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勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた。  作者: はらくろ
第4部 エンズガルドの向こう側。

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155/209

第155話 まだまだ、もっと引きつけて。

 セントレナの背に乗せてもらってるから、湖面の音が聞こえるわけがないんだ。おまけに俺だけ何も見えない状態。


「あっちも明かりは使ってないの?」

「だねい」


 エンズガルド(こちら)側とウェアエルズ(あちら)側に明かりは見えても、どんなに目を凝らそうが真下には何も見えないんだ。でも船の上にいるはずな獣人さんの嗅覚があれば、明かりは必要ないのかも。

 その証拠に、風下なエンズガルド(こちら)は匂いの面でも後手に回ってるって、ジャムさんが言ってた。でももしかしたらまだ、こちら側はウェアエルズ側の匂いに気づけていないのかもしれないな。


「『匂ったら負け』とか無理ゲーだよな」

「うまい。座布団1枚あげちゃうよ、兄さん」

「大喜利かいな」

「あはは」

「さておき。こっちの船は気づいてないっぽいの?」

「そうだねー。回避行動とってる感じはないかな?」

「まじかー。風下ってそこまで不利になるもんなのかー」


 かなり上空にいるからか、俺たちの声はおそらくあちらにも届いていない。もちろん、匂いもね。それはジャムさんに確認してもらった。ある一定の高さだと匂いは届かないらしいんだよね。


「あと100」

「まじか」

「あと80」

「はやっ、……ってあれ?」

「うん。いくら兄さんでも気づいた?」

「そりゃわかるわ。それだけの距離になったら、風下でも匂いわかるっしょ?」

「そのはず。絶対おかしいよ」

「はい、ご主人様。確かにエンズガルド側は全く動きが――」

「あ、ロザリエールさん」

「はい、なんでしょう? 麻夜さん」

「兄さんも」

「どした?」

「ほらあれ。船がぶつかった。あ、人が乗り移ってくよ」

「まじか」

「はい。間違いありません。どういたしましょう? ご主人様」

「そうだな、とりあえずは――」

「ちょっとまって、あれなに? 虎さんたちのステ、状態異常になってるよ?」

「へ?」

「えっと、なになに?」


 麻夜ちゃんは鑑定で冒険者さんたちの何かを覗いてるみたい。


「……強いアルコール、マタタビラクトン? あれ? なんだっけ? どっかで読んだ覚えがあるんだけど?」

「それってそのまんま、マタタビじゃないか?」

「あそっか、……あれ? 虎さんって、マタタビ弱いのん?」

「うん。何かの動画で虎が猫状態になってるの見たことがある――ってそれどころじゃない。ロザリエールさん魔法魔法、あれ全部眠らせてくれる?」

「はい。かしこまりました」


 ロザリエールさんが行使した眠りの魔法は、音もなく効果が出てるはず。


「うっは。お見事だねぃ。すっぽり船ごと真っ黒なマリモが包んでるみたいに」

「俺には見えないんだけどね」

『くぅ』

『ぐぅ』

「そんな、二人とも(なぐさ)めはいらないから……」

「ご主人様――いえ、タツマ様」

「いいって。俺たちしかいないんだから」

「ありがとうございます。もう、大丈夫かと思われます」

「そっか。セントレナ、お願いできる?」

『くぅ』

「アレシヲンたん。こっちもお願いねん」

『ぐぅっ』


 俺たちは上空から降りていって、船に乗り移った。明かりはつけてないけど、俺にも闇属性の魔法で暗視のバフがもらえてる。よく見えるわこれ、凄すぎる。


「えっと。『デトキシ(解毒)』。これでいけるか?」

「うん。状態異常は消えたよん」

「じゃ、回復お願いね」

「経験値うまー」


 ここにきても、簡単な治療は麻夜ちゃんの担当。なにせ経験値が必要なのは彼女のほうだからさ。


「ご主人様。此奴(こやつ)らはどういたしましょう?」


 言葉遣いは丁寧だけど、此奴って完全に外敵扱いだね。俺が麻夜ちゃんに言った『っちゃだめ』の意味を汲んでくれてるみたいで、始末する前に確認してくれるから助かるよ。

 ま、暴れるようなら始末してもいいんだけどね。あとでいくらでもどうにでもなるから。よかったね、眠らされてて。運がいいよ、君たちは。


「とりあえず縛ってうつ伏せに転がしておいてくれるかな? もちろん目隠しは必須ね」

「かしこまりました、ご主人様」


 手早くうつ伏せにして適当に目隠し、後ろ手に縛って終わり。うーわ、まるで荷物扱いだよ。実に手際がいいこといいこと。

 ある程度処置が終わって、麻夜ちゃんもロザリエールさんもどうすればいいか迷った感じ。俺も実際、こんなオチになるとは予想してなかったから。二人ともじっと俺を見てるし……。


「さて、それじゃさ」

「うん」

「はい」

「ロザリエールさんは状況の変化に対応してもらうためにここに残ってもらうことにしよう」

「ロザリエールさんが残るってことはあれだ。麻夜は大きいお母さんとこにいけばいいわけね?」


 麻夜ちゃんはプライヴィア母さんのことを『大きいお母さん』。ダンナ母さんのことを『小さいお母さん』って呼んでるんだ。本人の前じゃ呼ばないけどね。ちゃんと『お母さん』、『ダンナお母さん』って呼んでる。


「そだね。スマホあるからさ、直接指示を仰ぎたいわけだ」

「りょっかい。いってきます」

「暗闇になるけどさ、アレシヲンに任せたら大丈夫だから」

「だいじょうぶよん。麻夜、アレシヲンたん信じてるから」

『ぐうっ』

「気をつけてくださいね?」

「はい。ご心配ありがとうございます」

「俺とロザリエールさんとであたりが違わないかい?」

「だって兄さんだもん」

「はいはい。じゃ、頼んだよ。麻夜ちゃん。アレシヲン」

「うんっ」

『ぐぅっ』


 わずかな音を残して飛び立つアレシヲン。俺にはまだロザリエールさんの暗視バフがあるから、麻夜ちゃんとアレシヲンの姿がよく見えるんだ。


「皆さんを起こさなくてもよろしいのですか?」

「母さんの指示があるまで、このままでいいと思うよ。状態異常は治したからね」


 漁師さんも冒険者さんも、ロザリエールさんの眠りの魔法に巻き込まれて寝てるだけだし。ウェアエルズから新たに敵さんが来なければ慌てることもないと思うんだ。


「セントレナ。何か来る?」

『くぅ?』


 今のところ大丈夫っぽいね。


「おっけ。そのまま見張っててね」

『くぅ』


 さて、とりあえず一段落でいいかもだね。


「ところでご主人様」

「なんでしょ?」

「この男たちの服装ですが」

「うん。結構しっかりした格好だよね」


 荒事をするような、盗賊という感じじゃないんだよ。もちろん、漁師でもない。どちらかというと、どこぞの役人みたいな服装なんだ。外套の下は襟のある上着だし……。

 エンズガルドの漁師さんも冒険者さんも、目立たない黒っぽい作業着に似た感じ。けれどこウェアエルズ側(この)人らは白とかカーキっぽいとか。隠密にはあり得ない色だもんな。ロザリエールさんも不思議に思って仕方ないと思うよ。



お読みいただきありがとうございます。

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