転生モブ令嬢は、辺境の地で忙しい
辺境では、あまり華やかなパーティーのような催しは好まれない。ご馳走も見た目より量と味が大事で、会場の飾り付けも生花が人気だ。
王都の社交界ならインテリアも豪奢に絵画やら彫像やら飾り立てるところを、辺境の地では清潔なクロスとその日摘み集めたみずみずしい花で飾る。ある意味、こちらの方が贅沢かもしれない。
食材も新鮮で、技法に凝らなくても素材の味で勝負できる。
参加者の衣装なども同様で、派手な流行り物はなくとも上質な品を揃えることができていた。確かに王都で流行っているデザインが伝わってくるには時間がかかるが、外国の流行についてはこちらの方が早いくらい。また、国内各領地の名産物は王都に集積するが、この辺境でも美しい生地やレース、細工物は多い。こうした催しは、数少ない名産品のお披露目を兼ねてもいる。
「お嬢様、お綺麗ですわ」
エリザが感激したように言う。
王都では社交もあるし、マリエルが着飾る機会もそこそこにはあったのだが。領地に帰ってからはそんな機会も無く、そこらの小金持ちの平民の娘と同じ程度の装いだった。何しろ文官としても魔法使いとしても仕事上の制服(的な衣装)はある。
そのマリエルが、久しぶりに気合いを入れて装うと、我ながらなかなかの出来栄えだと思う。もちろんエリザはじめ、祖母から派遣された侍女たちの手腕もあってのことだが。
「ありがとう、綺麗にしてもらったわ。あなたたちも参加するなら、支度に行ってね」
辺境伯の元で働く者は、この土地の有力者の係累がほとんどだ。催しに参加する側も少なくない。
といっても、辺境伯の養女で実の孫であるマリエルが優先されるのはある意味当然ではある。その支度が済めば、それぞれ自分たちの準備をすればよい。それだけの時間の余裕はあった。
「ありがとうございます、マリエル様」
「それでは会場でお会いいたしましょう」
「また後ほど」
口々に言って退出していくと、残ったのはエリザと仕立屋のマダムだけになった。
「エリザ、あなたは準備は?」
「私は参加はしませんよ、今夜はこのまま休ませていただきます。お戻りになられたら、お声かけくださいね」
「うーん、じゃあゆっくり休んでね」
「もちろんですわ」
本音を言えば、マリエルとしてはエリザも参加してほしい。たまには賑やかな催しで、一緒にはしゃいではみたかったのだが。本人がそれを望まず、休養をとってくれるのならそれもまたよし、とは思っている。
「お嬢様もエリザさんも、相変わらずですわね」
その様子に仕立屋のマダムは穏やかに笑う。
「あら、ミランダさんも参加はされませんの?」
「ええ、今回は」
今は仕立屋を経営しているが、元はマリエルの実母の侍女として仕えていた女性だ。もっともその期間はごく短い。
母が死ぬ半年ほど前にやってきて、彼女の死後は他の使用人たちと共に辺境伯の領地にやってきた。『他に行く宛もない』ので、という彼女はこの地にきて数年後、出入りの商人と恋仲になって職を辞した。その後、服飾関係の商売をしていた夫と共に手を広げて自分で衣服を作るようになり、今は領都でも指折りの仕立屋として名を知られている。
元々ミランダは商家の娘だったが、あまり余裕のある家では無かった。一通りの教育を受けた後はどこかへ嫁ぐか働きに出るか。当時のミランダはなかなか色っぽい女性だったので結婚話を持ちかけてくる相手もいたが、かなり年の離れた相手の後妻とか愛人契約とか、まともでない縁談ばかり。権力も財力もない彼女の家が侮られていたということだ。その中でまだマシそうだった子爵家に雇われたものの、同期のルーシーは明らかに『旦那様』と関係があって、それを匂わせてくる。ミランダを雇ったのも、ルーシーとの仲を誤魔化すためだと態度で示されてうんざりしていた。
が、『奥様』が急死して以降はまさに怒涛の勢いで状況が変わり。『旦那様』と愛人のルーシーは明らかに見捨てられたので、ミランダも侍女長に頼んで辺境へ同行させてもらった。辺境の領地は確かに華やかな雰囲気はないが、豊かな土地には余裕が感じられた。王都に未練のないミランダは、辺境伯家の人々にとても感謝しているし、今は領都でも名うての店の主となっても、辺境伯の注文は最優先だ。ミランダにとっては、マリエルもエリザも、こどもの頃から見てきた愛着のある娘、ほとんど親戚のような存在だ。すっかり大人っぽくなって、と成長を喜んで見守る相手。
今回のドレスもそうしてマリエルのために作成した。胡桃色の艷やかな髪はほぼ腰までの長さ、勿忘草色の瞳はぱっちりと、どちらかと言えば幼い印象の『可愛らしい』見た目だが。瞳と合わせた淡いブルーから裾にかけて次第に濃くなる青の生地に、たっぷり襞を寄せて要所要所にレースをあしらう。そのレースも、領内で織られた最高級品だ。生地こそ国外からの輸入だが、この生地を入手できるのも辺境領だからこそ。
髪には生花を飾るのが辺境流で、ほとんどが半日程度しか持たないが、それ故にごく小さな花も領内では一定の需要があり、特に領都の周辺では孤児院の収入源にもなっている。
それを領主の身内であるマリエルが身につけ、催しの場に出るのはその装飾をもっと流行らせよう、という意図もあった。今回は領内でもかなりの範囲から訪れる者がいる。そうした者たちに、食料生産以外の産業にも目を向けさせたいという狙いがあった。
と言っても、辺境領は他の領地に比べると食料自給率は高い。また国外からの輸入も逆に輸出も多く、流通は盛んだ。
だがまだまだ国内での立ち位置は低く見られがちで、他の領地に対して卑屈な態度をとる者もいたりする。
そうした自分たち自身の偏見を払拭するためにも、この辺境領流ながらもにぎやかな宴とすることが必要なのだった。
『それでは、今夜の主役、『荒鷲傭兵団』の皆様をご紹介しましょう!』
催しの会場は領主館のホールだ。王宮のホールには比べるべくもないが、領地では随一の広さを誇る。使用人や領民が心尽くしの装飾をして、料理や酒も十分に用意した。特に主賓が傭兵たちとなれば、腹を満たす大量の料理や酒は必須だ。
もちろんそれらは潤沢に用意されているが、ただ野放図に貪らせるだけでは、辺境を勝手に野蛮と見做す他領を納得させられない。きちんとした形式もあっての祝宴だ。
ホール前方の少し高く作った壇上に、司会進行役とそして彼に呼び出された傭兵団が並ぶ。いずれも歴戦の戦士、と言った様子ではあるが代表として出てきたのはその中ではまだごく若い男だった。
しかし上背もあって体格もそこそこいい(筋骨隆々、と言った他の面々よりは幾分細いが)。
「この度は、報奨金だけでなくこのような席までもうけていただき、ありがたく思う」
よく通る声に、聞いていたマリエルは内心首を傾げた。どこかで聞いたことがある、そんな声のような気がして。
「今回の討伐では、我が傭兵団以上に周辺の住民の皆にも世話になった。大変ありがたいことだ。まして、報奨を受け取るだけでなく賞賛されるとなると、彼らにも何か返せるようにしたい」
堂々とした物言いと声音、自然体ながら一本筋の通った姿勢、よく鍛えられてはいるが筋肉もりもり、というほどでもない体躯。
どこかで確かに見たことがある、というか会話したことさえあるような気がしてきた。
ちょっと距離があって顔立ちはよくわからない、照明の都合で壇上にはかなり光が当たっていて却ってよく見えないのだ。
艶のない金髪、というか藁のような髪と距離があっても傷がわかる頬。しかし端正な雰囲気は伝わる。そして声が。確かにマリエルの知る人のそれだった。
「……レイノルド、様……?」
上背があって鍛えた体幹のおかげか姿勢が良い。藁色の髪は以前より短くなったが、体格はあまり変わっていないようだ。
声は低いが、良く通る。咄嗟の指示を飛ばすのに慣れた声音だ。
実際、今回の討伐においては先頭に立って戦いながら周囲に指示を飛ばした人物だという。結果的に討伐に当たった傭兵団ではほとんど負傷者も出なかった。軽傷はそれなりにいるが、後遺症の出るような怪我はなし、といういわば大成功である。
その功績をもって招待されているわけで、当然マリエルは彼らと歓談を始めた従姉に呼ばれる。
「マリエル、いらっしゃい」
ライラもそれなりに着飾っている。既婚者なので肌の露出は少ないが、上質な生地に精緻な刺繍をふんだんにあしらったドレスもまた、領地内では最高級品だ。
朗らかな笑顔には、領地の文官を率いて兵士たちとも渡り合う普段の迫力は伺えない。
「ライラ従姉様」
「こちらが、今回の討伐の立役者よ。……あなたも面識のある方ね?」
悪戯っぽい笑みは、彼の素性とそしてかつてのマリエルとの関わりを承知しているからなのだろう。どの段階から知っていたのかはわからないが。
「えぇ、存じあげておりますわ。……ご無沙汰しております、シモンズ卿」
「お久しぶりです、マリエル嬢。……しかし私は貴族籍を離れ、家名も手放した身です。どうぞ単なる『レイノルド』とお呼びください」
相変わらず石頭と言えるほど真面目で頭が堅い。苦笑するライラにマリエルも苦笑を返し、彼に向き直る。
「お元気そうで何よりです。この度は、辺境のためになる討伐をなしていただいたこと、感謝いたします」
この場では、傭兵団に対し、感謝を述べるにとどめる。彼らの魔獣討伐によって重要な街道の封鎖が解除されて交易が回復した、それが何より重要な事実であるから。
「お役に立てたのであれば、幸いなことでした」
彼の口調は堅いが、目元は微かに和らいでいる。十分な手入れを受けていた学園在学時代より、身だしなみはだいぶ雑になっているが、当人はむしろ楽しそうかつ生き生きしているようだ。
「本当に感謝しております。…………レイノルド様と皆様は、しばらくは当地に滞在なさいますか?」
「そうなるかと思います。お手間をおかけしますが」
「まあ、そんなことはございませんわ。どうか皆様、十分に英気を養ってくださいませ」
実力のある傭兵団の駐留は、領都を治める領主としても助かることだ。治安が確保されるし、彼らが報奨金を物資や飲食に換えれば、経済にも貢献することになる。
そうした他の領地や町からきた者の購入意欲をそそる品はそれなりに揃えているし、特に傭兵が必要とする武器やその整備をする店もある。珍しい酒や食べ物も取り揃え、下手をすればこの国の王都より豊かなほどだ。
「もし必要でしたら、案内も付けますので気楽にお声かけくださいね。ええ、是非とも」
「ライラ従姉様……」
ずいぶん張り切って割り込んでくるライラに、マリエルは苦笑を隠せないが。レイノルドは至って真面目な顔で頷いた。
「お気遣いに感謝します。機会があればお願いするやもしれません」
「ええ、もちろん!」




