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もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?  作者: 冬馬亮


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11/12

待ってるときに限って来ない



観劇で向かったのは、王国で最も豪奢な作りの王立劇場。


演目は今王都で一番話題だという悲恋もので、たいそうな人気らしく、エリーゼとオズワルドが席に座った時には、広い場内はほぼ満席になっていた。


役者たちの演技は素晴らしかった。


何より、観劇中はオズワルドから話しかけられないのがいい。


劇の内容は大いに客の涙を誘うもので、エリーゼも大泣きした。



ヒロインには親が決めた婚約者がいて、けれどその婚約者はヒロインを大事にしなかった。


ヒロインの屋敷で働く庭師の青年は、そんなヒロインの心を慰めたくて、庭を美しい花で一杯にする。

せめて庭を眺めている間は笑顔でいてほしいと思ったからだ。


けれど、ヒロインを大事にしないくせに独占欲だけは人一倍の婚約者は、ヒロインが嬉しそうに庭の花を眺めるのすら許せない。

それである日、言いがかりをつけて庭師の青年が屋敷から追い出されるように仕向けるのだ。


悪い評判を立てられ、辞めさせられた青年を新しく雇う貴族の家はなく、青年は町の花屋の下働きになる。


だが、容姿の整った青年に劣情を抱いた花屋の店主の妻が、しきりに青年に言い寄るようになった。

青年は当然断った。だが、店主の妻は逆恨みして、青年が自分に言い寄ったと無実の罪を着せた。そうして彼はまたしても追い出されてしまう。


一方、婚約者と結婚したヒロインは、自分のせいで庭師の青年が追い出されてしまったと自身を責めていた。

夫からの言葉の暴力と相まって、ヒロインは心をどんどんすり減らしていく。


笑顔は消え、食事もろくに取れなくなって痩せ細り、やがて床に伏せるまでになる。


ここに来てようやく焦り始めた夫は、妻の心を慰めようと色々な事を試すが、ヒロインはそれらをことごとく拒否する。


『わたくしが笑えば、それを用意した者が追い出されてしまうから』


だから自分はもう笑わないし泣きもしない。ただ人形として生きるのだと言うヒロインに、夫は跪いて許しを乞う。


愛してた、他に目を向けさせたくなかった、自分だけのものにしたかった、と激白する夫にヒロインは言う。


『望み通りになったではないですか。わたくしはもう誰を見ることもありません。これで満足ですか?』


夫は贖罪として、追い出した庭師の青年の行方を探し始めるが、(よう)として分からないまま月日が流れる。


そんなある日、夫は商用で出かけた先であるものを見た。

戻って来た夫は、止める使用人たちを振り切って妻を馬車に乗せる。


着いた先は、店や家が途切れた街道のど真ん中。

一本の大きな道だけが、ただただ真っ直ぐに伸びる平原だった。

けれど一箇所だけ、そう、ほんの小さな一画だけ、鮮やかに彩られた場所があったのだ。


『あの色、あの花は・・・』


ヒロインの呟きが風に乗る。


かつて屋敷に咲いていたのと同じ花々だった。けれど、それらは自然に咲くような花ではなかった。

屋敷の庭で咲いていた花の全てがそこにあった訳ではないけれど、ヒロインが特に好んだ花ばかりが、選び抜いたようにそこで咲いていた。


『この花は誰が・・・』


妻の問いに、夫は答えない。答えられない。

これ以上嫌われるのが怖くて、言えないのだ。


これらの花を大切に育てていた男は、ひと月前に行き倒れて亡くなっているなんて。


『オレが間違っていたんだ』


夫の懺悔と独白の後に幕が下りた。





場内に明かりがついた時には、かなりの数の客がぐすぐすと泣いていた。エリーゼもその一人だった。



「泣くなよ。よけいひどい顔になるぞ」



オズワルドから無神経なひと言をかけられたが、それにいちいち落ち込まず無視できるくらいには、エリーゼの自己肯定感は上がり始めていた。



「それにしても、今日は随分と派手な格好だな」



観劇用に華やかなドレスを着たエリーゼを見て、オズワルドが眉を顰めながら言った。



「私の事がお気に召さないなら、いつでも婚約解消を了承しますけど」


「っ、そういう話じゃないだろう。お前はまだ拗ねてるのか?」


「拗ねるとはどういう事でしょう。それこそ、そういう話ではなかったと思いますが」


「ではヤキモチか、ヤキモチなんだな。まったく仕方のない奴だ。今日はキャナリーは来ていないだろう?」


「ええ、いらしてないみたいで残念です」



実は、エリーゼは内心でキャナリーの登場を密かに期待していたので、これは本心からの言葉であった。


だが、オズワルドには謎のフィルターがかかっているらしく、「まったく可愛げのない反応ばかりして」とぶつぶつ言いながらニヤついていた。



「大体あんなくだらない内容の劇でよく泣けるな。妻と庭師の浮気を美化しただけの低俗な話じゃないか」


「あれのどこが浮気なんですか。ヒロインも庭師も一度も気持ちを口にしなかったし、行動だってきちんと弁えて、適切な距離を取ってましたわ」


「夫が浮気と思ったら浮気なんだよ」



オズワルドの暴論に、エリーゼは呆れて口を噤んだ。


せっかくの話題の劇も、オズワルドと一緒だと感動も半減だ。しかも期待のキャナリーは現れなかった。


これでは本当にただのデートでしかない。



(・・・このまま、ただオズワルドのやらかしを待つだけで大丈夫なのかしら)



一抹の不安を覚えるが、エリーゼの性格では、せいぜい『頑張って生意気な態度を取り続けて、もっとオズワルドに嫌われる』くらいの作戦しか思いつかない。



(あんなに後継者の教育を頑張ったのに、こういう時の打開策も思いつかないなんて情けないわ)



もしオズワルドのこれ以上のやらかしがなかったら、ルネスがしてくれているという調査に望みを託すしかないのだろうか。


本当に自分はこれ以上、何もできないのだろうか。



そんな焦りを抱くエリーゼをよそに、その日の観劇デートは何事もなく終わってしまった。



―――と思っていたのが。



実際には全く違っていた事を、エリーゼは噂が出回りきったひと月ほど後に知る事になる。









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