第五章「連戦」(三)-2
「どういう事ですか、金城先任参謀」
司令部参謀の一人が声を荒げた。
赤色戦争での小さなしくじりで中佐に留め置かれている男だった。
彼は、金城の二期後輩だが恩賜の短剣組で、金城に先を越されたと思いこんでいる。
それとも彼が一号生の時当時三号生だった金城の傍若無人さをその身で思い知った一人なのかも知れない。
どちらにせよ、恨みに近い感情を持たれているのは確かだった。先ほどから彼による追求が続いている理由を、金城自身はそう解析していた。
しかし、表向きの態度にはまったく変化なかった。
当人はポーカーフェイスのつもりだが、大柄な男が感情一つ表さないと他者は意外に不気味に感じるものだ。
しかも、どちらかと言えば威圧感のある顔立ちとあっては尚更だ。
そして司令部一の大男が、それまで古賀に向けていた身体を怒れる中佐に向けた。
「簡単な事だ中佐。自分も先入観に捕らわれていたのだ。おそらく君同様に」
「な、なんですと」煽った分だけ、中佐の顔に朱が刺した。金城はかまわず続けた。
「いいかね、私も含めた我々は、敵が四つに編成した艦隊が、すべて同じ速度で進撃するものと考えていた。だが実際は違う。アメリカ太平洋艦隊の空母機動部隊は二一ノットから二四ノットで丸一日駆け足して、一八ノットで前を進んでいた戦艦部隊を追い越して、黎明に南九州と沖縄を爆撃できる地点にまで進んだ。
現状は、ただそれだけの事なのだ。相手が妙手を使ったわけでも、奇策を用いたわけでもない。我々が見落としていただけなのだ」
「しかし金城君、彼らの陣形が東西で逆転するが、そこはどう見る」
中佐が激発する前に福留が間に入ったが、福留自身はすでに回答を得ている目をしている。
「はい参謀長。アメリカ艦隊の今までの行動は、彼らが上海を目指すという点に集約されていたと判断できます。しかし、この二日間の間に方針変更があったと判断すべきかもしれません。また、今回の行動には、二つの予測が立てられます」
「予測とは」今度は、それまで目を閉じていた古賀が応じた。
「はい。一つは、付近の我が方基地を粉砕して後顧の憂いを絶ち、陣形を逆転させて決戦に挑む前段階の行動。もう一つは、単に空母部隊が艦隊の先駆けとして、我が方の基地を叩いただけ。単に戦術論から見るなら、陣形を変えて聯合艦隊主力に挑む可能性よりも、単に露払いのため先発させたと見るべきでしょう」
「それなら、硫黄島の時から同じ手を使うべきでは。戦艦部隊が危険にさらされる可能性も減るだろう」
福留の言葉に一瞬沈思してから金城は言葉を歯の上に載せた。
「これも可能性は二つです。一つは、我が方の混乱を誘うための事前の行動だった。現に我々は混乱しています。もう一つは、硫黄島から奄美大島沖に至るまでに大幅な作戦変更があった」
「米国の政府や軍上層部が、予想外の成功に欲をかいたかもしれんという事か」
思考の早い福留が代表して回答を導き出した。
はい。金城は短く同意を伝えたが、内心は別の所にあった。
今回の作戦には、彼のペンフレンドとなったアンダーソン作戦参謀が、作戦立案に深く関わっているだろうと予測できた。
ニミッツ提督やスプルアンス提督は、評価を見る限り優秀極まりない人物だが、如何せん年齢を食い過ぎている。
今回の作戦は、若く冷静な頭脳からでなければ出てくるものではない。
そしてアンダーソンの冷静な瞳と誠実な人柄、そして怜悧であろう頭脳なら今回の作戦を紡ぎ出せるという確信がなぜか金城にはあった。
同時に、作戦がどこかで大きな変更を強いられ、今この時も苦悩しているであろう友人の姿も容易に予測できた。
腰の定まらない、もしくは追いつめられた政治家とは、目先の成功に安易に迎合する事が多く、けっきょく状況は悪い方向に流れる事が多い。
今回がその典型となりつつあったと予測できたからだ。
そしてある意味悪い方向に流れていたのは、日本側も同じだった。
聯合艦隊が大幅に作戦変更した翌日、先だって送った情報と予測を見た海軍上層部と政府が、彼らなりの対応策を聯合艦隊に押し付けてきたからだ。
『万難を排して米太平洋艦隊を撃滅せよ、と。』
本来今回の戦闘は、事変や紛争で終わらせる事を目的としていた。政府が最初に望んだからだ。
しかし政府は、アメリカの奇襲的な攻撃を彼らなりに解釈した。
アメリカは、自ら勝利することで日本の軍事力を奪って軍事均衡を自らに有利にし、同時に支那情勢に楔を打ち込み直す事で外交的主導権すら握ろうとしているのではと。
確かに、現在の状況と日米海軍双方の決戦主義と軍事バランスを考えれば、最も妥当な回答だった。
だからこそ、上層部は当初追い返すだけだった筈の作戦を、日本海海戦同様に撃滅せよと変えてきた。
もっとも、時間も限られ、できる限り兵力をかき集める方策を施した以上、聯合艦隊主力は米艦隊撃滅に向けて進む以外方法がなかった。
その分、色々と考えねばならないアメリカ太平洋艦隊司令部よりは楽だと、金城は思った。
同時刻、日本の夏空に若干の懐かしさを感じていたアンダーソン大佐は、しばしの休息時間を艦橋脇のデッキで過ごしていた。
男性的意味では、最高の景色とも言える情景が周囲に広がっている。
新鋭戦艦群、併走する重巡洋艦、そして周囲を輪のように取り囲む駆逐艦群。
それらが毎時一八ノットで驀進する姿は、ある種の感慨をすべての人々に抱かせただろう。
しかし、海面から二〇メートル近い特等席から眺めるアンダーソンにとって、アメリカのパワーを体現したような光景は、虚しさを呼び起こしてしまう。
先日までならまったく逆の感情を持っただろうが、今はタバコに火をつけて感情を誤魔化す気にもなれなかった。
だからだろうか、一人の人物が近づいてくるのにも反応が遅れた。
「決戦の前の気持ちの整理かね、アンダーソン君」
「はい。そんなところです参謀長」
司令部にいるときは、必要な時以外寡黙で通しているスプルアンス参謀長だった。
だからというわけではないが、しばらくは二人だまったまま海を眺める事になった。
一八ノットで吹き付ける風の音ばかりが周囲を埋め尽くしていた。
「まあ、勝つか負けるか決まるまで、しばし我々は傍観者のようなものだ。これが近代化された軍隊というものだよ」
スプルアンスが独り言のように口にした。顔もアンダーソンと横並びのまま前を向いている。
「確かに、指揮官先頭の時代は終わったのかもしれませんね。本艦のような施設なら、より空間を確保できる後方で通信機能を強化して据えた方が便利だったかもしれません」
「そうだな。戦闘が始まってしまえば、戦うのは艦長以下将兵の仕事だ。だが、最終的な判断を現場を見て判断が下せる効果は大きいぞ」
「逆に、目の前の損害にショックを受けて誤断を下す可能性も考えられます。司令部は、何があろうとも微動だにしてはいけない軍隊というシステムの要です」
「ハハハ、アンダーソン君は手厳しいな。まあ、確かに君の言う事は事実だ。しかし、ニミッツ長官の気持ちもお察しして差し上げろ。グループ・フリートも司令部ごと前線に出てきている。今回のような機会は、二度とないだろうからな」
スプルアンスは表面的な事を並べ立てていたが、本当に言いたいことはアンダーソンも理解していた。
硫黄島を通過して半日後、ワシントンは艦隊の上海到達を前提としつつも、好機を捉えて日本海軍を撃滅せよと命令を変更してきたのだ。
ワシントンが作戦変更を求めてきた理由はふたつ。
一つは、予想以上の成功でより多くの果実を得られると考えた事。
もう一つは、日本政府が硫黄島の攻撃を、アメリカの一方的かつ卑劣な先制奇襲攻撃と言い立てて、硫黄島の状況を写した写真を全世界に配信してしまったのだ。
今この時も、世界中で受信できる短波ラジオ放送は、日本の同盟国であるドイツによるヒトラー総統の演説を生で放送している。
つまり、焦りと欲がワシントンを、ルーズベルト大統領を動かしてしまったのだ。
日本を軍事的に黙らせる千載一遇のチャンスであり、また黙らせれば非難の声は力づくで抑える事ができる、と。
事前に予測できなかった事でもないが、作戦成功が八〇%以上確実と思われていただけに、司令部は混乱した。
おかげで、空襲のスケジュールを繰り上げた上に、せっかく今日一日稼いだ距離を棄てて、日本艦隊を待ちかまえなくてはいけなかった。
幸いにして、空母部隊による付近の航空撃滅戦は、黎明に続く二度目の空襲で目的を完全に達成していたが、だからといって楽観できるものではなかった。
何しろ相手は、ここ数年で最も偉大な勝利を掴んでいるディフェンディングチャンピオンの聯合艦隊主力のすべてなのだ。
アンダーソンは、自分に理解し容認できるすべてを動員して、気分の転換をはかった。そしてスプルアンスに身体を向けると笑顔と共に言い放った。
「参謀長は、いささか小官の事を誤解されています。私もニミッツ提督同様、あのグループ・フリートとの決戦を心待ちにしているのです。ただ、閣下と作り上げた作戦が思い通りいかない事に、少しばかり子供じみた感情があっただけなのですよ」と。
スプルアンスは、ただ黙って頷くだけだった。




