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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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第六章「対決」(一)-1

一九四四年八月十四日黎明 沖の鳥島沖



 広大な飛行甲板の真ん中に引かれた真っ白なラインに水蒸気の帯が重なった。

 風向きに対して航空母艦が完全に相対した事の何よりの証だった。


 いまだ航空機が自力で飛び上がらねばならない時代、排水量三万トンの巨大空母といえど、自然に逆らうことは許されなかった。

 それどころか、今のように風向きに従って艦首を向けて力を利用しなければならなかった。


 速力はすでに三〇ノット。風速は六メートル。時速に直すと五四キロと二一・六キロ。合わせて時速七五キロものスピードが出ているのと同じ状況が作られていた。


 おかげで、全身を鋼鉄で鎧った新鋭空母から飛び立とうとしている大柄の烈風や流星でも十分に発艦が可能な条件が整えられていた。


 飛行甲板の半ばより後ろに所狭しと並べられた各機では、白いつなぎと同じく白い帽子の整備員たちが、風防を閉めたり、チョークを外すなど最後の準備中だ。

 すでに用が片づいた者は、脇の待機場所へと移り、すでに帽子を振る準備をしている者もいる。


 そして風を確認していた者が、手旗信号を振った。準備完了の合図だ。



「笹井大尉、硫黄島の仇お願いします」


 機付き整備員が、風防の閉め際に懇願するように伝言した。

 笹井は飛行機乗りらしい潔い笑顔と親指を立てる仕草で応えると、前方へと注意を注いだ。


(計器異常なし。油圧正常。燃料、弾薬満タン。木星は今日も上機嫌と)


 目で様々な計器の表示を追いながら、発艦開始の合図を待つ。


 木星とはハ四三の現場での愛称だ。アメリカとの対立激化に伴い正式化されたため、いまだハ四三で呼ばれるエンジンだが、三菱が次に開発したエンジンという事でハ四三は火星の向こうにあるという木星の名で呼ばれていた。


 ハ四三は正式には、「ハ四三」四二型発動機と呼ばれる。信頼性の高かった十四気筒の「金星」を十八気筒化したものだ。

 出力は離昇二一三〇馬力、高度八七〇〇メートルで一六〇〇馬力ある。離昇時と戦闘時は、メタノールを過給器の案内羽根に噴射して、オクタン価一〇三の燃焼性能をカバーしていた。

 これにより烈風は、最高速度を瞬間的に六五〇キロにまで高めることができる。


 中島の「誉」が小型すぎて実用エンジンとしていまだものにならないので、ハ四三は日本でようやく実用の域に達した大出力、高高度用発動機といえる。

 このため正式に「木星」の名が贈られるのも近いと噂されていた。


 なお、同発動機は三菱で開発されていたものだが、第二次世界大戦の戦勝で欧州の工作機械や優れた部品、さらに多数のエンジンが入手できたため順調に開発された。

 ライバルの誉ほど小型化にこだわらなかったのが最大の勝因とも言われたが、世界的に見ても小型の二〇〇〇馬力級エンジンだった。


 そして次期主力エンジンと見られていた誉を置き去って、次々に新型機のエンジンに使われた。

 一九四四年夏までに量産化された機体も、海軍の烈風、流星、彩雲、陸軍の疾風、飛龍、百式司偵三型などが採用している。

 さらに開発中では四発重爆の連山、高速陸攻の銀河、各種新型重戦闘機(夜戦)など、大馬力空冷エンジンを必要とするほとんどの機体に採用されている。

 このため事実上競争に敗れた形の中島飛行機は、ドイツのハインケル社と共同開発で、新型エンジンの開発を精力的に進めており巨大な工場も満州に建設中だった。


 そして今まさに「木星」エンジンは全開に向けてのアイドリングが続けられ、発艦始めの合図を待ちかまえていた。


 笹井は去年の秋、それまでの戦功もあって早々と大尉に昇進し、彼がそれまで率いてきた隊員のほとんどと共に機種転換の訓練を終えたばかりだった。


 そして機種転換のおかげで基地から空母へと配置変更になったが、海軍航空隊のパイロットにとって大きな負担でもなかった。

 それに笹井中隊(今は大隊だが)は、海軍でも指折りの精兵揃いとされており、配置転換、機種転換になってもなんら不安はなかった。


 彼らの半数は教官を務められるほどの腕前なのだ。


 そして熟練者の引率者となった笹井は、海兵出身では最高の搭乗員と見られていた。


 今も涼しげな顔に適度の緊張をブレンドした表情を浮かべている。

 猛者を率いて敵に一番槍を突きつける指揮官というよりは、搭乗員服を背広にでも着替えれば銀ブラでもしている方が似合いそうだ。


 しかし外見とは裏腹に、彼にスキはなかった。


 ついに振り下ろされた発艦始めの合図と共に、スロットルを全開にまで持っていき、さらにエタノール噴射をかける。

 そして暴力的な轟音と発するようになったエンジンをあやしつつ、彼の居場所である天空へと一気に駆け上がった。


 いつもなら母艦を離れてから数十メートルは飛行甲板より下に沈むのだが、今日はよほどスピードが出ていたのかバックミラーには居並ぶ機体が見えたままだった。

 甲板のそこかしこで振られている白い帽子も沢山見えた。

 艦橋脇にいるのは恐らく戦隊司令だろう。


 笹井は、母艦に一瞥してから機体を艦隊上空まで持っていくと、まずは母艦より少しばかり後ろの空域で待機に入った。


 母艦一隻だけで一度に三十機以上の機体を送り出すので、最低でも十五分は必要とする。

 そして全機が上がったところで編隊を組み始め、母艦の機種ごとに集団を形成すると機動部隊ごとの集合場所へと向かう。

 そしてさらに、規定に従って編隊の位置を組み上げてから、ようやく敵に向けて進撃開始だ。


 ここまでに通常なら三十分を必要とする。


 なにしろ空母機動部隊一群で母艦五隻。

 大型で約三十機。小型で九から十二機ほどの機体が集合する。合わせれば百機以上の大集団だ。

 今回第一機動群は、大型空母の機体に搭載された新鋭機のみで進撃だったが、大きな違いはない。

 一番最初に飛び立った笹井は、しばらくは艦隊を眺める遊覧飛行をしなければならなかった。


 とそこに無線が入った。


「こちら坂井。笹井大尉、少し元気を出しすぎですよ。自分や西沢まで同じ飛び上がり方しなきゃ場が収まらなかった」


 声の主は今笹井の僚機を務めている坂井三郎飛曹長だ。坂井はたしなめつつも、やや笑い声だった。


「そんな気はなかったんだけどな。ちょっと気張りすぎたかもしれない」

「まあ、ようやく殴り返せるわけですから、母艦の連中にはアレぐらいでよかったかもしれません、けど」

「ああ、空では気をつけるよ。インド洋でもシベリアでも浮かれて酷い目にあったからな」


 頼みますよ。露助の時みたいなのはご免ですからね。坂井はそう言うと無線を切った。

 しばらくヒマだからと言って、雑談ばかりしているわけにはいかない。全員が無駄口をたたきだせば、空はアッと言う間に雀の集団のような騒がしさになってしまう。


 笹井達がゆっくりと旋回していると、周りの情景も見えてきた。


 第一機動艦隊は四群から成っており、笹井らの母艦大鳳は第一機動群に属し、第一機動群は全艦隊の先頭を進んでいた。

 それぞれ十海里離れた先には、右後ろに第二機動群、左には第三機動群、後方には艦隊旗艦瑞穂を含んだ第四機動群が無数の航跡を引いている。


 また、第一機動群はようやく離陸と集合を開始したばかりだが、他の群の機体は進撃を開始しつつあった。


 巡航速度があまりに違うため、足の遅い雷撃機などの集団は三十分ほど先発して、現地近くで速度を合わせる予定になっていたからだ。

 あまりに優れた機体形状から、烈風は巡航速度が時速四百キロを越えており、第二次世界大戦頃の艦爆や艦攻では最高速度ですら追随できないほどだ。


 このため、烈風、流星という速度の速い機体ばかりで編成された第一航空戦隊は、進撃開始が一番最後だった。


 だが笹井らがゆっくりしていられたのも数分のことで、十二分ほどで大鳳隊の集合を終えると、村田総飛行隊長が乗る流星の先導で艦隊前面に設定された集合地点に向かう。

 すでに上空高いので、海上ではあれほど重厚感に溢れていた大鳳もネズミ色の板きれにしか見えない。


 しかし、今度は各母艦から離陸した二倍の数の機体と合流したので、違う意味での重厚さが空に満ちあふれていた。


 木星エンジン約百個で二十万馬力。戦艦大和より大きな馬力が集まっていると思えば、当然のようにも思えてくる。


 そして熟練者ばかりの第一航空戦隊は、ほんのわずかな時間で編隊を再編成して集合すると、一気に高速での巡航を開始した。


 巡航速度は流星に合わせて時速三七〇キロ。

 米艦隊上空まで一時間半しかかからない。敵が戦闘機が待ちかまえる空域までなら、さらに十分ほど早いだろう。


(ずいぶんと楽になったものだ)


 笹井はしばしただ飛ぶだけなので、またゆとりを取り戻して数年前とは隔世の感のある無線機の端末に視線を落とした。


 笹井らが今回大規模な編隊攻撃を、それほど苦もなくこなせているのは全て旗艦瑞穂からもたらされる情報と無線連絡のおかげだった。


 零戦に乗る前はまるで使い物にならなかった無線で、熟練者など平気で機体から外していたものだが、今やすべてに於いて無くてはならない重要装備となっていた。


 膨大な数の機体が時間差を置いて進撃したり、防空のための戦闘機が余裕をもって待機できるのも、四三年に入って俄然装備され始めた高性能電探と、イギリスとの戦いが終わって大幅に改善された無線機のおかげだった。

 そして電波を扱う装備を有機的に結合した事には、海兵出とはいえ搭乗員に過ぎない笹井にとっては感心することしきりだった。


 熟練者の中には、遠隔地からの指示などにいまだに理解しきれていない者もいたが、最も効率的に兵力が最善の場所へと移動できることの有利は確実だ。

 疎い者でも、無線機による相互連絡の円滑化は便利がっている。


 そして笹井が様々な事を頭の片隅で考えて約一時間後、前方に先発した編隊が見えてきた。

 瑞穂からの指揮統制は完璧だ。

 笹井らを含めた第一航空戦隊はそのままの巡航速度をしばらく維持し、すべての編隊の先頭に立った時点で速度を落とした。


 ここまでに約一時間十分。

 編隊の規模は四百機に膨れあがり、聯合艦隊始まって以来の大編隊がようやく完成だ。

 あまりの大編隊と、先発隊を抜いても抜いても次々に飛行機が現れるので、小さなとまどいすら感じたほどだった。


 しかも、彼らの三十分後ろにはさらに同規模の編隊が続いており、直掩戦闘機も二百機近くがアメリカ軍を待ちかまえていた。


 文字通り、日本の軍事力が結集された攻撃だった。




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