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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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第四章「錯綜」(二)

一九四四年八月三日 呉



 金城次郎大佐先任参謀の眼前は、船、船、船で埋め尽くされていた。

 しかも百メートル以上の艦艇のほとんどすべてが戦闘艦艇であり、序列と航海担当者によって、根拠地から出撃しつつあった。

 膨大な数の艦艇の周囲では、小型の支援船舶や連絡艇が行き交っていた。


 世界中探しても、これほどの艦隊は存在しないだろうと思わせる光景だ。


(いや、もう一つあるな)


 金城は、眼前の圧倒的光景の向こう側、鏡の向こう側にこの度の敵手となる相手を見ていた。


「金城先任参謀、何か思うところでもあるのかね」

「はい。観艦式でもこれほどの光景は目にできないだろうと、素直に感心していた次第です」


 斜め前から首と視線を少しだけ後ろに向けた古賀峰一聯合艦隊司令長官が問いかけてきた。


「ハハハ、観艦式か。確かに今以上の光景はないだろうね。十年前の帝国海軍では、予想もできなかった情景だよ」

「はい。軍拡と戦争がなければ、これほどの艦隊は整備できなかったでしょう」

「先任参謀は、補充計画には反対なのかな?」


 金城の声色に否定的な何かを感じ取った古賀が、世間話でもするように問いかける。

 声も顔も非難する色はない。

 この辺りは山本五十六と懇意な協調派らしい振る舞いだった。


「正直、国家財政から考えれば過分な武力だと考えます。母艦二〇隻、艦載機一千機など正気の沙汰ではありません」

「しかし、これだけの戦力があるからこそ、米国に対して正面から戦闘を挑むことができる。違うかね」

「はい。結果論的に最良の装備を持って戦いに望めるのは、望外の幸運と考えるべきでしょう」

「しかし、先任参謀は納得がいっていない、といったところか」


 金城は少しばかり間を置いてから、古賀の問いに対して口を開いた。

 周りには古賀以外の聯合艦隊司令部の面々もいるので、あまり迂闊な事も言えない。


「アメリカ海軍太平洋艦隊の行動理由が見えてこないのです。ハワイ真珠湾を出撃した艦隊は、残地諜者や潜水艦の情報から、空母機動部隊が二つ、高速艦隊が一つ、低速戦艦部隊が二つ。うち一つは大規模な輸送船団を伴っている、という事です」


「不自然かね。強力で電撃的な編成だ。果断な米海軍らしいと私などは思うが」


「編成が、出来すぎているのです。まるでサイパン、テニアンを攻め落としますと言わんばかりの編成です。前衛の高速戦艦部隊。主力の空母機動部隊。攻略部隊。油槽船を中心にした補給船団まで出撃させている情報も、今回の出撃の前にきています」


「定石通りではありませんか」


 参謀の一人が口を挟んだ。そう定石道理だ、しかし。


「確かに定石通りです。しかし、今回アメリカ大統領ルーズベルトの声明から考えると、マリアナ諸島を攻撃するならともかく、攻略まで行う必要はありません。グァムの航空隊と共同して、聯合艦隊来援前に無力化するのが唯一の方策です」


「しかし、鈍足の輸送船を伴っていては電撃的な攻撃は難しいか。速力差があるので、機動部隊だけ先発するのではないかね」


「その可能性は十分あると考えます。しかし、輸送船団が解せません。中華民国に対する支援物資を満載した船団とも考えられますが、数が多すぎます」


「やはり、正面からマリアナ諸島を狙って来るのではありませんか。グァムの敵航空隊は活発な活動を開始しているとの報告もありました」


 先ほどと同じ参謀が、また口を挟んだ。


 雑談レベルなので特に咎める者はいないが、この参謀は何かにつけて金城に突っかかってきた。

 金城も定石馬鹿と内心思い表面上以上で扱わないので、向こうも直感的に金城への反感を募らせていた。


 だが、古賀や参謀長の福留がたいてい間に入るので、大きな問題には発展していない。

 今回も同じだった。


「先任参謀、正攻法という可能性はどうかね」


「はい。米国の意図が我が国に何かができるのかを示すのが目的なら、今回の編成に合点がいきます。しかし、それでは我が国の領土を攻める事になり、全面戦争の危険が高くなります。ですがアメリカ現政権は、帝国との全面戦争は望まないはずです。

 アメリカ市民が戦闘による憂さ晴らしには迎合しても、息子や夫、恋人が死ぬかも知れない戦争には賛成しないからです。このアメリカ国民の姿勢は、この十年なんら変化はないと考えられます。つまり、アメリカ政府は局地戦しかも海軍を用いた分かりやすい戦闘での勝利を目指してくるはずなのです」


 金城が政治にまで深く入り込んだ話をしたため、司令部の幾人かが非難がましい視線を向けている。

 故に金城はあえて口にした。


「政治不介入は軍人の鉄則であり海軍の誇るべきところです。しかし、知っておくことは重要です。知っていなければ出来ない行動もあります。そして今回の戦闘は、アメリカの政治が呼び込んだ偶発的戦闘と考えるべきなのです」


 そこまで言った時点で、近くにいた福留参謀長が、金城の高い肩をポンポンと叩いた。

 やりすぎだぞ、と。


 金城も周囲に小さく一礼して、発言が行きすぎた謝罪した。

 それを見た古賀も先任参謀との雑談を終えて、眼前の光景に視線を集中させた。


 自然、司令部のほとんども周囲の情景を見る事になり、金城も内心の不満や不安を押し込めて、周りの情景にとけ込むことにした。




 八月三日午前の閣議決定で、ハワイを出発したアメリカ艦隊がマリアナ諸島から千キロ以内に入った時点での戦闘行動の許可が下された。

 ただし、自分たちから撃つことは厳禁されており、宣戦布告も最後通告も行われないとされた。

 日本政府としては、戦争ではなく紛争、事変で事を収めたかったのだ。

 すべてをうやむやのうちに終わらせて、何としても五輪開催に持ち込みたかった。

 アメリカとの全面戦争も恐ろしいが、二度の五輪不開催という不名誉もとうてい受け入れがたかったのだ。


 しかし、政府より命令を受けた海軍、とりわけ実戦部隊の聯合艦隊は事前行動に手抜きをするわけにはいかず、命令が下されると同時に出撃に入った。

 艦隊や航空隊の規模があまりにも大きくなりすぎたため、事前に行動を開始しておかねば組織的戦闘が取れなくなっていたのだ。


 何しろ今回柱島を中心に瀬戸内海西部に分散停泊していた聯合艦隊艦艇だけで、一五〇隻近くにのぼっている。


 戦艦十三隻、空母二十隻を中核に据えた艦隊だけで五つにのぼり、艦隊一つあたりも米英以外なら海軍の全力に匹敵するほどだった。

 これだけでも、日本がどれほど海軍に努力とリソースを傾けていたかが分かるだろう。


 なお、艦隊は第一艦隊と第一機動艦隊に分かれており、すでに哨戒活動に従事している潜水艦集団である第六艦隊と、マーシャルに展開する第四艦隊、本土近辺の哨戒活動を行うため設立された第七艦隊が支援に当たる。

 合計艦船数は二〇〇隻を越え、航空機の総数も二〇〇〇機に達していた。


 詳細を見ていこう。


 戦艦の中で最も目立つのは、何と言っても「大和級」戦艦三隻だ。「大和」と「武蔵」は赤色戦争で初陣を飾っているが、観戦武官に見せないように細心の注意が払われており、いまだミステリアスな戦闘艦として認識されていた。


 諸外国では、遠目から確認できた姿から排水量五万から六万トン。主砲は、五〇口径四一センチ砲三連装三基九門と見られていた。

 もちろん真実は、就役時で排水量六万四〇〇〇トン、四五口径四六センチ砲三連装三基九門だ。


 四四年五月に就役したばかりの「信濃」は、過大見積もりだった積載燃料の低下によって対空装備を満載しており、装甲配分なども若干違うため排水量は六万六〇〇〇トンとなっている。「大和」と「武蔵」も、四四年に入ってからの改装で、「信濃」と似た要目と装備になっている。

 新型の高角砲を多数装備している。


 また、英独の技術を用いて製造された、三一号、四一号電探や三二号電探によって、高い戦闘能力を発揮できるものと期待されていた。


 しかし他の戦艦の多くは今回の戦闘までに改装が間に合わず、ヴォフォース社の四〇ミリ機銃とヴィッカーズ社の二五ミリ機銃を可能な限り搭載する措置しか執られていない。 

 例外は、「扶桑」、「山城」と「伊勢」、「日向」の大改装工事だった。

 四隻の旧式戦艦は、赤色戦争での北樺太攻略作戦での支援のあと全艦各地の艤装岸壁に戻り、中央部の主砲二基と副砲すべてを下ろして速力を回復し、空いたスペースに防空火器を満載した、一種の防空艦へと変貌していた。

 改装の結果排水量は一五〇〇トン減少し、艦尾延長と缶圧の若干の強化によって、速力を一・五ノット程度上昇させている。


 この改装はインド洋で活躍した金剛級の強く影響していたが、戦艦の用途変更こそが日本海軍の用兵思想の変化を物語る上での最たる変化と言えるだろう。


 連動して、空母に随伴することが多い巡洋艦や駆逐艦も、それまで主装備としていた主砲の一部を下ろしてまで機銃や高角砲を装備するための改装が、時間の許す限り行われていた。

 もちろん、「秋月級」駆逐艦のような防空専門艦艇も建造されつつあったが、数としてはまだまだ少なかった。


 空母の護衛は、可能な限り自分が殴りかかった場合何とかできるだけの改装を施した、あくまでそれまで艦隊決戦の用途のみを追求した艦艇たちだった。


 いっぽう綺羅星のごとき陣容を誇っているのが航空母艦だ。

 日本海軍の有する高速発揮可能な数では世界最大にまで増加しており、華々しい戦果もあって世界最強と見られていた。


 空母には大小があり、大型空母が「大鳳」、「翔鶴」、「瑞鶴」、「赤城」、「加賀」の五隻。

 この五隻だけが、アメリカがヴィンソン案とスターク案の生き残りとして七隻も大量就役させた新鋭の「エセックス級」空母に匹敵する規模となる。


 つまり、日本の数の上での主力空母は中小型空母群で、中型の「飛龍」、「蒼龍」、「雲龍」、「天城」、「葛城」と、改装空母ながら中型空母並の規模を誇る「飛鷹」、「隼鷹」が数の上での主力といえる。

 また、軽空母として分類されがちな「瑞鳳」、「祥鳳」、「龍鳳」、「龍驤」、「千歳」、「千代田」、「日進」、「伊吹」も、重要な戦力と認識されていた。


 これら母艦すべての艦載機数は、予備機スペアを含めると一〇〇〇機を越えており、数はもちろん編成や組織として有機的に結合、運用されている点が世界中の脅威とされていた。


 軽空母のすべては改装空母であり、空母への改装を前提として建造された各種母艦がほとんどになる。

 つまりは、建造目的をようやく達成した艦艇群となるが例外が二艦いた。


 一艦が「伊吹」だ。「伊吹」は、第二次世界大戦勃発に伴う軍備増強で建造が認められた重巡洋艦だった。「最上級」をタイプシップとして、雷装を重視した重巡洋艦だったが、建造半ばで第二次世界大戦は終わり、建造も一時中断された。

 そしてその後紆余曲折の末に、四三年のアメリカ強硬外交という状況が軽空母への改装を決定させていた。


 いっぽう違った意味で例外となったのが、「瑞穂」だ。

 本来なら本艦も他の母艦改装空母同様に、空母となる予定だった。

 しかし、技術未熟なディーゼル機関を搭載したため速力が低いままだった。


 しかも第二次世界大戦で水上機母艦は入り用のため、改装は引き延ばされ赤色戦争では空母は不要なのでそのままの姿で過ごした。

 そして「伊吹」同様に、アメリカへの備えとして改装が決定したが、機関すべてを換装しなければならないと判定がくだる。

 機関を換装すれば一年以上の改装工事を必要とし、このため改装は一時諦められた。

 事態が変わったのはドイツからのディーゼル機関輸入が決まってからだ。


 だが、さらに改装に待ったがかかる。

 空母機動部隊の大規模化に対して、海軍側が移動通信指揮基地となる艦艇を求めたからだ。


 候補として、大きな格納庫を容易く司令部区画に改装できる「大淀」、「仁淀」が挙げられたが、最終的には一部空母の工事が進みフラットな甲板と大きな入れ物を持つ「瑞穂」に白羽の矢が立った。


 かくして「瑞穂」は、水上機母艦としての機能を一部残したまま、艦中央部に格納庫として作られつつあった場所を指揮司令部施設とし、飛行甲板として作られた甲板上に複数の大型アンテナ複数と電探を多数設置する改装工事を受ける事になる。


 また、ドイツ製のディーゼルの一部はそのまま発電器として利用され、大量の電力供給を実現している。


 以上の改装により「瑞穂」は、第一機動艦隊の旗艦に任命され、艦隊の最も攻撃を受けにくい場所に配置され、二十隻の空母と一〇〇隻の艦艇、一千機の航空機の指揮統制艦として戦場に臨むことになった。



 そして、重厚な陣容の航空母艦に搭載されるのが、世界各地で猛威を振るった艦載機群だ。

 特に「ゼロ戦」と愛称される零式艦上戦闘機(零戦)が有名だろう。

 もっとも、冷静な判断上での零戦の評価は高くない。


 第二次世界大戦では、生産機数と配備数の問題から限られた数が作戦参加しただけで、赤色戦争では主力として活躍するも相手が練度にひどく劣るソ連極東空軍が相手だったからとされているからだ。


 だが、四四年夏に運用されている零戦は、戦場で良く知られた零戦ではなくなっていた。


 主に「二二型」と「五三型」の二種類がこの当時運用されており、「二二型」は初期型の零戦のエンジンを強化型に換装しただけのもの。

 もっとも、第二次大戦以後、日本の石油事情の激変でオクタン価九九のガソリンを通常でも使用するため、最高速度は初期型より二〇キロ近く速い五五〇キロ/時間となっていた。

 他にも機銃の変化、英国製無線機の導入など、見えない点での変化も多い。

 だが、基本的に「二二型」は世界中が知っている「ゼロ戦」だった。


 違うのは「五三型」の方だ。

 従来の零戦は「栄」系列のエンジンを使用していたが、五三型は「金星六二型(一五六〇馬力)」エンジンを使っており、機体構造も大きく変更されていた。


 翼が小さくまとめられそれまで無視されていた防弾装備にも気を遣っており、エンジンと機体構造の強化もあって最高時速で五七〇キロ/時間に達していた。


 この時代の戦闘機としてはすでにロートルに位置すると見られる零戦だが、艦載機としてなら十分と見られていた。

 何しろドイツもイギリスも足回りが弱く航続距離のない陸上機を転用し、アメリカも機種更新が軍縮の影響で大きく遅れていたからだ。

 それに日本海軍も新型機開発に手を抜いていたわけではない。


 一九四四年二月に量産開始された「烈風」こそが、零戦の新たな後継者だった。


 烈風は、第二次世界大戦のさなかに開発が急がれ、赤色戦争を挟んだ戦間期のゆとりを用いて精力的な開発が進められた。

 大きな特徴は、単発攻撃機並の巨体と大馬力エンジン、零戦の後継者の証である流麗な機体そのものだった。


 機体が大きな事に対する不満は、主にパイロットから多かった。

 しかし、大型機故に後の改良を受け入れる余地が大きく、エンジンや機体構造を改修しつつ一〇年以上の長きにわたって、戦闘爆撃機となりつつも運用された事を思えば、十分成功した機体と言えるだろう。


 なお烈風は、大柄な零戦と言われるように操縦性、運動性に優れた戦闘機で、これに従来の二倍近い二二〇〇馬力の出力を持つ「ハ四三」という新型エンジンを組み合わせる事で、初期の一一型で六四〇キロ/時間もの最高速度も実現している。


 ただし、零戦からの生産変更と機種転換で平時故の混乱があったため、この時は第一航空戦隊を編成する、「大鳳」、「翔鶴」、「瑞鶴」の戦闘機隊にしか搭載されていない。


 以上が艦上戦闘機だが、日本海軍の攻撃性をかいま見せるのは、艦載機の中でも攻撃機にこそあった。


 第二次世界大戦当時「九七式艦上攻撃機」、「九九式艦上爆撃機」が最新鋭機で、赤色戦争も主に同機の改良型が使われていた。

 しかし攻撃力にこだわる日本海軍は、戦闘機以上に攻撃機の開発に力を注ぎ、毎年のように機体を送り出していた。


 愛称でいえば「彗星」、「天山」、「流星」だ。


 それぞれ四二年、四三年、四四年に量産配備が開始され、この時の戦闘までに母艦搭載機のすべてがどれかに更新されていた。


 「彗星」は、赤色戦争で高速偵察機としてデビューを飾った経歴を持つ高速艦上爆撃機だった。

 最高速度は零戦二一型よりも速く、海軍から大いなる期待が持たれた。

 しかし、日本の基礎技術の低さとシベリアの低温のため稼働率が極端に悪く、一時は安定性の高い空冷エンジンを搭載した形式を製造しようとする動きもあった。


 しかし、戦中にドイツのダイムラー社から技術援助を受けたり製造工場をドイツ製の工作機械に刷新するなどして性能を安定化。

 さらに整備部門の徹底教育によって、地上基地でも七割近い稼働率を保つまで引き上げられた。


 また、ドイツから最新の液冷エンジンを購入して換装した機体が、高速偵察機として試験されたが、けっきょく専用偵察機として開発された「彩雲」との競争に敗れている。


 なお、同機は、コンパクトさと性能の高さが英国海軍に気に入られ、同国でエンジンをマーリン(後にグリフォン)に換装した改良型がライセンス生産され、同じく赤色戦争で活躍している。


 「天山」は、世界最高の艦上攻撃機としての触れ込みで開発された高性能機だ。

 実際、アメリカで同時期に量産配備が始まった「アヴェンジャー」より性能は高く、高速性と航続距離の長さは出現当初驚きをもって迎えられた。

 初陣は赤色戦争末期だが、空母からの運用ではなく陸上基地から地上への爆撃となったため、四四年の時点で主力艦上攻撃機ながら、大きな実績を持っていない。

 また、世界最高と言われながらその寿命は非常に短いものに終わった。「流星」が登場したからだ。


 「流星」は、一九四四年一月に増加試作が開始されたばかりの当時の最新機で、最大の特徴は艦上爆撃機と艦上攻撃機、双方の任務がこなせる事にある。


 しかも二〇ミリ機銃を翼に装備したり、零機並の速度性能まで備えており、研究者によっては世界初のマルチロールファイターと呼ぶ者もいる。


 十六試艦上攻撃機として開発の始まった同機は、当初開発は難航した。

 しかし第二次世界大戦の戦勝が本機の早期実現を可能とした。


 原因はドイツ海軍で、ドイツ海軍は独自の機体を持ちたいためドイツ国内では不遇の扱いのハインケル社と結託して、他国、有り体に言えば日本との共同開発を水面下で画策した。


 その時、丁度開発の始まっていた「流星」がハインケル社のHe一〇〇戦闘機の翼を参考にしている点に目を付けた。

 そして、日本海軍の活躍で自分も空母部隊が欲しくなったヒトラーを煽る形で、空母購入とセットで共同開発を認めさせた経緯がある。


 エンジンは当初「誉」が予定されていたが、ドイツ側の整備容易を強く望むという要望を受け入れ、「烈風」同様に「ハ四三」が採用された。


 機体は日本機らしくない重厚さを持ち、防弾能力や攻撃力もそれまでを大きく上回っていた。

 しかも無線や油圧系統などはドイツの技術を大幅に取り入れており、贅沢な仕上がりになっている。


 また本機の特徴には、ドイツ空母で運用するためカタパルト発進可能なよう、丈夫な機体構造を持っている点も上げられる。

 このため、日本での試験では、八〇〇キロ爆弾の急降下爆撃が実験され、ドイツでの試験では一・五トンの爆弾の水平爆撃が行われて、後に装備に組み込まれている。


 なお就役から半年ほどすると、英国も本機の性能の高さに目を付け、イタリアやフランスなど、自国空母の保有に躍起になっている列強からも数機購入のオファーが殺到し、欧州海軍の標準的な攻撃機としての地位まで得ることに成功している。


 さらに本機は、エンジンを換装し機体形状に大幅な改良を加えつつ、就役から二十年以上も第一線任務に就く事になり、日本を代表する攻撃機としても知られるようになる。


 なお、初陣にあたる当時は、第一航空戦隊の「大鳳」、「翔鶴」、「瑞鶴」にしか搭載されていない。



 いっぽう、日本海軍が空母と空母艦載機並に重視するようになった戦力として基地航空隊がある。


 基地航空隊の活躍は、日支事変での台湾からの渡洋爆撃にあるように長距離航続性能を活かした戦略空軍的要素が強かった。


 本来の目的通り使われたのは、第二次世界大戦も後半にさしかかったインド洋での攻防戦になる。

 インド洋では、長い足を活かして敵艦隊の偵察と攻撃に広く活躍し、持ち前の雷撃能力を活かして多数の艦船を撃沈している。


 機体は、第二次世界大戦頃は「九六式陸上攻撃機」で、赤色戦争では「一式陸上攻撃機(一式陸攻)」が主力を占めるようになった。


 日本海軍としては、第二次世界大戦戦勝の戦利品として、英国空軍から「ショート・スターリング」を数機得て解析したが、自国で同規模の機体の量産は当面無理として、次世代機の参考と一式陸攻の改良に反映させるに止まっていた。


 しかも赤色戦争に主力爆撃機として参加した一式陸攻は、対空砲火に意外なほど脆く、護衛がいない場合は旧式機にすら撃墜される事が相次いだ。


 そこで急遽改造型の製造が決まり、一九四三年の春には、エンジンを換装し防御力を強化した三四型を送り込んだ。

 そして四三年春の量産開始から半年間、海軍は一式陸攻三四型をとにかく量産し、半年間で一千機近く就役させてしまう。

 それまでの生産機数が五〇〇機程度だった事を思えば、努力の大きさが分かるだろう。

 しかし、赤色戦争が終わって見ると、基地航空隊の各基地は攻撃機は一式陸攻三四型で埋め尽くされていた。

 戦闘機もほとんどが零戦の眷属ばかりとなっていた。

 これもソ連空軍が基本的に戦術空軍の上に、シベリアの戦場は広くしかも日本軍が常に攻撃側にあったからだ。

 そして海軍航空隊は、戦略空軍としての役割を自ら買って出ており、航続距離の長い航空機に偏重したのも無理ないだろう。


 しかし、戦後は五輪準備のため大幅に軍縮され、アメリカとの関係が悪化してからもコストのかかる大型機の増産と新型の開発は二の次とされた。


 それでも海軍は、新型の双発陸上攻撃機と大型の四発陸上攻撃機を開発したが、どれも四四年夏の段階で開発中だった。


 このため、四四年夏当時の第一、第二、第三航空艦隊は、一式陸攻三四型と零戦、そして少数の夜間戦闘機「月光」と高速偵察機「彩雲」で編成されていた。

 本来なら、単発機隊として艦載機と同じ機種を持っている部隊もかなりの規模でいるのだが、空母の増勢に伴い配置転換され、極端化を増している。


 なお、各航空艦隊は、二個航空戦隊から編成され、約二〇〇機ずつの戦闘機と攻撃機、そして二〇〜三〇機の夜間戦闘機と高速偵察機、それに輸送機や連絡機を加えて約五〇〇機で編成されている。

 本来なら先述した単発機が一〇〇機以上加わる事になる。


 そして、艦艇にばかり努力が注がれた日本艦隊は、既存機の集団の基地航空隊を楯として、聯合艦隊の矛によって襲来するアメリカ太平洋艦隊を迎撃しようとしていた。


 これが一九四四年夏の現状であり、日本海軍が揃い得た最善の戦力でもあった。



 そして聯合艦隊出撃開始から一日後、ようやく四国沖合でそれぞれの艦隊の集合を終え、各航空隊の収容を開始し始めた頃、さらなる報告と命令が東京からもたらされた。


「これより、聯合艦隊は総力を挙げて出撃、マリアナ諸島を目指していると目算される米太平洋艦隊を撃滅する。いいな、参謀長、先任参謀」


 古賀峰一聯合艦隊司令長官が、前を向いたまま後ろの二人に事後承諾のような言葉を発した。

 それは追認を求めたというより、自身の決意を再確認するようだった。


 艦隊の上空では、無数の艦載機がそれぞれの空母部隊に向かったり着陸の順番を待っている。


「米国の大艦隊がウィーク島沖西進中を発見されたのです。是非もありません」

「はい、参謀長のおっしゃる通りです。主力艦隊が発見できない以上、全力で向かうべきです。兵力の分散と逐次投入は厳に慎むべきです」

「ただし、と言いたげな顔だな」


 古賀が、今度は少しだけ後ろを向いた。

 顔は厳しさを保ったままだが、瞳は非難や咎めるような色はない。


「はい。哨戒部隊が発見できていない可能性の高い、アメリカ海軍の空母機動部隊の動きが気がかりです。すでに哨戒網をくぐり抜けているのなら、機動部隊は明日には空襲が可能です。また逆に、まったく別の場所にいるのなら、我々はアメリカ海軍の行動に乗せられる格好になります」


「しかし、サイパンに向かわないワケにはいかないぞ」


「無論です。しかし小官は、哨戒のなお一層の厳重化を具申いたします。以後七二時間だけで構いません。通常の倍の密度で偵察を行えないでしょうか。

 ちょうど、潜水艦や哨戒艦に交代の艦もかなりあります。これらをすべて用いて配置変更すれば、より高い密度での哨戒線が張れます。航空隊も交代部隊を動員していただければ、同様の効果が期待できます」


「また偵察か。参謀長はどう思う」


「はい、先任参謀の意見が正しいと判断します。自分も米機動部隊の動向は気がかりです。」


「発見されたのが、旧式戦艦と軽空母、それに輸送船団だからな。よろしい。先任参謀の意見を採用しよう。艦隊主力はそのままマリアナ諸島沖合を目指し、他の部隊はすべて偵察を強化する、文書化後に命令を発令したまえ」


 参謀達の復唱を聞きながら、再び上空を舞う無数の航空機を見ようと視線を戻した古賀だったが、古賀の命令は一部変更を強要された。


 政府から一通の通信文がもたらされたからだ。


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