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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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第五章「連戦」(二)-1

一九四四年八月十二日 マリアナ諸島近海



(まいったな)


 金城次郎大佐先任参謀は、大混乱のまっただ中にある聯合艦隊司令部の様子を、武蔵艦橋の少し後ろから眺めるように過ごしていた。


 見た目には、しかめっ面で腕組みをしているので、何か考え事をしている風に見せているのだが、周囲は先任参謀であるはずの金城を眺めるゆとりなど誰もないようだった。


(古賀長官や福留さんまでが狼狽の色を見せているのは、ある意味見物かもな)


 やや不謹慎な事を頭の一部で思った金城だが、腕組みを外して姿勢を正すと武蔵第一艦橋全体に響き渡る大声を発した。


 大柄な体格に相応しく普段は低くボソボソと話す印象があるだけに、肺活量のすべてを動員したような大声に周囲の視線が集中した。


「古賀長官。意見具申を希望します」


 大声に一瞬ハッとなった古賀が、瞳に冷静さを戻しつつ頷いた。「許可する、作戦参謀」

「はい。アメリカ艦隊の奇襲攻撃により、想定されていた多くが無効となりました。これからは、混乱収拾がどれだけ早いかが、勝負の分かれ目となります」


 それは分かっている。そう言いたげな福留の視線が痛かった。


(これだから頭の回転の早すぎるエリートさんは困るんだよな)


 金城は、不謹慎な事を思いつつも、大きな声を維持するため厳めしくなった顔のまま続けた。


「我々の成すべき事は二つです。偵察の徹底と兵力の再配置。この二つです。今回に限り、アメリカ艦隊の行動を押さえ付ければ我々の勝利なのです」

「我々聯合艦隊主力はどうする」

「もちろん、全速力で追撃に移ります」

「燃料が持たんぞ」


 参謀の言葉に金城が吠えた。


「これからは、どこに行こうが日本近海です。航続距離の少ない駆逐艦などの立ち往生に備え、内地から救援の艦艇や補給艦を出せば良いだけです」


 周囲の空気が一気に数温低下した。

 身内びいきで仲間意識の強いとされる海軍で、これだけの発言を言い切るには相当に覚悟がいる。

 後に噂となって周りから干されるのがオチだからだ。


 だが、今この時点で金城に表立って異論を唱えられるものはいなかった。

 彼が先任参謀就任から提唱し、三ヶ月前に実働を開始した濃密な偵察網がなければ、アメリカに完全に出し抜かれていたからだ。


 そして現状は、何とか艦隊主力の追撃は可能であり、マリアナ諸島が目的でない以上、アメリカ艦隊の行き先も分かっていた。


 金城の言葉にいつもの平静さを取り戻した福留が、場をつないだ。

 これも、司令長官の女房役とされる参謀長の役割の一つだ。


「先任参謀、兵力の再集結地点および艦隊の目指す先は予測できるかね。今は概略で構わない」


「はい。アメリカ主力艦隊の現進路から予測して、目的地は国際都市の上海です。あそこなら、誰かが盛大にアメリカ艦隊来援を宣伝してくれるでしょう。それに蒋介石の本拠地です。

 そして硫黄島から上海にかけての通過点として、九州南部から沖縄本島にかけての海域を選ぶでしょう。特に九州南部から奄美大島のあたりが最有力と考えられます。そこが一番早く、突破も容易いと見ている筈です。

 また、彼らの行動を見る限り、我が方の兵力配置をかなり深く研究しています。恐らくは、内地に有力な洋上攻撃可能な戦力が少ないことを見抜いているのでしょう。でなければ、硫黄島を初手で無力化して、そのまま高速で西進するなどあり得ません。我が海軍との決戦を目指すなら、南進してマリアナ諸島を目指す筈です」


 小さく一礼した金城は、声のトーンを落とした。


 しかし、周囲の参謀たちからは反論が噴出する。


「確かに海軍航空隊の主力はサイパン、テニアンにあるが、陸軍航空隊の過半数は内地だぞ」

「ですが、陸軍機に魚雷は積めません。重爆の水平爆撃の効果は、世界中どの軍隊も似たような精度です」


「台湾には、君の作戦案に従い、我が航空隊の有力な部隊が配備されているぞ」


「だからこそ、アメリカ艦隊は日本本土寄りを移動してくるのです。偵察機は空母艦載機で追い払い、潜水艦は駆逐艦で制圧してしまえば、野火のごとく進撃できるでしょう」


「では、我が艦隊主力が事前に内地に居ることを、用意周到な敵なら理解しているのではないのか」

「だからこそ初手でマリアナをうかがい、聯合艦隊主力を南洋につり上げたのです。我々は乗せられたのです。彼らの策に。そして、我々が自信を持って組み上げた自らの戦術に」


 最後の言葉は、聯合艦隊の戦術すべてを否定するような発言であり、その体現者とも言える福留を非難する言葉とも取れた。

 おかげで場は一瞬凍り付き、次の瞬間声を荒げようとした者もいた。


 しかし、福留の発言が先だった。


「先任参謀の言は正しい。今の我々に必要なのは議論でも前提された作戦案に従って動く事でもない。古賀長官、ただちに先任参謀の言に従い偵察の徹底、兵力の再配置、聯合艦隊主力の急速な追撃を提案致します」


 古賀は福留と金城、そして周囲すべての幕僚の一瞥すると、静かに口を開いた。


「参謀長の言を是とする。まずは聯合艦隊主力の反転開始。小沢提督の旗艦「瑞穂」に急ぎ連絡を取れ。また、参謀はただちに偵察と兵力の再配置についてまとめろ。作戦をまとめしだい各地に通達。これより聯合艦隊は、総力を挙げて米太平洋艦隊撃滅に向かう。以上だ」


「武蔵の聯合艦隊司令部からは以上だ。何か質問は」


 第一機動艦隊司令小沢治三郎中将が、周囲を見渡すように説明を締めくくった。

 そして最後に目が止まった大林末雄少将が幕僚を代表して発言した。


「追撃は当然ですが、燃料問題が気がかりです。詳しくは航海参謀の担当になりますが、おそらく陽炎級以前の駆逐艦は途中で戦闘速力を発揮できなくなる可能性が高いはずです」

「それに関しても別に通信が来ている。通信参謀」

「はい。聯合艦隊司令部からは、呉や佐世保で油槽船を準備しているので憂いなく進撃せよとの事です」

「事前にそのような準備はなかった筈ですが」


 通信に参謀長が再び疑問を呈した。

 小沢は、ただでさえ険しい顔をさらに険しくした。


「すでに事前の想定が崩れているという事だ、参謀長。故に私は、今の通信文がなくても艦隊をどこまでも進撃させるつもりだった。また、万が一燃料に不安を覚える艦艇が出た場合は、その時点で艦隊より分離低速の経済航行で単独帰投させる事とする」


「それでは艦隊の密度が低下しますし、独航艦艇も敵潜水艦の危険にさらされます」


「むろん承知の上だ。しかし、米艦隊を何としても捕捉しなくてはならない。燃料のことを言っている時点で、司令部も危険は覚悟している事は間違いない。我々に、もはや躊躇は許されないのだ」


 小沢の自身に言い聞かせるような言葉に、その場に居合わせた幕僚全員が姿勢を正した。


 そうして彼らが会議している場は、軍艦という事を思うと大和級戦艦よりも広いぐらいだった。


 司令部要員は十名ほどだが、座席は多く空いており何より小沢から見て左の側壁にはいくつもの四角いガラス張りの窓があり、外の景色が見えた。


 外と言っても海原でも青空でもなく、主に軍艦色で染まった中規模の体育館ほどの空間だった。


 空間内は、一方の壁面を基点にして備え付けの計器付き机と椅子が規則正しく並べられていた。

 一見何かの工場にすら見えるが、机に向かう人々の全てがヘッドフォンを付けてマイクロフォンを首からぶら下げているため、何かの指揮通信施設であることが分かった。

 机の上に据え付けられた機械の多くも、多数のダイヤルを備えた無線機だった。

 また、一角には巨大な表示板が大きな机ごと据え付けられ、多数の人間が囲んで様々な情報を直に書き込んだり、小さな駒のようなものを動かしていた。


 よく見れば、基準となっている壁面にも西太平洋の巨大な地図が透過盤の上に描かれて掲げられている。


 そうして改めて広い室内を見渡すと、そこは最新鋭の設備と装備が備えられた大規模な通信指揮室である事が分かった。


 しかもそこは軍艦色で彩色され、鋼鉄の構造物や無数のパイプや配線がむき出しになっているように、艦艇の中だった。


 動く司令部を載せた軍艦の名は「瑞穂」。帝国海軍でも完成したばかりの最新鋭艦であり、従来型の戦闘力を考慮していない異端児だった。

 軍艦「瑞穂」。一般的には、水上機母艦としてよりも通信指揮艦としての方が有名だし経歴も長い。


 もともと「瑞穂」は、一九三三年に策定された第二次艦艇補充計画において、同じ水上機母艦の「千歳」「千代田」の準姉妹艦として建造された。

 「千歳」との違いは、外見上は機銃甲板の形状と対空装備の違いぐらいになる。しかし、試験的に大型ディーゼルを搭載した事こそが外見内面に最も大きな違いを作り上げている。


 本艦は、一見煙突と呼べる装備が存在せず、機銃甲板の太い支柱に給排気口が多数も受けられるという特異な形状をしている。

 このため就役時は諸外国の関係者からも注目を集めたが、日本の技術力では大型ディーゼルの運用はまだ力不足だった。

 ディーゼルは不調や故障が相次ぎ、速力は低いままで安定せず、所定の二二ノットを発揮できたのも就役から一年以上経過した、第二次世界大戦参戦直前の事だった。


 第二次世界大戦では、他の水上機母艦とともに南シナ海、インド洋、ペルシャ湾にまで転戦した。

 もっとも、実際一番有り難がられたのは、甲標的運用のため設置されたデリックと、水上機母艦としての運用空間と装備を利用した強襲揚陸艦としてだった。


 特にセイロン島攻略とペルシャ湾侵攻では強襲揚陸艦として活躍しており、陸軍から感状も受けている。

 また、その一年後に発生した赤色戦争でも、「日進」などと共に、初戦から強襲揚陸艦として運用され、四艦合計で一個増強連隊を一気に揚陸して、北樺太上陸作戦に大いに貢献した。


 おかげで、同クラスはこのまま本格的に強襲揚陸艦に改装しようかという動きもあり、本来の目的であった空母予備艦と言うことが思い出されるには、アメリカとの再度の対立激化を待たねばならなかった。

 だが、アメリカと対立が再開しても「瑞穂」は不遇だった。馬力の小さなディーゼルが原因だった。


 空母にするには速力が遅すぎ、タービン機関に換装していては改装工事一年を要してしまい、意味がないからだ。

 救いの手が現れるのは、姉妹艦が空母への改装を開始した後だった。


 その頃ドイツでも、地続きの敵をすべて平らげたため、海軍の大幅増強に傾いていた。

 しかし計画は、ヒトラーの気まぐれにより二転三転し、気が付いたら戦艦ばかり目立つ当初の艦隊計画ではなく、日本と同じく空母を重視した整備計画に変貌していた。


 しかし朝令暮改で計画が変更されたため、あぶれてしまった装備がある。

 その中に、新型巡洋戦艦に搭載予定だった、小型軽量大馬力のディーゼル機関が多数あった。

 ドイツの誇るマン社製のディーゼル機関は、V型二四気筒の一四五〇〇馬力もあり、「瑞穂」の船体に六基も搭載可能だったのだ。


 そしてディーゼル機関と搭載したように、もともと実験艦としての要素が強かった「瑞穂」に再び外国機関搭載艦として白羽の矢が立ち、同ディーゼル機関六基を緊急輸入しての大改装工事が大車輪で始まった。


 もっとも、他の姉妹達のように空母への改装が実現したのではなかった。


 この頃日本海軍は、規模拡大により指揮統制の困難さを増していた空母機動部隊が運用する艦載機の指揮統制を行うためのシステムづくりに苦慮していた。


 結論としては、イギリスが本土防空戦で活用した防空システムの導入と応用と言うことに落ち着いたのだが、同システムを洋上で運用するには、どうしても大規模なシステムを搭載した専門艦艇が最低一隻必要だった。


 もちろん既存の艦艇に大規模な指揮通信装置を乗せるなど不可能なので、建造中や改装中もしくは改装予定の艦艇から物色が始まる。


 最終的な候補として、偵察巡洋艦として建造が進んでいた「大淀級」軽巡洋艦と「瑞穂」が挙げられたが、新型のディーゼル機関が「瑞穂」に軍配を上げさせた。


 「瑞穂」にはマン社のディーゼル機関六基が搭載され、八万七〇〇〇馬力で三一ノットの発揮が予定されていた。

 航続力も十六ノットで一万九千海里もあり、日本海軍最高となっている。

 空母として改装されたなら、十分な高速空母であり海軍としても大いに期待していたものだ。


 しかも、ディーゼル機関のうち二基を発電用に転用しても、機関出力は五万八〇〇〇馬力。

 速力も二九ノットが可能だった。

 そして残り二基のうち一基のディーゼルを下ろして大型発電器を設置し、搭載される予定の各種電子装備や無線装置に豊富な電力が供給される事になった。


 いっぽう船体上の構造物だが、艦橋はそのままとされたが、艦中央部が大きく変更された。

 機銃甲板として艦中央部に二箇所あった区画全てが壁で仕切られて建物構造になり、指揮および司令部区画にされた。

 中は中規模の体育館ほどにもなり、イギリスやドイツから導入した技術と装備、自国で製造された電子機器が所狭しと運び込まれた。


 また、艦橋と新たに指揮区画とされた艦中央部の間にも艦橋からつながる形で一層の構造物が作られ、増員した要員のための居住区とされている。


 そして、もとからあった二本のマストは大型のものに取り替えられた。

 片方は登頂部に巨大な新型電探を装備した。

 もう片方はアーチ型で、大出力通信アンテナとされている。

 他にも支柱のそこかしこに空間が設けられ、小型の電探や電波妨害装置などが設置されている。

 クレーンがあった艦尾もクレーンが撤去され、大型の通信アンテナが据えられた。


 なお、武装の方は従来の八九式一二・七センチ連装高角砲が三基のままだったが、機銃はヴォフォース社の四〇ミリ機銃を連装で十基装備され、水上機は連絡用にと後部区画がそのまま残され、カタパルト二基、水上機六機が搭載されている。

 さらに水上機区画は、大型の飛行艇の補給もできるよう改装された。


 また、船内の母艦用区画の多くは、燃料、真水などの搭載量を増やして臨時の駆逐艦母艦としての機能を与えらている。


 こうして「瑞穂」は見た目も中身もかなり様変わりし、やたらと突起物の多い軍艦とは形容しがたい前衛芸術のようになってしまった。


 もっとも、艦種分類は一九四六年まで水上機母艦のままとされた。

 理由は、本艦の存在を敵から隠すためであり、また見た目もまだ何かの母艦としての形状を維持しているので好都合と判断されたからだ。


 再就役は一九四四年四月の事で、一ヶ月の完熟訓練の後第一機動部隊に編入。

 将旗が掲げられないまま、艦隊旗艦としての任務に入った。


 そして就役後の最初の演習で大編隊運用を目的として運用されたのだが効果は絶大だった。


 それまで何とか人力と創意工夫で行ってきた事が、すべて機械的に処理された時の効率は以前とは比較にならないほどだった。


 もちろん、無線と電探を用いた通信指揮のため、主要な艦艇と航空機のすべての無線を新型に更新し、電探も最新鋭のものを装備しなければならなかったが、費用をかけた以上の効果が上がっていた。


 最初に司令部を置いた小沢中将は一度の演習で「瑞穂」を気に入り、以後将旗なき旗艦として運用されている。


 しかも、「瑞穂」を中心とした「空母機動部隊決戦思想」は、わずか数ヶ月の間に潤沢となった予算を用いて格段の進歩を遂げ、二度目の演習があった六月末の段階で運用効率は十倍以上にあがり、二十隻の母艦と百隻の艦艇、一千機の航空機を運用できるまでになっていた。


 もちろんまだ熟練の域にまで達していないシステムだったが、目視では統制できない兵力を有機的運用が可能になった効果は絶大だと判断されていた。


 そして「瑞穂」の運用開始と共に「空母機動部隊決戦思想」は所定の目的に取りあえず達したのであり、最初の実戦こそが四四年八月のアメリカ艦隊との戦いだったのだ。


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