130:思いがけぬ再会
私たちはいま、情報にあった捕らわれの仲間たちに続く川へとやってきた。きているのだが……。
「これはまた、酷く干上がっているね」
河底のほとんどが直射日光に照らされてしまうほどに水量が減ってしまっているのだ。
掛けられた橋の高さ、さらに陸地と水の流れる所との落差から、明らかに水が失われていることが分かる。
この異常に乏しい水量を見下ろしてビブリオとホリィが首を傾げる。
「これじゃ材木を運んだりだなんてできないよね?」
「町の人が知らなかった辺り、最近の異常なのよね?」
「そうだろうが。つい先ほどに急激に干上がったというわけではないようだぞ。行き場を無くしたらしい魚が……」
グリフィーヌが指す、打ち上げられた魚の遺骸の中には、鳥に啄ばまれたらしく身の削れたりしたものが。だがどれも程度の差はあれどおおよそ数日の時間をおいているだろう傷み具合で、なんとも痛ましい光景を作っている。
その惨たらしさを引き起こしたものへの憤りはともかく、たしかに私たちが到着するまでの過程は彼女の見立てた通りだろう。
「上流にダムを作ってるのかな? 処刑場ではなく」
「ダムってなに?」
「ああ。ダムって言うのは河川の水の量を調節するためのものだよ。堰と水門で流したり止めたりで流れる水の量を適切なものに調節しようっていうものでね……」
ダムとは? という友の疑問に、なるべく噛み砕いて説明する。それを横で聞いていたグリフィーヌが苦笑っぽく眼を瞬かせながら首を横に振る。
「これは私がひとっ飛びに上流を見てきた方が良いのではないか? この分なら何かあるのは確かだろうが、助けるべき仲間たちがいるとも限らないぞ?」
「町の人たちがウソを言ってたってこと?」
「いいや。彼らも我々をおびき寄せるための偽情報で働かされていたかもしれない。グリフィーヌはそう言いたいのさ」
罠が仕掛けられている。その可能性を睨むグリフィーヌに、私は空からの偵察をお願いする。
そうして二つ返事で飛んでいったグリフィーヌを見送ると、下流の方向から重々しい足音が。
これに私もビブリオ共々に機兵の見回りかと警戒したが、暖かな気配に杞憂であったとすぐに分かった。
足音の主は、剥き出しになった川底を歩く青の竜騎士、ガードドラゴであったからだ。
「わっほい! ドラゴ!」
「しばらくぶりですね!」
「うむ! ホリィ殿にビブリオ殿、ライブリンガー殿もしばらく! 色々話には聞いていたが、まずは無事なようでなにより!」
重騎士モードのドラゴは再会の挨拶を言いきるが早いか、大きくジャンプ。私たちの傍らに降り立つ。
「ガイアベアの、ラヒノスの事は何と言えば良いか。新たな力を得て生まれ変わったとは聞くが……」
「ありがとう。しかしラヒノスの魂は滅んだわけではなく、私と重なってた戦う力を得られたと、かえって喜んでくれているくらいだから」
「しかしそれでもだ。我輩が側にいたのならば盾になってやれただろうに」
気にしないで欲しいと、マキシアームとなったラヒノスからの思いも伝えるが、ガードドラゴは頭を振ってその場に立ち会えなかった後悔をにじませる。そこには仲間たちを守る盾であろうとする誇りがうかがえる。
だが深く悔やむのも一時の事。当人に後悔が無い以上は無粋かと、分厚い兜頭を横に振る。
「今はこの時も囚われの身である同胞を救うことに集中しなくては。今度こそ悔やんでも悔やみきれぬ」
切り替え前を見たドラゴは、抱えていた盾を降ろして、そこに乗っていたイコーメ人たちを地面に。
ご隠居とイコーメとの伝令役であり、各地の取引を先行してまとめる役目も担っているという彼らは、まず最寄りの町からと私たちが処刑情報を得た町へ走る。
ガードドラゴは同行者だった彼らの見送りもそこそこに、干上がった川へ振り返っては嘆息する。
「……それにしても、何だというんだこの惨状は。まともな水かさであれば我輩ももっと早くに合流できただろうものを……」
「その辺りも含めて、グリフィーヌが今空から。確認がとれたら彼女にはそのまま陽動に回って貰うつもりなんだ」
「うむ。空には雲くらいしか身を隠すものもないしな……」
そうして改めて打ち合わせていると、不意に干上がった川底が水柱を吹き上げる。
土砂の混じったそれに、今度こそ敵襲かと私たちは身構える。
その吹き飛ばされた川底からは、泥にまみれた青い鋼のワニが、グランガルトが顔を出す。
「お前! やっぱり逃げ切ってたのかッ!?」
「うあ!? まって、まってくれー! おれは戦うつもりはないぞー!」
炎の塊を大きく振りかぶったビブリオに、しかしグランガルトは川底に身を伏せた姿勢のまま戦う気は無いと待ったをかける。
騙し討ちを仕掛けてくるような人物ではないと知ってはいるが、それでもと炎を収めないビブリオだが、グランガルトは全身を地に投げ出したまま言葉を続ける。
「おれは探してたんだ、ライブリンガーを! たのむ、助けてほしいんだ。ラケルを助けてほしいんだよ、ライブリンガーよぉーッ!」
助けてくれと、それも仲間を助けて欲しいと繰り返すグランガルトに、私は話を聞いてみようと仲間たちに待ったと手振りで。
「いささか甘くはないか、ライブリンガー殿」
「でも、ライブリンガーがそう言うなら」
「そうね、ライブリンガーの判断を信じるわ」
難色を示しながらも、臨戦態勢から緩めてくれる仲間たちには頭が上がらない。もちろん私だって話を聞くつもりでも仲間たちの安全への注意は緩めるつもりはないとも。
「ありがとう……それでグランガルト。助けて欲しいと言うけれど、いったい何があったんだい?」
「うあー! たすかるぞー! じつはな、じつはなーッ!!」
説明を求めるなりグランガルトが語った事情を要約するとこうなる。人間の使う鋼魔に浚われたラケルを助けるのに手を貸して欲しい、と。
なんでも決戦から生きて落ち延びた彼は、噴火前に脱出していたはずのラケルを、あらかじめ決めてあったはぐれた際の合流地点で待っていたのだと。
しかし無事顔を合わせて再会の喜びを分かち合っていたのもつかの間。鋼鉄の船から発射されたイルネスメタルがグランガルトを庇ったラケルを直撃。逃げるようにひと言促す間こそあれど、あっという間に彼女の機体は巨大なメカクラーケンと化してしまった。
そして人間の使う鋼魔、つまりは機兵に従わされるままに引っ張られて、この川の上流へ運ばれてしまったのであると。
もちろんグランガルトもどうにか正気に戻そうとしたけれど、機兵と鉄の船と連携して暴れる強化ラケルには取り込まれずにいるのが精一杯。どうにもならなかったのだと、グランガルトは悲しげなリズムで瞬く目で語ったのだ。
「なー! たのむよライブリンガー! ラケルはおれの大事な仲間なんだー! だけどおれだけじゃ、おれだけじゃどうにもならないんだ! だからグリフィーヌやいつかおれたちを助けてくれたみたいにたのむ! たのむよー!」
バタバタと上がってくるなり、お願いだと繰り返し伏して願うグランガルト。この言葉に、ビブリオもホリィも渋い顔をする。
「ふざけるなー……なんてつっぱねたくはないけど、ないけどさー……都合良く頼りすぎなんじゃないのかな」
「そう、ね……ライブリンガーが説得した時にはうなずかないで、困ったら助けて欲しいって言うのはちょっと……」
二人の言い分に同意するようにドラゴもうなずいて、ロルフカリバーも同感だと。
この仲間たちの不安と不満ももっともだ。私も救いを求める彼の気持ちに応えたくはあるが、今は仲間たちに差し迫った危機があるのだ。
「まあまあ、皆の気持ちは分かる。が、あの時はネガティオンも健在だったことだし、今とは状況も違うからね。ここはひとまず、暴走将軍クラスのバンガードがこの上流に運ばれてるっていう情報をくれたということで良しとしようじゃないか」
私がなだめて取りなしたなら、説得を断られていた私自身がそう言うならと、ため息混じりに了解してくれる。
「こいつの甘さはホントしょうがないな」って飲み込まれた言葉も雰囲気に感じたけれど、きっと気のせいだろう。そうに違いない。
「グランガルトの言うことが正しいならきっと、いや間違いなく強化暴走状態のラケルとかち合うことになるだろう。その時はもちろん救出するように最大限努力する。だが私たちも助けなければならない仲間がいる状態だから、確実にとは約束できない。追い払わなければならないかもしれないそこは分かって欲しい」
確約できないという言葉に、期待に目を輝かせていたグランガルトは目に見えて意気を落としてしまう。だが声を上げて駄々をこねない程度には分かってくれたのだと思う。
「そしてもうひとつ。もし無事に助け出せたのなら、その時には鋼魔を抜けて、殺戮に手を染めるのはやめると約束して欲しい」
「わかったぞー! ラケルを助ける間と、ちゃんと助かった後ならやくそくする! ネガティオンさまももういないしなー!」
元気良く約束に応じてくれるグランガルトにうなずき返したところで、グリフィーヌから連絡が入る。
確かに囚われのライオとハイドツインズ。さらにメレテの王様だろう人間も確認。同時に自分も見つかったと。
急がなくては!




