第96話 覇王最後の戦い
なんというかもう。流石すぎた。
僕、上杉謙信、高杉晋作の3人を相手にして一歩も引かないなんて。
虎牢関で劉備・関羽・張飛を一手に引き受けた呂布と同等……いや、相手は覇王・項羽だ。劉備三兄弟より劣る(謙信はまだしも、僕は当然のこと高杉さんは個人の武技で戦うタイプじゃない以上、個の武力でははるかに劣る)僕らじゃ呂布と同等以上の武を持つ項羽に圧倒されても不思議じゃない。
とはいえここまでお膳立てされた状況。項羽を倒すのに、ここを逃したら二度とそんな好機はありえないだろう。
なんとしてでもここで倒す。
だがそれは困難を極めるようなものだった。
3人同時にかかってもあしらわれ、時間差により隙をついても順番に対処される。
さらには兵が10人でかかろうとも、
「この愚かものがっ! たかが10人で俺を殺せるかッ!」
といって槍で10人を一斉に叩き落した。
ひょっとしたら味方の1千が項羽1人に壊滅させられるんじゃないかと、本気で思ってしまった。
「おいおい、聞きしに勝るだな、あれは……」
「高杉さん」
深刻な顔つきで高杉さんがこちらに寄って来た。
今、項羽は謙信との一騎討ちに臨んでいる。
「イリス、これ以上は被害が大きくなる。退いた方がいいと思うけどな」
「いや、ここで討てなきゃ二度と好機は訪れない。なんとかしないと……」
「でもどうやって? こうもなったら僕も奇兵隊も、あんまあてにしてくれるな。もう物量や射撃による戦いは過ぎた」
その時、少し何かを感じた。
「高杉さん、その奇兵隊ってスキル。どういうの?」
「ん? ああ。奇兵隊ってのは俺が長州で暇を持て余して作った組織でな。あの頭の硬い俗論派を叩き潰すために藩士以外から広く募って――」
「いや、そこはいいから! 高杉さん自身のスキルの話!」
「ん、そうか。まぁとりあえず何人かの兵を呼び出す、みたいな力だな。命のない、僕の命令に忠実な兵だ。抜刀隊20に、鉄砲隊10くらいの小規模だが」
「それだ!」
高速で頭が回転し、それをどう活用するかの方法。それを瞬時に叩きだした。
そして作戦を簡潔に伝えると、高杉さんは素っ頓狂な声を出した。
「んな無茶な!?」
「でもやるしかない! じゃないと皆死ぬ!」
「……っ! イリス、無事でいろよ!」
「そっちこそタイミングミスらないで!」
言いながら僕は高杉さんと離れて、謙信と項羽の一騎討ちに向かう。
さすがに軍神といえど、武技のレベルでは項羽に到底及ばない。それでもなんとかしのげているのは、その俊敏さゆえか。
そこに割り込む。
「助太刀!」
「イリスか!」
「小娘が!」
なるだけ前後になるように、
策は単純。
敵は覇王にして古代中国最強の武将。
まともにやっては勝てない。そしてまともにやらず、伏兵で嵌めても勝ててはいない。
ならもっとまともじゃないことをやる。
「謙信さん、タイミング――瞬間を合わせて!」
「っ! 分かった!」
「はっは! 何を企むか知らんが、ここまでだな!」
くっ、マジで項羽の圧は半端ない。どこか吹っ切れた様子で先ほどよりも動きにキレがある。
敵わない。
さっきは3人がかりで互角だった。今は2人。敵うわけがない。
それでも、だ。
それでもチャンスは――
「ぐっ!!」
「謙信さん!」
叫び、落馬した謙信を見る。それが致命的。
「あ……」
「面白かったぞ。そろそろ死ね」
目の前に項羽。槍を振り上げ、そのまま貫こうとする構え。
避けられない。圧倒的な死が目の前にある。
迂闊。けど迂闊がゆえのチャンス。見極めろ。ここが今夜の分水嶺だ。
項羽の姿。それを極致でなく俯瞰でとらえる。その堂々たる体躯。その筋肉。その動き。動いた。察知した。軍神の勘。動く。体をねじるように。馬から落ちるギリギリのところで大きく回避運動を取る。
痛みが走った。
左胸。
心臓。
いや、皮一枚……ちょい。痛い。血が出ている。
けど致命傷じゃない。即死じゃない。
槍。左胸のやや下。そこを1センチほど切り裂く。貫いてはいない。だからそれを思いきり脇で抑えた。さらにそのまま両手で槍を掴む。
「なに?」
項羽が眉を顰める。
一撃でやれなかったのと、僕のこの行動が奇異に映ったからだろう。
けどここだ。
こうして押さえつけないと何にもならない。
「今っ!!」
叫ぶ。
同時に、落馬ギリギリをさらにギリギリまで体を地面に落とす。
1つは項羽の動きを制限するため。
小柄な体でも40キロはある重りを槍の先にぶらさげるようなものだ。さすがの項羽もすぐには動けない。
そしてもう1つは。
味方の攻撃から身を守るため。
「撃てぇ!!」
原野にほとばしる銃声。
それは獣のように、風を切り、音を裂き、一直線に覇王のもとに殺到する。
それは永遠にも思える時間。
けど物理法則を考えれば、1秒にも満たない時間だったのだろう。
ただ飛来する銃弾。
それをはっきりと目に捉えた。そう思った。
そしてその銃弾は――
「っ!!」
覇王項羽の胸を貫いた。




