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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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第五章「連戦」(二)-2

 第一機動艦隊旗艦「瑞穂」で転進のための会議が開かれている頃、聯合艦隊旗艦「武蔵」では、早くも兵力再編の案が固まり、司令長官の裁可に入っていた。


 もちろん日本海軍だから裁可は儀式的なものであり、チャートの上に置かれている幾つかの書面はすでに決定事項と言ってもよかった。


 素案は、福留参謀長と金城が中心になって組み上げたもので、向こう四八時間、アメリカ太平洋艦隊主力が奄美大島のある南西諸島海域に到着するまでにできる最善であった。


 そして金城は、今回も偵察情報を特に重視した。


 それは、米偵察機の襲撃を無理矢理振り切って帰投した陸軍の「百式司偵三型改」高速偵察機が捉えた写真が、旧式戦艦と思われる影を捉えていたのが原因だった。


「敵は巡航速度で十八ノット以上は出せない。それが今回の作戦変更に置ける大前提です」


 金城が代表して全員に伝えた。

 福留が既存の作戦が崩れた以上、漸減邀撃に固執した自分が説明するより、全員に受け入れられやすいだろうと判断を下したからだ。

 福留は超エリート特有の面倒さを持った人物と見られがちだが、円熟する時期にさしかかった年齢が作り上げた思考の柔軟さと寛容さが今回はプラスに働いていた。

 それとも、漸減邀撃をいとも容易くアメリカ太平洋艦隊に崩されたに対する心理的ショックのなせる技だったのかもしれない。

 頼る者が、自分が買っていた金城だけと映ったというわけだ。


 そして金城としては、福留の内心はどうあれ自分を持ち上げてくれた事に対して応えなくてはならなかった。

 変人と言われようとも、彼も組織の人間だ。


 金城は、全員に最初の言葉が染み渡るのを待って本題に入った。


「陸軍から急ぎ転送されてきた写真によると、写真の中には明らかに籠マストの艦艇が見られます。言うまでもありませんが、従来型の米主力戦艦です。分析班はコロラド級かテネシー級戦艦だと見ています。

 そしてこれらの戦艦は最高速力で二十一ノットしかありません。巡航速度はどれほど努力しても十八ノットが限界でしょう。航続距離も十八ノットではたいして出ません。そして航跡の様子から、十六ノットと判断できます。つまり、我々にはまだ十分時間は残されているのです。


 そこで、内地に待機していた海軍航空隊の基地所属機は、全てを沖縄を基点に台湾南部から九州南端にかけて再布陣します。他からも転用できるならそれも同様です。

 陸軍にも、戦闘機と偵察の面だけでも強く要請させてください。おそらく点数稼ぎがしたいので、陸軍も積極的でしょう。過ぎたるは承知ですが、この際恩だの貸しだの考えないよう、上層部には強く言ってください。


 また、既にサイパンまで半日と迫っていた聯合艦隊主力は、反転して奄美大島目指して燃費を考えず最大速力で転進します。

 すでにこちらは実行されていますので、相手が十八ノット以下で日本列島の脇をすり抜けているのなら、二日後の黎明には空襲をしかけられる筈です。

 そして、基地航空隊と聯合艦隊で、米太平洋艦隊を挟み撃ちにするのです」


「漸減邀撃の変形パターンに強引に持ち込もうという寸法だな」


 古賀長官が半ば感心するように呟いた。

 その言葉に金城も福留も顔を弛めた。空気が緩んだことを見て取った福留が話を引き継いだ。


「まさに、そうです。基地航空隊が集められないのは残念ですが、うまくいけば十分飛行機の数で圧倒できます」

「うむ。ところで、サイパン、テニアンの部隊は転用させないのか」

「はい、それも考慮に入れました。しかし、硫黄島は時限爆弾などもあっていまだ使用不可能です。戦闘機の転出ができません。陸攻だけなら直接内地にまで引き替えさせる事も可能ですが……」

「グァム沖に潜伏中の別働隊か」

「はい。明らかに陽動部隊と思われますが、グァムの基地航空隊と組むと想定すると、戦力は我が方が若干優位といったところです。何しろ航空機は二倍以上と見られますが、我が方には艦隊がありません。これは、金城君の意見なのですが、金城君から言いたまえ」


 ハッ。金城は勢いよく応えるなり、チャート上の米戦艦群の駒を手に取った。

 日本海軍らしい芸の細かさで駒の裏には磁石が仕込まれておりそれが冷たい感触を指に与えていた。


「アメリカ太平洋艦隊が今回大量の戦艦を引き連れてきたのを自分なりに考えてみたのですが、艦砲射撃を目的にしているのではと」

「艦砲射撃だと? 防御の固められたサイパン島にかね」


「防御を固めたと言っても、今はセバストポリもガリポリの時代も過ぎています。今現在戦艦の主砲は陸上で運用されるほとんどの大砲より巨大で強力で、長射程です。巨砲を備えた戦艦が集団で砲撃してきたら、野戦陣地ごときひとたまりもないでしょう。

 仮に長門の砲弾を基地側が耐えようとすれば、土なら十五メートル以上掘り下げた退避壕が必要です。ベトンで固めた陣地でも一メートル程度では気休めにしかならないでしょう。

 実際、赤色戦争で英国が旧レニングラード艦砲射撃で陣地の殆どを破壊して湾内深く入り込み、ソ連赤軍の陣地にすら攻撃を加えて粉砕しています。


 我が海軍も北樺太やウラジオ、セイロンでも若干行っています。どれも大規模なものではありませんでしたが、心理的効果は絶大だったと聞き及びます。

 仮に、仮にですが宇垣第一戦隊司令。第一戦隊がハワイに突如現れて、ハワイ軍港とヒッカム飛行場それにオワフ島の要塞群を破壊するのにどの程度必要としますか。状況は昭和十八年夏の段階のものでかまいません」


 「大和」に戦隊司令部を置いているため会議に呼ばれていた宇垣纏第一戦隊司令に話が振られた。

 宇垣は相変わらずの仏頂面をかすかに眉をしかめて、数十秒してから答えをはじき出した。さすがは砲術一本槍の男だった。


「すべての沿岸要塞の破壊には二十から三十斉射。軍港も同じく二十から三十斉射。飛行場は、新型砲弾を使えば十斉射もあれば十分壊滅できる。もちろんこれは、大和級戦艦の四六センチ砲の運動エネルギーに太刀打ちできる施設が存在しないとの判定からだ」

「つまり、第一戦隊五隻の戦艦を用いて破壊できない地上施設は存在しないと考えてよろしいでしょうか」


 金城の問いに宇垣は重々しく頷いた。

 宇垣としては、艦砲射撃という余芸に答えさせられ不満いっぱいだったが、周囲の空気は別の意味で変わっていた。金城の言わんとしている事が理解できたからだ。


 古賀が代表して質問した。


「つまり先任参謀は、米艦隊が局地的な制空権なりを確保し、その下で我が方の基地を艦砲射撃で破壊すると言いたいわけだな」

「あくまで可能性の話しです。しかし、それなら上海を目指し何より速力が必要とされる艦隊に多数の旧式戦艦が随伴している事も納得いきます。グァムに戦闘機ばかりな点も説明がつきます」

「確かに。米艦隊は打って出る以上、我が方に比べて艦載機、基地航空隊共に劣る。となれば、我が方に勝る戦力で補完しようとするのは当然か」

「しかも、アメリカ海軍にとって戦艦はいまだ主力艦の筈です」


 金城の言葉に宇垣が強い視線を向けてきた。金城は当然無視して話を続ける。


「その主力艦を有効活用しようとするのはむしろ自然なのではと判断します。むろん彼らの戦艦部隊は、我が方の戦艦群と正々堂々正面対決を行い勝利するためというのが、彼らの本来の目的になるでしょう。しかし、そうした環境を敵の勢力圏内で整えるためにも、艦砲射撃で基地を粉砕する必要が出てきます」


「ちょっと待て先任参謀。君の意見は、米軍が我が方の艦隊決戦を求めているという方向になっているぞ。米軍の目的はあくまで上海に艦隊を入れることによる政治的勝利にあるのではないのかね」


 金城がそこまで話した時点で、古賀は議論がずれている事に気付いた。


「はい。今も考えに変化はありません。アメリカの政治目的は、アメリカの大きな軍事力の中国大陸到達による、日本に対する軍事圧力と政治的勝利です。しかし、政治家はともかくアメリカ太平洋艦隊は、長年西進による我が方との艦隊決戦を指向しています。編成上にドクトリンが現れてくるのはむしろ自然だと考えます。

 しかし、政治的勝利という点を考えると、より大きな勝利は聯合艦隊の撃破の方が遙かに大きな衝撃となるでしょう。最悪の場合全面戦争になり、同盟国が本格介入する前に日本は軍事的に敗北します」


 金城の最後の言葉によって座がざわめいた。

 司令長官の眼前なので声を荒げる者こそいないが、非難がましい視線が多数集中した。


 当然だった。

 今の日本で日本の敗北を言うなど、議論の余地すらない事と心情的には見られていた。

 何しろ日本は幾多の戦いに勝利したばかりなのだ。

 相手が国力に勝るアメリカであったとしても、負けることを語るなど許されなかった。

 ましては金城の職は敗北を決して口にしてはならないとされる職業軍人なのだ。


 だが金城は気にしていなかった。

 というより気にならなかった。

 当然のこと、当たり前の事、合理的、物理的に考えれば到達する答えを言っただけという気持ちが勝っていたからだ。

 そしてこの彼が時折見せる歯に衣着せぬ物言いが彼を傍流に追いやりがちで、変人呼ばわりさせる原因だった。


「金城先任参謀、言葉が過ぎるぞ」


 福留がすかさず釘を差した。

 福留の機転で古賀が金城を叱責せずに済むし、まわりも福留の一言で納得ができる。

 金城もさすがにその辺りは理解しているので、古賀と福留、そして周りにも一礼してから話を再開した。


「言葉が過ぎたこと謝罪申し上げます。また、議論が先に行きすぎた事も。

 話を戻しますが、アメリカ艦隊は艦砲射撃を作戦内に含めているというのが、自分の推論です。ですから、敵に組み付いた部隊は徹底的に相手を叩くように強く要請した方がいいでしょう。空母だけ叩いただけでも戦艦部隊が攻撃を続行する可能性は十分にあります。

 また、武士の情けなどと相手に余力を残したり、自軍の損害を気にしていてはいけません。情けをかけてもアメリカは何とも思いません。むしろ余力を残したうえに怒りを大きくするだけです。また、今回に限り一回限りの戦闘に勝利すれば良いのです。長年培った漸減邀撃の考えに従い、我が方の持てるすべてを叩きつければ、十分に勝利できると判断いたします」


「先任参謀は、皆が口にしたくてもできない事をズケズケと言うな。いっそ羨ましいよ」


 恐縮です。古賀の嘆息混じりの言葉に一礼した金城だったが、古賀の言葉で司令部の意向が固まった事が理解できた。

 一礼したのはむしろ、無礼な言葉を謝罪したというより、作戦案の裁可に対してだった。


 周囲も金城と同様に感じたらしく、古賀の最後の言葉を皆が待ちかまえる雰囲気になった。

 そして周囲の雰囲気を吸い込むように一息ついた古賀は決断の表情を浮かべて断言した。


「作戦は裁可する。各員新たな方針に従い行動を開始せよ。なお、本艦隊の進路はこのままとする。以上だ」



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