109:助言と予言
「こんなもので大丈夫、かな?」
ずしんってめちゃくちゃに重そうな岩を立ててライブリンガーとグリフィーヌが確認するのに、ボクは親指を立ててうなずく。
「バッチリ、イイ感じだよー! ゴメンね、疲れてるのにさ」
「気にすることはない。力を振り絞ったのは我々全員なのだからな」
グリフィーヌはそう言ってくれるけれど、ライブリンガーは安定した岩から手を離すなりにクルマに変身してしまう。重さを直接支えてたのはライブリンガーとロルフカリバーなんだもん。マックスになれない今でそれは疲れるよね。ちなみにロルフカリバーも今は黙ってガイアベアのラヒノスに背負われてる。
この岩だって呼び寄せたラヒノスにほとんどひっぱってもらってたんだし。
「さって、ここからしあげるのはボクらの役目だね」
「そうね。お仕事やってもらっちゃった分、バッチリ仕上げないと」
ボクと姉ちゃんは顔を見合わせてそでまくりして、友だちがつかれてるところでこなしてくれた成果に向かう。
「この地の巡りの礎としてあるように、四神は恵みを賜わりますよう、伏して願い奉る……」
姉ちゃんが立てた岩を前にひざまづいてお祈りしながら、水の魔法と光の魔法を浴びせてく
。これはお清めだ。動かす前にも一度清めた
けれど、慰霊碑としてこの地に座してもらうための儀式としての、あらためてのお清めなんだ。
そんな姉ちゃんがお祈りの言葉を唱える中、ボクも岩に火の力を浴びせて、冥の力でがっちりと地面とつなぐ。すると岩を中心に、光が地面に走ってく。広がっては戻ってと波みたいに動くこの光は、力の巡りがスムーズになってる証拠なんだ。
それはつまり、この土地に積もり積もった怨霊もお清めされて、この石を門に落ち着くところに行くってことなんだ。
「……生きとし生けるもの、その営みを巡らせ支える柱としてあることを!」
そして姉ちゃんが祈りの言葉を締めたなら、石碑はその表面に四色に移り変わる光の紋様を刻んで落ち着くんだ。
「これでこの土地にも穏やかで、健やかな営みが戻ってくるんだね」
バッチリ完成した石碑を眺めて、ライブリンガーは立ち上がってた目をゆるく細めてつぶやく。
「そうなんだ! これでしばらくはさっきみたいな怪物にされるまではなくなるハズだよ」
「未熟な私たちだけれど、その辺りはライブリンガーのくれたバースストーンが補ってくれてるから、何年かは持つと思うわ」
「それは良かった。せっかく鋼魔の脅威が去ったんだから、災いなど起きない方がいいからね」
「うむ。戦う力の無いものが刃に刻まれるなど、無い方が良いに決まっているからな」
「でもさ、それって強いの以外とは戦いたくないからってことなんだよね?」
「それはそうだが? しかし、平穏の中に身内や仲間を養える。そんな戦場では活きぬ強さを殺すのはもったいないとも思っているのだぞ?」
結局強さ基準じゃない。
そうは思うけれど、それがグリフィーヌらしさかな。
「いやー。この出来ばえはイエスだねー。助けがあったとしても、これだけの慰霊碑はなかなかできるもんじゃーないよ」
そんなボクらをよそに、黒くて長い髪の女の子は、トムラエ鳥を肩に石碑をペタペタ触ってる。
ニコリともしないし、平らで棒が通ったみたいな話し方だから、ホントにそう思ってるのかなって思っちゃう。
それはとにかく、この子のこともちょっと妙なんだよね。
この辺りは鋼魔の都だったって言ってもいいような場所で、とてもじゃないけどボクと変わらないくらいの女の子が一人で生きてけるようなところじゃない。そもそもが少し前に勇者と魔王のぶつかり合いで噴火があったばかりなんだよ?
それでも綱渡りみたいに生き延びてきたとしたらきれいすぎるよ。髪はお貴族様のみたいにつやつやの真っ黒だし、服もまるで都の仕立て屋さんが作ったばっかりみたい。
見捨てるのはヤだし、イヤな気配とかがあるわけじゃない。けれどなんだか奇妙で落ち着かないんだ。それは姉ちゃんもおんなじ気持ちみたいで、チラッと目を合わせたらどうしたもんか迷ってる風な顔だった。
「でもなーイエスな出来でも放ったらかしじゃあ、たぶん一年ちょっとしか持たないんだよねー。なにせこの辺、最初に鋼魔に滅ぼされた人間たちが埋まってるからね。邪なるモノの目にもまたつきやすいだろうし、そうしたらもっとかな?」
「そんな!? そりゃあんな死者を操るようなのがまた出たらそうだろうけど!?」
「残念だけど冗談じゃないんだな、これが。何人分かを怨念を利用するために使ったらしいけど、それが残った霊魂をずいぶん汚してるし」
不思議な女の子から飛び出した聞き捨てならない言葉は、ボクにも姉ちゃんにもショックだった。ボクらの考えが甘かったのもだけど、それをあっさりと訂正されたのもだ。
「そんなまさか! 冥の精霊よ。お願いだこの地にまだ迷える魂の嘆きを教えて……」
信じたくない思いで調べてみた。けれどこれは女の子の言葉の方が正しいって思い知らされただけだ。
「そんな……これじゃあ何度も慰霊碑の儀式をやり直したりしないと……それにアレがまた出てこないようにみはりもしてないとじゃないか」
「間違いないの、ビブリオ?」
姉ちゃんも信じたくないって感じだけど、ボクだってそうだよ。でも冥の精霊は遠慮なしなくらい正直に様子を伝えてくるんだ。
「いやその年で大したものだよ少年。よく学び、よくよく濃い経験を積んだだけはあるね」
女の子はイエーイって、また平らな感じで軽い声を。
「キミ、いったい……?」
今も魔法を使った感じでもないし、トムラエ鳥まで従わせてる。それに、あの邪悪のかたまりに捕まってた魂が一気に解放されたのだって、この子の一声がきっかけで。
そんな疑問をひとまとめにした質問だったんだけれど、女の子は眉毛をピクリともさせないで、人差し指を口に当ててみせるんだ。
「さて、ね? それよりもこういう場所でこそ、活きる力があるのではないかな? そちらの金属製のグリフォン娘が言うところの戦場では活きぬ力がね」
「そう、そうか!」
質問にはまともに答えてもらえてないけれど、このアドバイスはアリかも。いやそれがいいよ!
「何か思い付いたのかい、ビブリオ?」
「そうだよ、この辺まとめてをライブリンガーがもらっちゃえばいいんだよ!」
「なんと!?」
ボクの思い付きにライブリンガーもグリフィーヌも目をチカチカさせてるけれど、姉ちゃんは納得の顔でうなずいてくれる。
「いいアイデアだわビブリオ。それならこの慰霊碑を中心に、巡りの支えを増やしても行けるもの」
「そうでしょそうでしょ! さっそくこのあたりのいい具合のところに……ってまだちょっとつらいか。ちょっと離れたとこにでも家を作っていこうよ!」
「いやちょっと待ってくれビブリオ。そんな勝手に、話もつけないまま色々と始めては不味いのではないかな?」
「先の戦、我々だけのものではない。人同士、国同士が絡む話になれば面倒くさいものなのだろう?」
勢い込んだボクを気が早すぎやしないかってライブリンガーとグリフィーヌが止めにかかる。それはたしかに二人が言う通りかもしれない。
「そうだね。マッシュ兄ちゃんやフェザベラ様にはお話ししてからのがいいかも」
「ええ。それからの方がいいわね。あのお二人に不義理や迷惑はかけられないもの。事件の報告ついでにその件も伝えておくとして、私たちは見張りにここに残る。そんな感じにするのがいいんじゃないかしら」
「いいね! さっすが姉ちゃんさえてる!」
「先生ならこうするだろうなってなぞっただけだけどね」
ライブリンガーたちの活躍で領地がもらえないなんておかしいんだから、しがらみがないところに先にツバつけちゃった方が良いよね。お貴族様は欲しがったりしないだろうしさ。
「いー感じにまとまったみたいでいいじゃない。でも死の気配は未だに過ぎ去ってはないんだよねー気を付けようね勇者どの」
そんな平らで不安をあおるような声に、ボクらは振り返る。けれどそこには飛び去ってくトムラエ鳥の後ろ姿が見えるだけ。それを肩に乗せてた黒髪の女の子はもうどこにもいなくなってたんだ。




