84:話が通じる近衛騎士と信じて
カーモードの私は現在、天を衝く大樹を目印に、その根元へ続く道を進んでいる。
ゆったりとタイヤを回して道を行く私の前後には、騎兵歩兵の入り混じった人類連合兵の部隊が。
そんな私たち一行の上空には、高くから周囲を警戒してくれているグリフィーヌの翼影がある。
私を中心にしたにしては厳戒に過ぎる護送ぶりであるが、もちろんこれには理由がある。
「すまねえなライブリンガー。大げさな行列になっちまってよ。こん中の必要最低限の人数なら、ブゥーンって行って交渉して、またブゥーンって帰ってくるーでいいんだろうによ」
「いや、構わないよ。さすがにこのメンバーで護衛もつけずに、とは出来ないだろうからね」
運転席のマッシュからの軽い身振り手振りを交えた詫びの言葉だが、そうもいかないだろう。
彼の隣の助手席にはキゴッソ王族唯一の正統である白い翼のフェザベラ王女がちょこんと腰かけている。
軽くて飛行を妨げず、また白い翼を引き立てる、そんなキゴッソ式の正装を身に着けた彼女と、その婚約者と目されるマッシュが乗っている車両である。となれば、王族の馬車を送るような物々しいものにもなることだろう。むしろならない方が不自然まである。
「鋼魔との最前線に常に立ってもらっていると言うのに、今回もまた手間を背負ってもらってしまって、勇者殿には苦労を掛けます」
「気にしないで。そもそも鋼魔の将を捕まえると提案したのは私なんだから」
こうして私たちが厳戒態勢の護送を受けて移動しているのは、鋼魔側から打診の合った捕虜解放の交渉のためだ。
先日の戦いを幕引いたディーラバンからの打診の後、詳細な条件のすり合わせを行う場所と日時を指定したメッセージが届けられたのだ。
ちなみにこの伝言を運んできたのはクァールズである。使者としてやってきたその時には、ついでに何か仕掛けていくのではないかと全員で警戒していたものだが、結局は何もせず、私たちの警戒を嘲り笑うかのように引き上げていった。
そんな使者役の態度とは関係なく、当然だが捕虜返還交渉に対しての意見は割れた。受ける受けないの段階で。
罠に決まっている。ヤゴーナ連合軍の優勢で攻め込めているのだからキゴッソ城を取り返すのに交渉など無用。情報を聞き出したのなら、捕まえた鋼魔など処刑してしまった方が後顧の憂いも消え、人々の無念も張らせる。というのが不要派の主な意見だ。
それに対する交渉賛成派の意見は、先の戦いでこちらの進撃を止めて見せた大量のバンガード魔獣から敵戦力にいまだ底が見えていないということ。戦場となるキゴッソ城と、軍勢、そして時間の損耗を交渉で回避できるかもしれないということだ。
二つに割れたこの意見は、不要派の方が優勢であった。
それは人々の、鋼魔に対する根深い怒りがあるからだ。
私や三聖獣、何より離反組であるグリフィーヌの活躍もあって、近頃は表面化していなかった……いや、私たちのことは類似し、対立した別種族と区別することで、できたことで、感じられることが無くなっていたのだろう。
しかし蹂躙されてきた人々にすれば、鋼魔が怨敵であることに依然変わりはない。
その感情が、交渉を受けようとする側の説く理をはね除け、自分達こそが真に理に叶っているとするのだ。
私も今回の交渉には賛成だった。
ただこれがウィバーンから、あるいはネガティオン直々の申し出であったなら、もちろん私も警戒の構えを取っていただろう。だが、打診してきたのはディーラバンだ。
ネガティオンの目を通じて見た様子の端々からは、信賞必罰を是とし、約束を果たそうとする誠実さを感じられた騎士である。
彼であれば、騙し討ちの布石に交渉を申し出ることはまず無い。そう思わせる人物だ。
もっとも、主君ネガティオンへの忠義が第一であることも疑いは無いので、警戒を怠ってよいわけでは無いが。
私よりもよく知っているだろうグリフィーヌも見解を同じくしていて、交渉の間と約定の範囲内ならば心配はしなくても問題ないだろうとのことだ。
というわけで、交渉相手に心配が無い以上は、戦いでの死傷者を減らせるだろう方が良いに決まっている。なので私個人としては交換交渉には手放しで賛成したい。したいのだが、あまり出しゃばることは出来ない。
ただでさえ尋問による情報獲得を主な理由にしたとはいえ、鋼魔の将を捕虜とする作戦を提案。仲間たちを頼ってゴリ押しした手前もある。
それをきっかけに話がこうして大きくなった以上はその責任はもちろん取る。だがここでまた最初から音頭を取りに出てしまうのは、リーダーシップとは違う。そんな気がする。
マッシュからも、頼りきりだからこの会議ではあまり口を挟まずに静観していて欲しい、と言い含められていたのもあるが。
そうして交渉賛成派であることを立ち位置で主張しつつ、会議の流れを見守っていると、フェザベラ王女が立ち上がった。
「我が王家の城を取り戻すのに連合の兵たちに避けられるだろう流血を強いるのは本意ではありません。ここはキゴッソ王家の末裔たる私が代表として交渉に赴かせていただきます」
亡国の王女の勇気ある宣言に、交渉不要派達は罠の疑惑を重ねて主張して食い下がる。
しかしそこはすかさず私が同行、牽制と護衛を担って、王女の安全を確保することを約束。王女の心意気を後押しする。
そこからは早かった。王女とそのパートナーであるマッシュが、トントン拍子に方針を交渉すべしという方向に流れを持っていき、追加に突き付けるべき条件もまとめて今現在に至るというわけだ。
「いやホントに、ライブリンガーがいいタイミングで話の背中を押してくれて助かったぜ。フェズや俺らの主導でなきゃ納得いかないってのもいるからなぁ」
「それも政の話ってヤツ? ホントめんどくさいなあ。任せてばっかりだとエサにされちゃうようなヤツ相手だったらまだわかるけどさ、ライブリンガーはそうじゃないじゃない」
後部座席のビブリオのコメントに、並んで乗るホリィに、マッシュとフェザベラも苦笑を浮かべる。
「そうね。でも誰もが誰もそう信じられる人ばかりじゃないから……」
「メインなのは、なんでもかんでも寄りかかりっきりなのをとっかかりにしたいちゃもんつけられないように……って感じなんだけどな」
「……ホントにめんどくさいなあ」
ビブリオがそう言ってげんなりとした顔を見せるのに、ホリィはなだめるように弟分の赤毛頭を撫でる。
そうしているうちにふと地響きが。
恐らくはなにか重たいものが走る足音なのだろう。前方、進行方向から小刻みに、しかし力強くリズムを刻むものが近づいてくる。
地を叩くこの響きは、リズムからして馬蹄のもの、恐らく大きな馬型の魔獣によるものだろうと思う。車輪の響きもある様に思える。
私が疑問を抱えつつ停車し、周囲の護衛隊が魔獣の接近かと素早く迎撃の構えに移りゆく中、私の真上に高度を下げてきたグリフィーヌが。
「近づいてきているのは?」
「安心してくれ。予定通りの相手が単機だ」
どういうことだ?
疑問を解くべく、私はゆるりと着地するグリフィーヌにより詳しい空からの偵察結果を聞こうと。
しかし質問が声と出るよりも早く、正面に大きな影が現れる。
それは一頭立ての戦馬車だ。
二本角の黒い金属馬に牽かれたそれは御者席から青白い光の鞭を一振り。宙へ舞い上がり変形する。
馬車部分を主に胴体として、分離変形したメタルバイコーンと組み合わさることで完成したのは屈強な黒騎士。鋼魔王の近衛騎士ディーラバンであった。
なるほど、アレがディーラバンの高速移動用の形態だったというわけか。馬がついていたとはいえ、馬車という乗り物であるあたりには親近感を感じるな。
彼は私との間を阻む連合兵のみなさんをスリットバイザー奥からジロリと見下ろすも、乱暴を働くこと無く立ち止まってくれている。
これにいつまでも黙って立たせていては失礼だ。
そう思った私は乗っている仲間たちに降りてもらうと、その場でチェンジ。人型になって彼に向かい合う。
「はじめまして。鋼魔の騎士ディーラバン殿と見受ける」
「……勇者ライブリンガー殿。交渉を受けると決めた貴殿の判断に感謝を……」
私に対して返礼するディーラバンだが、その感謝は向けるべき相手を間違っている。なので正しいところへ届くように、私は半歩機体を避けて、通り道を開ける。
「いや、私は賛成しただけで、交渉を受けようと決めたのはこちらの、キゴッソの王女様だ」
これにディーラバンはイルネスメタルの色をした目をフェザベラ王女へ向ける。
「この度の鋼魔からの申し出、互いに無用な血を、犠牲を払うのを避ける良き機会と見ました。交渉に実りあることを願います」
「……懸命な判断に感謝する、ヒトの王の一人よ」
フェザベラ王女は睨み付けるでなく、自分を見下ろす目を背すじを伸ばして見返して。圧倒する力を持つ巨体に対して、怯まず向き合うこの態度に、ディーラバンは静かな声音で一礼を返す。
「勇者殿が仰ったように、判断したのは確かに私です。ですがその判断も勇者殿が居て、グリフィーヌ殿から貴殿の人物評を聞いての後押しがあってこそです」
フェザベラ王女の言葉と手の動きに導かれるようにして、黒騎士は視線をグリフィーヌへ。
かつての同胞であり、また度々にフォローに回ってくれていた人物に、グリフィーヌは猛禽の頭を浅く下げた会釈を返す。
「……ネガティオン様から聞いてはいたが、本当に身も心も我らの同胞では無くなったか……」
「はい。裏切り者となじられる覚悟はあります。しかし私に後悔はありません」
「……いや、裏切りと言うのならば、ウィバーンがお前を裏切り貶めるのを止めず、充分な対処をしなかった私にもこの事態を招いた責がある。勇者殿と人間たちに身を寄せて後悔がないのならば、それでいい」
このディーラバンの言葉に、グリフィーヌも、そして私も感謝を込めた礼を重ねる。
「……だが我が王に弓引く以上、我らはもう相容れぬ敵同士……戦場で対峙すれば容赦はしない」
「それは無論こちらも同じこと」
しかしすぐさまの容赦無い敵対宣言に、グリフィーヌとディーラバンはそれも当然とばかりにうなずきあう。
そして黒騎士が槍をかざすと、地面を押し上げるようにして大小様々な石が現れる。
そのうちの大きく高いものにディーラバンは腰を下ろす。
「……ではさっそく始めるとしよう」
静かに促すこの言葉にしたがって、私たちは地面から引き出された交渉の席に着いていくのであった。




