挿話67 新島八重(クース国砲術師範)
「なにしてるの、あんたたち!」
不意に少女の声がした。
天からぽとんと落ちたような、よく響く声。
見れば男たちの背後に少女がいた。
彼女が着ているのは巫女のような、白絹の服。そういえばそんな服を、この軍の首脳陣と面通ししたときに見た気がする。
「ん……? あ、ツル様!」
「そ、鶴姫よ! あんたたち、うちの兵じゃないわね。で、この娘に何をしようとしてるの」
「あ、いや、それは……その……」
「いい? この娘は重要なお客なんだからね! 傷つけたら、土方のお兄さんからいっぱい怒られるわよ!」
「うっ……、す、すみませんでした!!」
情けない悲鳴をあげて、兵たちが逃げ去っていく。
それを憤然として見送った鶴という子は、こちらに振り向くと笑顔で、
「大丈夫?」
「あ、はい……」
「ふぅ。まったく。男ってこういう時もこうなんだから」
「はぁ……」
「あ、そうそう! 自己紹介してなかったわね! 私は鶴。大祝の鶴よ」
大祝? 確かそれって日本の神職とかだっけ?
「えと、確か八重ちゃん、だったよね! よろしくね!」
「はぁ……」
「うふふ、嬉しいわ! またステキな女の子とお知り合いになれたんだもの! ねぇ、友達になってくださらない?」
「はぁ……」
さっきからこの娘に圧されっぱなし。河井殿のガトリング砲のように、間断なく言葉が発せられ、おらはなんと答えていいのか分からず同じ言葉を繰り返すだけだ。
「あの、それよりこの状況。大丈夫?」
「あ、いっけなーい! そうそう! ここは危険だから移動しないとね」
「え、それだけ……?」
「そうよ。だって大切なお客様だもの。ちゃんと国に帰るまで守ってあげなきゃってイリスがね」
「イリス……」
「そうよ。あなたのことをかばってた、あの金色の髪の子」
ああ、あの子。イリスというのか。
なんとも不思議な感じをした少女だった。
確かに彼女はかばってくれた。
そして、戦ってくれた。
なんの得にもならないはずなのに。敵の内輪もめなんて、介入しても意味なんてないのに。おらの願いを聞き入れてくれた。
「……」
「どうしたの? 早く行きましょう?」
迷いは、振り切った。
「おら……私も戦わせてくれ。突然言われても困ると思うけど」
「…………」
ジッと見てくる。瞳を。いや、その裏にある、私自身を。
「そうよね、敵だった私を……」
「いいわ」
「いい、の?」
「うん! だってあなた、とてもいいひとだもの!」
「え、でもおら、私は……」
「そうよ? あなた以外に誰がいるの?」
「いや、それは……」
「じゃあ行きましょう! 皆を助けないと! あの力でなんでも言うことを聞くと思い上がってる大国を、ぼっこぼこのぎったぎたにしてやらないと」
大内? なにかあったのだろうか。
それでもこうして共にいてくれることを臨む。それがなんとも心豊かになるというか。なんだろう、この感覚。悪くない、かな。
外は戦乱の真っただ中だった。
人々が叫び走り回るのは、何かの祭りかのように見えてしまう。
けど違う。殺し合いをしているんだ。
会津のお城。そこで起きたあの戦い。それと同じものがここで繰り広げられている。
そこかしこにこと切れた人間だったものが転がり、沸き上がる血の臭いと炎による焦げ臭さが鼻を打つ。
「行こう、あそこに皆がいる!」
「おらが道を切り開く! 会津魂、百花繚乱!」
両手に銃が現れる。それを握る。この世界に来て、いや、前の世界でも何度と手にしてきた感触。それを再び使う。
もうないと思っていた。新しい居場所。そこが鶴となら切り開ける。そう思ったから。
「八重ちゃん、味方は――」
「わがってる! あんゼドラは敵!」
走りながら両手で銃を操る。狙いは正確。1射で1人を確実に撃ち抜く。コッキングの必要はない。そういう銃だと理解している。弾込めも不要。使いやすい。これが会津の時にあれば……何度そう思ったか。
「すっごーい! 八重ちゃん!」
後ろで鶴が喚声を上げる。そうやって褒めてくれる人ももういなくなった。だから頑張れる。再びそういう関係を手にすることができると思うから。
乱戦の中を突破して、200人くらいの集団のところにたどり着く。彼らはおらのことを見てギョッとして、その後ろに続く鶴を見てホッとしたらしい。
「あ、姫! お帰りで!」
「うん! ここからゴサ軍の力、見せるよ!」
「はっ!」
なるほど。彼らが部下なんか。皆に慕われる人。なんだかとても羨ましい。
それからの戦いは一方的だった。
奇襲を受けたらしい連合軍だったが、なんとか持ち直したよう。敵の数が少なかったのもあるみたいで、そうなればところどころで敵を駆逐しはじめた。
鶴も、陣頭に立って敵を追い立てていく。いや、陣頭に立たないよう部下たちが代わりに前に出ようとして、それをさらに前に出ようとする鶴を部下たちが追いこすという、喜劇みたいな格好になっていたけどそれがものすごい突破力を有して敵の集団を粉砕していた。
自分はその残敵掃討というくらいしかやることはなく、とはいえ彼女たちから離れれば連合軍に敵とみなされかねないのでそれについていくしかなかった。
「退け、退け!」
おらたちが戦闘を開始して数分で、敵は撤退を始めた。
とはいえそれを追う力はないようだ。撃退したとはいえ、奇襲を受けたことには変わりなく、追撃の準備もなにもないらしい。被害を受けた味方の救援と燃やされた陣幕の処理などに追われ、追撃どころではないのが実情みたい。
ただその状況を眺めている自分は複雑な気持ちだった。
昨日まで、彼らは敵で、逃げて行った彼らは味方だった。けど今はそれが逆転して、喜んでいいのか悔しがっていいのか分からない。そんなもやもやした気持ちが胸の中でないまぜになっている。
ただ。
そんなことは後からやっておけといつも悔やむんだった。
この時も。
「八重ちゃん!」
「え?」
鶴の声に振り向く。そこには赤――血まみれの男。狂気にゆがんだ瞳はどこを見ているのか、分からない。分からないけど、ただその男が剣を振り上げて、それをおれに向かって振り下ろそうとしている。それは分かった。
あ。間に合わね。死んだ。
そう思った。
確かに。
けど、それは仕方のないことで。
きっと。こういう結末も。あるべきなんだ。
そう思った。
血が、舞った。




