111:緑化大作戦!
岩や砂利土の広がる荒野。
頭のくすぶる火山に臨むこの荒地を、ラヒノスが掘り起こしているのを遠目に、私ライブリンガーも、腰を低くして仕事に勤しんでいる。
「元気に大きく育っておくれよ」
言いながら私は、指先で軽く地面を均して手を離す。
その後には小さな苗木が植わっている。
親を求める赤子の手のような短い枝葉の出たばかりの苗であるが、その幹は新たな土地からしゃんと空に向かって伸びている。
「これが長じて、あのようになるのですか? 本当に?」
「セージオウルの話ではそうだったからね。しかし、私も樹木の生育を見届けきるほど生きているわけではないからね」
私に倣って苗木の植え付けを行っていたロルフカリバーが見るのは、刃のように鋭く伸びた岩だ。
だが無機質なのはその見せかけだけで、センサーで詳細を分析すれば知れる通り、本質は植物なのである。そしてその岩木こそが、たったいま私たちの植えた苗木が成熟した姿なのだと。
地面に芽を出してしばらくは、植え付けた通り他の植物と大きく変わらぬ姿をしている。だが育ってくにつれて、樹皮は岩のような強度と質感を持つようになり、やがては岩石に紛れて一目では見分けがつかぬようになるのだとか。
セージオウルの解説であるが、ロルフカリバーがにわかには信じられないと言うのもうなずける。
「しかし、これも岩のような樹皮が形成されるまでは他より少々燃えにくい程度だと言うからね。守り育てて行かなくては」
自生できるくらいにこの地域に適応した植物ではあるが、それでも山から火種が飛んできたり、炎の力に溢れた魔獣も暮らす環境だ。
手を掛けなくては、植え付けた内の半分、いや三割すらまともに育ちはしないだろう。
「で、ありますね。育ちゆく命を守るのも騎士の役目。拙者も勤めましょう」
「頼もしいよ。ありがとう」
「おーい! そっちはどう?」
上からの声に視線を上げれば、大きな翼の影と、大の字に落ちてくる小さな影が。
「やあ、ビブリオ。こちらもちょうど一段落だ。充分に水を飲ませて上げてくれ」
魔法の力か、高さに反してフワリと勢い柔らかに舞い降りてきたのは赤毛の少年ビブリオだ。私が土の着いた手で受け止めてひと仕事頼めば、友は輝く目でうなずいてくれる。
「任せて! 水の精霊よ……根づいた木々に恵みの雫をお願い!」
精霊への呼びかけに続いて、ビブリオが腰に下げた革袋から水の塊がおもむろに溢れ出てくる。
内側から吸い口の栓を押しのけて出てきたそれは、まるで意思を持っている、ビブリオの呼びかけた精霊が宿っているかのように見える。だがビブリオが精霊を閉じ込めて持ち運んでいたというわけではない。
水源に乏しいこの近隣で水の精霊魔法を使うのは魔力の負担が大きくなるので持ち歩いているということらしいのだ。
そんな触媒の補助を受けて増幅した水が飛び散り、植え付けた苗木の根元を潤してくれる。
「それにしても、地区によってはこれじゃないとまともに育たないって言うのは分かるけど、こればっかり育ててていいの?」
「まあこの辺りはね。どうしても火事になることを考えると、他に植樹できるものは無いからね」
やれやれと手を叩きながらのビブリオに、私は苦笑交じりに応える。
しかしもちろん、ただ消去法の考えなしに植え付けているわけではない。
それ以外の植物が育ちやすい環境づくりの下準備のためだ。
岩木は荒れ地で育つほど乾燥に強い品種だが、植物は植物だ。根が肥えた土をその場に留めて、間引いたモノ朽ちたモノを肥やしに土壌を植生に適したものに整えていってくれることだろう。
もちろんそれには数十年、数百年と長い年月をかけていかなくてはならないだろう。だが、それは私たちとビブリオの子々孫々がいればどうにかなることだろう。
「それにセージオウルの話だと頑丈な木材として売りに出しても良さそうだし、炭素も多いから木炭に焼いてしまうのも良いだろうしね」
「さすがは殿。開拓中の資金繰りのことも考えてらっしゃるとは」
「獣を狩り、拠点を守るだけではままならぬ……とは、そんな面倒を抱えられるライブリンガーは大したものだよ」
「賢者と商人の知恵あってこそさ。大した事ではないよ。火山周りで採取できる希少な鉱石にばかり頼っていてはよくないだろうとね」
私たちが整備しているのは大きな集団の後ろ盾を受けた開拓地である。だからこそ強みは多ければ多いほど良い。
強みの主力となる資源に力を注ぐのは悪いことではない。が、寄りかかりきりになってしまうのは脆さになってしまう。だから金属加工のための燃料にもなるだろうということで、まずは岩木の植樹から立ち上げようというわけだ。
「そして、こうして立ち上げたからには手を加えて支え続けて行かなくてはね。元の通りか、より広大な荒野になってしまわないとも限らないワケだからね」
「そりゃまあそうだろうけど、一回落ち着いた力の巡りがあっさり崩れるかな?」
「なるほど。精霊神の管理を受けているのだからビブリオがそう思うのも当然か。だけれど、その巡りに加わった以上は、その一部であることからは逃れられないはずだよ」
社会性の生命。特にヒトの環境改造能力は強大だ。
ネガティオンとの接触で甦ったメモリーの中にも、広大な田畑や巨大な建造物のために砂漠を産み出したなどという事例が。
住みよい環境を求めての行いが、かえって住みにくい土地を産み出すことになるだなんて悲しい話じゃないか。
「たとえば狩りの獲物ひとつとってもだけれど、狩り尽くしかけてしまった生き物の数を戻そうとなったらどうするべきだと思う?」
「その獣を狩らずにおけば、おのずと数は戻るのではないか? 後は狩り手以外の天敵をいくらか間引くとかはした方が良いかもしれんが」
グリフィーヌの答えに、ロルフカリバーもビブリオも同感だとばかりに首を縦に振る。
そうだろうね。かつての私と共に死んだ彼も子どもの頃はそう考えていたようだ。
「その手にかける天敵には、縄張りや食べ物を奪い合う生き物も加えた方が良いだろうね」
この私の言葉に仲間たちはハッと目を瞬かせる。
そう。生態系のバランスというものは実に複雑に絡み合っている。保護しているはずなのに繁殖力に勝る別種に圧されて数を増やせないという事もあり得る。
ある種族の影響で崩れた生態が、その種族が手を引くだけで自然回復するとは限らない。むしろその影響が失われたことで食糧難に陥る種も出てくることだろう。
生けるものはすべて産まれ生じたその時から生態系の一部なのだ。
それは生存のため有機物を摂取する必要のない私や鋼魔であってもそれは変わりない。
半身をきっかけにした私たちの戦いで、戦場には地形が変わるほどの影響が出たところがいくつもある。
ここだって鋼魔が拠点にするまではどうだったのか。
「……っと、すまない。説教臭くなってしまったね」
「そんなことないよ」
人や命が住みよい大地を取り戻し、維持したい。
そんな私自身の考えを伝えたかっただけなのに、これではね。だが仲間たちは首を横に振ってくれる。
「さて、ラヒノスばかりに任せていても悪いし、私も地面をほぐしに行こうかな」
話を切り替えようと、私は鍬を手に少し離れた区画で地面を掘り起こしているガイアベアの所へ向かおうとする。
しかしそこで私とビブリオのブレスレットからコール音が。
「はいはーい、どうかしたの姉ちゃん?」
ライブシンボルを通した呼び出しにビブリオが聞き返せば、ホリィからのメッセージが私たちの間に届けられる。
「マッシュさんからの使者さんが来てね、フェザベラ様の戴冠式兼結婚式と、鋼魔相手の祝勝会の日取りが決まったんだって。その日には是非ライブリンガーたちにも参加してほしいんだって」
そんなおめでたい席へのお誘いとあれば受けないわけにはいかないじゃあないか。




