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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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第六章「対決」(三)-2

「敵さん、度肝を抜かれているでしょうな」

「うむ。大和が初めて実質的な最大射程で敵艦を砲撃するのだからな」

「はい。それにしても宇垣君は張り切っていますね」


 武蔵第一艦橋では、古賀と福留が、最初の着弾まで興奮をごまかす為の雑談を交わす。

 日本海軍が威信を賭けて建造した新造戦艦の一斉砲撃に、司令部以下将兵のすべてが勝った気同然という雰囲気が強くなっている。


 すでに距離は二キロ近く縮まっていたので、司令部のある武蔵と後続する信濃も発砲している。


 しかも今回はほとんど反航状態にも関わらず、先制打を放っていた。

 本来なら先に回頭して敵の頭を押さえるべきだが、敵の混乱を誘うために大和級戦艦の砲撃を重視させたのだった。


 そして全艦が挨拶代わりの砲撃をしてからようやく右舷回頭を行う。

 当然ながら、敵の慌てた進路変進も、彼らの予測範囲だった。


「距離三五〇(三万五千メートル)、敵進路……」

「敵進路変更しだい第四、第五戦隊に頭を押さえさせろ」報告が最後までいかないうちに、頭の回転が速い福留の予備命令が発せられた。

 だが、違った。


「敵進路そのまま」

「何っ! 正面からT字に突っ込んでくるだと」


 日本海軍の常識からは考えられなかった。だが、向こうが死を望んでいるなら叶えてやるのが筋だ。


 古賀は、完全に頭を押さえるべく、今一度進路変更を指示した。

 距離二万五千メートルあたりで距離を固定して、大和級戦艦の威力を存分に発揮できるようにするためだ。


 しかし敵は接近戦を挑んできた。


 日本側はそう解釈するより他無かった。

 今のアメリカ太平洋艦隊に戦艦以外の手駒がないのだから、踏み込んで目の前の第一艦隊を短時間で撃破し、道を急ぐより勝機はなかったからだ。


 しかも米艦隊の隊列は、二度小さな進路変更を行って日本側の砲撃諸元を狂わせており、自らはまだ一度も火蓋を切っていない。


 射程四十二キロを誇る大和級の四十六センチ砲も、遠距離すぎる上に諸元を微妙に狂わされて、米戦艦のまわりに百メートル近い深紅の水柱を作り上げているに過ぎない。


 そして距離三一〇〇〇。



「敵進路変更。右舷回頭。速力二四ノット」

「突撃の次は、同航ではなく反航か。次は一斉砲撃が来るぞ。こっちをやり過ごして逃げる気だ。最初からこれが狙いだったのか」


 福留が独り言にしては大きな呟きをもらした。


 心理的奇襲効果を狙ったなどと正論を並べたとはいえ、大和級戦艦の威力を試したくて大遠距離から砲撃戦を開始したのが仇となった。

 いまだ距離は三〇〇〇〇メートル以上。

 日本側もようやく長門級が砲撃を開始しようとしていた矢先なだけに、今度は聯合艦隊司令部の方が混乱に見舞われた。


(まあ、俺が向こうの司令でも逃げるわな)


 先任参謀の金城は、もはや半ば傍観者の気分だった。


 だからこそ勝手な感想も弄べた。もちろん顔は、無表情ながらどこか悠然とした感じを浮かべている。


(こっちの新鋭戦艦が予測以上だったのか、規定の方針だったのかは知らんが正しい判断だ。未知数の敵複数と正面から戦わねばならない明確な理由が向こうにはない。で、こっちは相手を逃がさなければいいのだが、さてどう動くのかな)


 視界の隅で福留がチラリと彼を見るのが分かった。

 だが、戦場で彼に言えることはない。

 しょせん先任参謀に過ぎない。

 戦場での発言権や命令権は、司令長官や参謀長による命令を介さなくてはほとんど意味がない。

 しかも第一艦隊は、彼より優先指揮権を持つ者など十人ではきかなかった。


 それに、金城が福留と共にこの時まで用意できた札は、すでに発進しているであろう第一機動艦隊の攻撃隊と、台湾のわずかな数の攻撃隊だ。

 今すぐには役に立たない。

 だいいち、目まぐるしく変わる戦場で数十分や一時間程度の誤差修正を、作戦に求めるのは酷というものだった。


 福留も分かっていてなお金城を見たのだ。

 彼の瞳も真実は知っている事を伝えている。

 だから金城は、強い視線を送って小さくうなづくしかなかった。


 今は反航でも接近しつつ砲撃を続け、素早い回頭の後に追撃するより他ないのだ。


 戦場では、意志を失った者が敗者となる。

 それは、古今東西普遍の真理だ。



 それから約十分間は、日米の意地のぶつかり合いとなった。


 日本側は敵を逃すまいと砲火を強め、アメリカ側は逃げ切るためにも敵に打撃を与えることに専念した。


 戦艦を戦艦が、重巡洋艦を重巡洋艦が、駆逐艦を駆逐艦が殴り合った。

 速度が速く、位置変動も多いので巡洋艦や駆逐艦は、魚雷を一斉発射するゆとりはない。

 英海軍を葬り去った日本海軍ご自慢の酸素魚雷も、遠距離から発射してみても十数分後に見当違いの場所で力尽きるのがオチだった。


 だからこそ、彼らは砲でのみ殴り合った。


 それまで知略と巧緻を尽くして相手を出し抜こうとした事など忘れたかのように戦った。

 砲撃のあまりの激しさに、重巡洋艦や駆逐艦の中には、誘爆を警戒して棄てるように魚雷を発射した艦もあったほどだ。


 砲弾が飛び、鋼鉄がはじけ、血肉が凄惨な極彩色を添え、火薬で黒く汚れた荒々しい水柱が汚れた艦体から洗いざらい持ち去っていく。


 深紅、蒼、黄金、翡翠に奔騰する水柱は、日本艦隊の戦艦、重巡洋艦が吹き上げる水柱だ。


 遠目には美しくすら見える総天然色の水柱で、民間航路から高倍率望遠鏡越しに見た船員の中には、日本海軍が次の観艦式のため派手な演習をしていると間違えた者がいたほどだった。


 だが、遠望された数十メートルの水柱の下は、統制された破壊によって、地獄の釜が開ききった状態となっていた。


 水温は爆発によって上昇してさらに湯気を立ち上らせ、世界最高峰の海の宝庫を滅茶苦茶にしていた。


 五十年先なら自然保護団体が決して許さなかったであろう惨状が、当たり前のように一秒ごとに拡大していた。


 だが、地獄の中にあっても、鋼鉄の獣たちはうごめき、牙と爪を振り下ろして相手を砕いていた。




「ニュージャージに新たに被弾一。速力落ちます」

「サウスダコタより報告。後部艦橋、三番砲塔完全破壊。出しうる最高速力。速力二十二ノット」

「マサチューセッツより報告。我長門級戦艦二番艦脱落を確認。これより敵三番艦を砲撃す」

「アラバマ、右旋回継続中」

「インディアナより、アラバマの発光信号を転信。我操舵不能。現在副長が指揮権を継続せり」

「敵一番艦に命中弾一。変化なし」

「敵三番艦に命中弾二。艦中央部に新たに小規模火災を確認」

「前衛Aグループ、敵巡洋艦隊列に阻まれ接近不能」

「前衛Bグループ、敵水雷戦隊を突破しつつあるも、損害軽からず」

「敵、第十七斉射発射。敵五番艦以外、砲力、速力に変化なし」

「我が方、第十五斉射まであと十秒」


 伝令と見張り、通信士の連係プレーによる朗読がアイオワの戦闘指揮所を埋め尽くす。


 すでに反航戦を開始して十分、今が一番接近していた。

 当然、両者の命中弾の数は増えており、損害も数分前から上昇カーブを描きっぱなしだ。


 先頭を走る旗艦アイオワも、すでに三発の命中弾を受けていたが、幸いにして致命傷はない。

 幸いというのは、日本海軍新鋭戦艦の砲弾が、いとも容易くバイタルパートを打ち抜いているからだ。

 最悪の場合、一撃で戦闘力を失っていただろう。


 その証に、五発の被弾を受けたニュージャージは、艦中央部の上部構造物が無茶苦茶に破壊され、さらに装甲を貫かれて機械室までもが破壊され、速力が大きく落ち始めている。


 敵の砲力は明らかにアイオワ級より上だった。


(しかも、)


 戦闘指揮所で完全な傍観者に置かれたアンダーソンは断定した。


(敵新鋭戦艦の砲撃力と防御力は桁違いだ。同航戦を挑んでいたら、間違いなく体力負けしていた)


 アイオワ級の十六インチ砲は、世界最強を目指して生み出された砲と弾だ。

 砲身は十六インチ砲としては世界初の五十口径。主砲弾もヘビー・シェルと呼ばれる約一・二トンもある重量弾だ。


 それまで最強だった日本の長門級が持つ四一センチ砲よりも威力は上、日本の新鋭戦艦に対しても重量弾を持つ分だけ有利な筈であった。


 だが、事実は違っていた。敵は明らかに一八インチクラスの主砲を搭載しており、自身の砲を防げるだけのふざけた防御力を兼ね備えていた。


 速力や基礎技術分野が多少アメリカ側のレベルが高くても、今この場では何の利にもならない。


 砲撃力と防御力など、砲撃戦に関する基礎数値こそがすべてを支配しているのだ。


(あと一〇分、いや五分耐えられるだろうか)


 それが、アンダーソンを含めた、当面任務のないアメリカ側スタッフすべての思いだった。




 もっとも、焦りに似た思いが強いのは、むしろ日本側だった。


 一回の通過で致命傷を与えられなければ、あとは追撃戦をするより他ないが、脚力が健在な戦艦複数を簡単に追撃しきれるものではない。

 にも関わらず、敵手は前から後ろへと位置を変えつつあった。


 聯合艦隊司令部が押し込められた形の武蔵の司令塔内では、口に出す者こそいないが焦りを強めているのは、空気で伝わっていた。


(ここまで来たら、腰を据えるしかないだろうに)


 相変わらず傍観者な心境の金城は、ややそわそわしている参謀長が周囲から見えないような立ち位置に動くといった、珍しく気配りを見せていた。


 当人にしてみれば、士気に関わるからとにべもなく答えたであろうが、誰も彼の気配りに気付いていないので、後日疑う者も問う者もいなかった。


 また、一見泰然としている古賀長官にしても、内心は焦りが強かった。


(真面目な方だからなあ)


 金城は現状に対する責任が少ないが故に余裕があった。

 激しい砲火もすでに体験済みなので、当たれば終わり当たらなければいつもと違いなしぐらいに考えている。


 そう考えられる事自体が肝が太いと言えるが、取りあえず観察ばかり続けているわけにもいかないので、今後の方針について思考を巡らせる事にした。



 もっとも、戦闘海域を敵味方双方で埋めていた焦りも、金城が準備し始めていた次善の策も、数分後にすべて不要なものになった。


 すべてを、たった一つの電文が吹き飛ばしてしまったからだ。



『アメリカ合衆国および大日本帝国両政府は、グリニッジ標準時一九四四年八月一四日午後二二時、即時停戦に合意せり。停戦はグリニッジ標準時一九四四年八月一五日午前零時とする。なお、戦闘はその如何に関わらず即時停止する事を厳命する』


 戦闘継続中のすべての者にとって突然すぎたが、それが幕だった。しかし、政治が動かした戦闘の結末を、政治が終わらせたのは必然でもあった。



唐突な幕切だと言われたこともありますが、プロット段階から最初から決まっていた戦闘のオチになります。

あとは、エピローグで幕となります。

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