力が互いが相手を出し抜こうとした、政治色の強い戦闘となったため二転三転した。
しかし、実戦経験と兵器の若干の優位が日本側に個々の戦闘で勝利をもたらさせ、最後に戦闘を引き起こした張本人を再び大きく動かすことで幕となった。
すでに次期大統領選挙出馬を断念したルーズベルト大統領は、戦闘終了まで情報を秘匿しようとしたが共和党議員に軍内部から情報がリークされたのだ。
しかも、自らが先制攻撃した上での敗北という、致命的な情報を。
その上、諸外国からの対米批判の急速な高まりと、予想以上の自軍の損害と敗北に議会は色を失い、ルーズベルトに退陣か即時戦闘中止かを求めた。
海軍をここですりつぶしても、アメリカに益なしと共和党は判断した。
共和党にしてみれば、アジアを得ることよりも本国を守る方が先だった。
そして共和党の考えは、アメリカ軍の行動を非難するドイツのアジテーションによって強く補強されてしまった。
かくして八月一五日に日米の主力艦隊は矛を収め、日本艦隊は日本本土へ、アメリカ艦隊はフィリピンへと進路を取ることで、日本側呼称「南洋事変」と呼ばれた戦闘は終幕を迎える。
もし通信文が前線に届くのが三〇分遅れていたら、致命的な事になっていた。
日本軍の機動部隊は、米残存艦隊目指して発進し、マリアナ諸島に犇めいていた基地航空隊も付近で欺瞞行動をしていた米別働隊に対して、遠距離攻撃をしかけつつあったからだ。
もしそうなっていたら、米軍の損害はさらにうず高く積み上げられ、引っ込みが付かなくなっていたかもしれない。
日本軍の大勝利とはいえ、双方それなりに損害を受けたからこそ尾も引かなかったのだ。
特に日米の新鋭戦艦が激突するも互いに損失なしという結果は、互いにとって救いとなった。
そして勝利した日本は、日本の勝利を後押しするアクシズの後ろ盾もあって、予定通り東京オリンピック開催にこぎ着け、敵としてまみえていた金城とアンダーソンが無事再会することもできたのだ。
アンダーソンの身に降りかかったこの一ヶ月の変化を感じた金城は、詮索も何もすまいと思った。
「敵情視察なら、我が家にも来なければいけませんな。私の真実は、家にこそありますぞ」
「片鱗は、本日拝見して刮目いたしました。私も是非に行かねばと思っていたところです」
「が、今日はミス・アリスと、帝都東京を堪能ください。政府や軍関係者の多い帝国ホテルの宿泊では、少しばかり窮屈かもしれませんがね」
違いない。三人が笑った先には、重厚で瀟洒な作りの帝国ホテルが見えてきた。アメリカの建築家F・L・ライトの傑作で、東京オリンピックの後には、日米交渉でアメリカ代表団が宿泊する予定の宿にも指定されている。
そして、おそらく年内遅くに開催される日米交渉では、アメリカがかなり譲歩し、日本に謝罪と賠償しなければならないだろうと囁かれていた。
しかも交渉を行うのは次期大統領であり、それはルーズベルトではなく、共和党のトマス・デューイだと言われていた。
しかし、戦い終わった金城とアンダーソンの二人にとっては、もう関係の薄いことだった。
兵士として、軍人として、国家に対する義務と責務を果たした以上、私事にまで国家の事を持ち込む気はなかった。
その事を作戦立案をしたという理由で、戦闘後の混乱で思い知らされたアンダーソンは、今この時を楽しむ事を固く決意していた。
金城の方は、日本的組織の中でみんなの勝利とされて功績をうやむやにされたが、人事の知り合いから少しばかり昇進順位が上がったと聞かされた事で満足していた。
そして二人の結論は、軍人といえど日々つつがなしなほど貴重なものはないという事だ。
ほぼ同じ事を思った二人は、片方は爽やかに、もう片方はニヤリと独特の笑みを浮かべて互いの真意を交歓し合った。
「もう何、大の男二人が笑いあうなんて」
アリスの言葉に、大の二人は揃って頭を掻くしかなかった。
了
当時、少し普通の架空戦記とは毛色の違う作品を書こうとして描いた作品です。
戦争ではなく戦闘で艦隊決戦を構築できないかという、ある種自分への足かせを付けてみたわけですが、
ちょっと無理がありすぎましたね。




