第48話 準備完了、さて、三人を呼ぶとしよう
屋敷に戻ると、厨房には頼んだ物が置かれていた。
僕達はエプロンを着けて、調理に入る。
「さて、久しぶりに作るか」
「子豚、料理の経験はあるの?」
「はい、向こうの世界に居た時から簡単な物をよく作ってました」
主に、マイちゃんがおばさんが居ない時に、お腹が空いたからなんか作ってというので、良く作らされました。また、その食べる量が凄くて、一人で十人前の料理をぺろりと平らげるのだ。
偶に雑誌のインタビューなどで、そのスタイルはどうやってキープしているのですかと書かれている記事にこう書かれていた。
『普段から、野菜中心の食生活で食べる肉はササミだけです。後、運動を良くしています』
その記事を読んで、内心嘘はいけないなと思った。
僕が作る料理も、おばさんが作る料理も肉が中心だ。
本人曰く、肉を食べないと力が出ないらしい。
(よくあれだけの量を胃に入れられるよね。加えて、太らないから不思議だ)
おっと、今はマイちゃんの事よりも、料理に集中しないと。
マズするのは、ミルクから生クリームを作る事だ。
この世界では、生クリームの作り方はないようだ。ミルクを煮詰めて作った物を、クリームと呼ぶぐらいだ。
僕も昔は牛乳から生クリームを出来ると知って色々と研究したものだ。
結果、牛乳を一晩常温で置きっぱなしたら、生クリームが出来るという話があるが、あれは脂肪が多い牛乳じゃないと出来ないと分かった。
次に、牛乳をかき混ぜ続けたら生クリームが出来る、というのは嘘だ。掻き混ぜる事で牛乳の中に含まれている脂肪がバラバラになって固まらない。
牛乳から生クリームを作るには遠心分離機を使うしかないと、小学生の頃にその考えに達した。
侯爵に僕は遠心分離機を作るように頼んだ。
魔石を使えば自動で回せるかもしれないが、今回は実験も兼ねて手動で回せる物にした。
で、出来たのは、形で言えばサラダの水を切る事が出来るサラダスピナーに似ている。
その箱の、上の方と下の方にはノズルが二つ付いている。
上のボタンを押すと、中が回転するのだ。
「子豚、これはなに?」
「今、何をする為の物か見せますから」
僕はミルクをその機械の中に入れて、蓋を閉める。
そして、ボタンを押すと、中の部分が回りだした。その後も何回もボタンを押す。
遠心分離機の原理は、液体と個体を分けるものだ。
回す事で牛乳の脂肪が少しずつ固まり、生クリームとなる。
何回か回したら、今度は回転が止まるのを待った。そしてノズルの口の下にボウルを置いて、口を閉めている蓋を取る。
すると、二つのノズルから生クリームと生乳がそれぞれ出て来た。
僕は試しに生クリームをスプーンで掬ってみた。
スプーンが触れた瞬間、とろりとした感触がスプーン越しで分かった。
持ち上げてみたら、白い糸が後を引くようなとろみがあった。
この生クリームは泡立てただけで、綿あめのようなフワフワな生クリームが出来るだろう。
「よし、これで生クリームは出来た」
「子豚、この白くて粘りがあってスライムのような液体は何?」
「これは生クリームですよ」
「なまくりーむ? クリームだったら、ミルクを煮詰めてトロミが出来たものでしょう?」
「これは火を通してないのに、トロミがあるので生クリームと言うのです」
「・・・・・・確かに、火を通してないから生ね。ミルクからこんなのが出来るなんて、この目で見ても信じられないわ」
「じゃあ、もっと驚く物を見せてあげますよ」
生クリームが入ったボウルを、氷水をいれた大きなボウルの中に入れて、作ってもらった泡だて器で軽く混ぜる。
少し混ぜたら固くなってきた。この世界の生クリームは凄いな。市販で売られている物では、こんなに早く固くならないぞ。
少し固くなってきたので、僕は砂糖を少し入れる。
ちなみに、この世界では普通に黒砂糖と白砂糖がある。
少しだけ入れたのは、砂糖が溶けないのを防止する為だ。
一度に大量に入れると、偶に溶けきらないで残る事がある。その際、砂糖のジャリジャリした食感が口に残るので、注意だ。
砂糖が溶けたら、また少し砂糖を入れて混ぜる。溶けたら砂糖を入れて混ぜる。のを、計った砂糖が無くなるまで続けた。
「・・・・・・ふぅ、これで完成だ」
泡だて器を持ち上げると、八分立ての生クリームが出来た。
隣にいるエリザさんが味見したそうに、僕の手元、正確に言えば泡立て器についたクリームを見ている。
僕が泡立て器を持った手を動かすと、エリザさんの目をそれに合わせて動く。
面白いので、僕はしばらく手を動かして、エリザさんの反応を楽しんだ。
「コホン、お嬢様、そのなまくりーむとやらの味見をしたらいかがですか?」
「はっ、そうだったわ。子豚、食べ物で遊ぶなんて不謹慎よ!」
すいません。見てて面白かったので、つい。
僕は泡立て器をエリザさんの顔まで近づけた。
エリザさんは泡立て器についたクリームを指で掬って、口に入れた。
「っっっっ⁉」
生クリームを口に入れた瞬間、驚愕の表情を浮かべた。
「なに、これ? こんなにフワフワしているのに、絹の様に滑らかな感触、濃厚だけど甘くて美味しいわ。どれだけ食べても、飽きない味だわ。これはっ」
エリザさんは頬を上気させながらコメントする。
そのコメント聞いて、傍にいる使用人の人達も指で掬って舐めた。
「「っっっっっ⁉」」
生クリームのそのフワフワした食感と甘みに驚いている。
「こ、こんなものが、この世に存在するなんて」
「わたしこんな食べ物、初めて食べたわ」
凄い驚いてるな。まぁ、遠心分離機がなかったら生クリームなんて出来ないから、当然か。
驚いているエリザさんを尻目に、僕は次の工程に移る。
牛肉の一塊を見る。
大きさは僕がエリザさんに伝えた。大まかな大きさ通りだ。
見た感じ、サシは殆ど入ってない赤身の肉だ。
まぁ、日本みたいにサシが入った肉は無いのは当然か。
あれは、品種改良と脂肪がつくように飼育したから、あのような肉になったのだ。
この世界では、品種改良なんてしていないだろう。
何年か前に家族で海外旅行して知ったが、日本の牛肉は外国の人には好き嫌いがあるらしい。
聞いた所によると、肉の中に脂肪が入っていたら不健康で美味しいのか分からない、脂身の味しかしないと言う人が結構多いそうだ。
僕は日本の牛肉も外国の肉もそれぞれの特徴があって美味しいと思う。
と、また考え事をしていたな。
今はこの牛肉の下ごしらえをしないと。
と言っても、するのは至って簡単だ。
牛肉に塩と胡椒を振り、十分に擦りつけて、切った人参みたいな物と玉ねぎみたいな物と牛肉に相性が良いハーブをオイルの中に入れる。そのオイルは、とある果実のタネを絞った油だそうだ。
それを聞いて僕は、ブドウの種を絞った油の、グレープシードオイルに似た物だと思った。
野菜を入れたオイルに、肉を入れる。肉の上に玉ねぎみたいな物をどっさりとかける。
「後は偶に裏返して、数日間漬け込むだけだから、今日はこれで終わり」
「えっ、もう終わり⁉」
「はい。下ごしらえは終わりで、後は当日に作れば問題ありません」
「意外に早く終わったわね」
「下ごしらえだけですから、直ぐに終わりますよ」
その後は、エリザさんが他に何が出来るのかと聞いてきたので、僕はマヨネーズの作り方と生クリームを取った後に出た脱脂乳を使ってアイスクリームの作り方を教えた。
皆、マヨネーズとアイスクリームの食べて悶えていた。
準備は完了したし、侯爵が帰って来たら、三人をこの屋敷に呼んでくるように頼むとするか。
侯爵に三人を呼んでも良いですかと聞いたら、好きに使っても構わないと言われた。
なんだったら、わたしが連れてこよう。と言うので、頼んだ。
そして侯爵が三人を今日の正午ぐらいに、屋敷に連れて来ると言うので、僕はその時間に間に合う様に料理を作る。
丁度、オーブンに入れていた牛肉に火が通った頃だ。
オーブンから肉を出して、竹串を刺して肉の中心部分の温度を計る。
「・・・・・・・・よし、中まで火が通ったな」
竹串を刺した所から、透明な肉汁がピュッと噴き出す。
これは中まで完全に火が通った証拠だ。
常温でそのまま放置する。そうする事で肉汁が中に閉じ込めるのだ。
「えっと、プリンとケーキはもう出来てるし、肉の方は今できたから、後は来るのを待つだけか」
肉に掛けるソースの方も出来ている。
エリザさんの作ったあの調味料『名前はまだ無い』を使ったソースだ。
どうやって作ったのかと訊いたら、ブラッグビーンズと言われる黒い豆を煮て、絞ると液体が出るのでその液体を湯煎したら出来たらしい。
煮た豆を食べたが、その味は大豆に良く似ていた。
「子豚、肉をこのままにして置いていいの?」
「はい、少し置いておくと肉汁が安定するので、そのままにしておいてください」
「分かったわ」
いやぁ、エリザさんに手伝ってもらって助かる。
一人で全部作るのはちょっと大変だったから、手伝ってくれて嬉しいな。
準備が全て完了した所で、使用人の人が厨房に来た。
「お客様方を乗せた馬車が参りました」
「分かりました、今お迎えにいきます」
「わたくしも行きますわ」
僕とエリザさんはエプロンを脱いで、玄関に向かう。
玄関に着くと、馬車が中に入り玄関の前で停まっていた。
御者の人が馬車の扉を開けると、まずは侯爵が降りて来た。
「イノータ殿、言われた通りに連れてまいりましたぞ」
そう言われて、馬車を見ると台を置かれ、その台を踏んでまず降りて来たのは、ユエだった。
「久しぶりだな。ノブ、元気そうだな」
「うん、ユエも元気そうで何よりだよ」
ユエは笑顔を浮かべながら、挨拶する。
普段と変わらない様子に内心首を傾げる。
次に降りて来たのは、マイちゃんだった。
「ノッ君、久しぶり、元気だった? 怪我とかしなかった? 酷い目にあわなかった?」
マイちゃんは僕の身体に異常がないか触れて確かめながら、話す間も与えないくらいのマシンガントークで話し掛けられ、僕は何も言えなかった。
「う、うん、大丈夫だよ」
いつものマイちゃんだ。見ていて安心する。
次に降りて来たのは、椎名さんだった。僕を見て笑顔を浮かべる。
「久しぶりだね。猪田君」
「うん、久しぶり、椎名さん」
「魔法の制御はどう? 上達した?」
「まぁ、それなりかな、皆の所に戻るのは、もう少し先かな」
「そう、ところで、ここで魔法制御の特訓をしてるの?」
「そうだよ。エリザさんが付きっきりで、僕の特訓を監督しているんだ」
僕は振り返り、エリザさんを紹介しようとしたら、不意に寒気を感じた。
顔を前に戻すと、笑顔を浮かべる三人が居る。
(今、何で寒気を感じたのだろう?)
突然、寒気を感じたので、僕は首を傾げた。
「子豚、こんな所でお客様を待たせては駄目じゃない。鈍感なんだから、早く屋敷に通しなさいよ」
「ああ、そうですね。皆、屋敷に入ろう。美味しい物を用意したから」
「やった! 約束通り色々作ってくれたんだ。ありがとう」
「マイだけではなく、わたし達も呼ばれたと言う事は、わたし達も相伴に与っても良いのか?」
「勿論、その為に呼んだのだから」
「じゃあ、猪田君のお言葉に甘えさせてもらいます」
「どうぞ。まぁ、僕の屋敷じゃないから、こんな事を言うのは変か。ははは」
「別に気にしなくても良いわよ。仔豚、いずれはそんな事を言えるようになるだろうから」
ふむ、成程。つまり、戦争に活躍したら、これぐらいの屋敷は貰えると言う事かな?
でも、出世とか興味ないから、こんなに大きい屋敷を貰わなくてもいいのだけど。
「誰か、子豚とその御客人方を、客室に案内なさい」
「かしこまりました。お嬢様」
使用人の人がそう言って、僕達を案内してくれた。
その案内に従いながら、僕は内心首を傾げる。
(おかしいな。聞いていた話とえらく違うぞ?)
話しを聞いた限りでは、周りに殺気をばらまく危険人物みたいに言っていたけど、会ってみると普段と同じだ。
話の食い違いに、僕は頭を傾げる。




