第4話 鋼鉄の鎧と最初の銃声
ゲートをくぐり抜けた瞬間、工藤創一の嗅覚を刺激したのは、湿った土の匂いと微かな焦げ臭さだった。
惑星テラ・ノヴァ。
地球から遥か彼方、座標すら不明の未開の惑星。
だが今の創一にとって、この場所は東京の狭いワンルームマンションよりも遥かに「自宅」に近い安らぎを感じさせていた。
「……戻ってきたな」
彼は革靴のソールで荒野の土を踏みしめた。
空を見上げれば、見慣れない星座が瞬いている。地球では決して見ることのできない星空だ。
その下で、彼が前回の滞在時に設置した数台の『燃料式掘削機』と『石の炉』が、規則正しい稼働音を奏でている。
ガションガション、シューッ。
そのリズムは、まるでこの惑星の心臓の鼓動のようだった。排気口から立ち上る黒煙が、夜空に溶けていく。
『おかえりなさいませ、マスター。不在中のログを確認しますか?』
脳内に響くイヴの声。
創一はネクタイを緩めながら、軽く首を振った。
「いや、今はいい。それより、優先すべきタスクがある」
彼は足元に転がっていた木材の破片を拾い上げ、握りしめた。
昼間、会社で決意したことだ。
この惑星には「先住者」がいる。それも、対話の通じない凶暴な生物たちが。
工場が稼働し、汚染が広がれば広がるほど、彼らは殺意を持って集まってくる。今の無防備な状態は、裸でサメの泳ぐ海に飛び込むようなものだ。
「軍事研究だ。……自分の身を守るための牙を手に入れる」
創一は迷わず『燃料式研究所』の前へと歩み寄った。
ドーム状のガラスの中では、紫色のプラズマが弱々しく明滅している。燃料が切れかかっているのだ。
彼はインベントリから、ホームセンターで買い込んできた木炭(バーベキュー用・3kg入り)を取り出し、投入口に放り込んだ。
ボッ!
炉内の火勢が増し、研究所が再び唸りを上げる。
「よし、イヴ。技術ツリーを開いてくれ。『軍事技術(Military)』のアンロックを頼む」
『了解しました。研究コストとして、基礎テクノロジーカードが10枚必要です』
「10枚か。……手持ちの素材は?」
インベントリを確認する。銅線と木材の在庫は十分にある。
彼はすぐさまクラフトを開始した。
両手の間で銅線がスパークし、木材と融合していく。
バチバチバチッ!
眩い光と共に、不格好な回路基板——『基礎テクノロジーカード』が生成される。
一枚、二枚、三枚……。
完成したカードを次々と研究所に挿入していく。
『軍事技術の研究プロセスを開始します。……解析中』
研究所のドーム内で、ホログラムのような赤い光が渦巻き始めた。
それは以前の「自動化技術」の時とは違う、どこか攻撃的で鋭利な輝きを放っていた。
創一はその光を見つめながら、奇妙な感覚に襲われた。
頭の奥が熱い。
脳の使っていなかった領域が無理やりこじ開けられ、そこに「異質な知識」が流し込まれていく感覚。
火薬の調合比率。
ライフリングの旋回率。
撃鉄のバネ定数。
トリガーを引く際の指の圧力。
「ぐっ……!?」
彼はこめかみを押さえて膝をついた。
痛くはない。だが、情報の密度が濃すぎる。
SEとして働いていた頃、膨大な仕様書を徹夜で読み込んだ時の疲労感に近いが、その質が違う。
これは「学習」ではない。「上書き」だ。
『マスター、バイタル安定。脳神経ネットワークへのデータ転送、完了しました』
イヴの冷静な報告と共に、頭の熱が引いていく。
創一はゆっくりと顔を上げた。
世界が変わって見えたわけではない。
だが、彼の手は「知っていた」。
目の前にある鉄パイプを、どう曲げれば銃身になるか。どう組み合わせれば、殺傷能力のある機構になるか。
【研究完了:軍事技術】
【解禁:サブマシンガン】
【解禁:ショットガン】
【解禁:ショットガン弾薬】
【解禁:通常弾薬】
【解禁:ライトアーマー】
「はは……すごいな」
創一は自分の両手を見つめ、乾いた笑いを漏らした。
一度も銃に触れたことのない自分が、今はその構造を完全に理解している。
設計図を見なくても、目をつぶっていても、組み立てられる自信があった。
「よし、まずはメインウェポンだ。『サブマシンガン』を作る」
彼はUIを開き、新しいレシピを確認した。
鉄の歯車 x 5
鉄板 x 3
銅板 x 2
コストは驚くほど安い。
だがその性能は、現代の軍用銃にも匹敵する——いや、惑星開拓用に最適化された、泥と汚染に強いタフなモデルだ。
「材料はある。……クラフト開始!」
意識を集中する。
インベントリ内の素材が消費され、光の粒子となって手元に集まる。
ガシャッ、カチャッ、ジャキッ!
金属部品が高速で噛み合う音が響く。
数秒後。
彼の手には、鈍く黒光りする鋼鉄の塊が握られていた。
「これが……」
ずしりと重い。
プラスチックを多用した現代の軽量ライフルとは違う。削り出しの鉄の塊だ。
グリップの冷たさが、掌を通じて心臓まで伝わってくるようだった。
トリガーガードに指をかける。自然と指が吸い付く。
コッキングレバーを引くと、ジャキリと心地よい金属音が荒野に響いた。
「本物だ」
おもちゃではない。これは人を、生物を、殺す道具だ。
だが不思議と恐怖はなかった。むしろ頼もしさが勝る。
「弾も必要だな」
続けて『通常弾薬(Firearm Magazine)』をクラフトする。
鉄板だけで作れる、鉛と火薬の塊。
完成したマガジンをサブマシンガンの装填口に叩き込む。カチリとロックがかかる音が、準備完了の合図だった。
「よし、これで攻撃手段は確保した。……次は防御だ」
イヴが推奨していた『ライトアーマー』。
バイターは酸性の溶解液を吐きかけてくると聞く。生身のスーツ姿では、一瞬で皮膚まで溶かされて終わりだ。
『ライトアーマーの作成を推奨します。防御力の向上だけでなく、インベントリ容量の拡張ボーナスも付与されます』
「インベントリも増えるのか。それはありがたい。……で、材料は?」
『鉄板が40枚です』
「40枚か……」
結構な量だ。
手持ちの鉄板は、サブマシンガンと弾薬の作成で使い果たしてしまった。
自動化ラインの箱を覗くが、そこには「鉄の歯車」しか溜まっていない。
ラインを切り替える手間を考えると、自分で掘ったほうが早いか。
「……やるか」
創一はサブマシンガンを背負い、再びつるはしを構えた。
鉄鉱脈の上にはすでに数台の燃料式掘削機が鎮座しているが、その隙間を縫って自らも岩盤に向かう。
カキンッ! カキンッ!
硬質な音が、夜の静寂を切り裂く。
つるはしを振るうたびに腕に衝撃が走る。
だが今の創一には目的があった。
ただの労働ではない。生存のための闘争だ。
「攻撃と防御を固めたら……今度は資源を量産する」
息を切らしながら、彼は独りごちた。
つるはしを振るリズムに合わせて、思考が整理されていく。
「掘削機をもっと増やす。炉を並べる。ベルトコンベアで繋ぐ。……手作業で掘るのは、これが最後にしたいな」
カキンッ。
38枚、39枚……よし、40枚。
集まった鉄板を手に取り、彼は再びクラフトを開始した。
今度の光は大きかった。
全身を覆うほどの光の粒子が、彼の体を包み込んでいく。
『クラフト完了:ライトアーマー』
『装備スロットに装着します』
ガシャン!
重厚な金属音が響き、創一の安物のスーツの上に鋼鉄の装甲板が固定された。
胸部を守る厚いプレート。肩を覆うショルダーガード。
そして膝と脛を保護するレガース。
全身鎧ではない。可動域を確保しつつ、急所を重点的に守る現代的なタクティカルアーマーに近い形状だ。
だがその素材は、テラ・ノヴァの純度の高い鉄だ。強度は地球の比ではない。
「おー……」
創一は自分の体を見下ろし、軽く跳ねてみた。
重いはずなのに、不思議と動きやすい。
アーマーの裏地に張り巡らされた人工筋肉繊維が、着用者の動きを補助しているようだ。
「良い感じだね! これなら多少の無理も効きそうだ」
彼はサブマシンガンを構え直した。
ストックを肩に当てる。アーマーの肩パッドと銃床がカチリと噛み合い、驚くほど安定する。
サイトを覗く。
暗闇の中でも標的がくっきりと見える気がした。
「うん、使い方も分かるし、大丈夫そうだね」
運用保守のエンジニアから、武装した工場の守護者へ。
鏡があれば、きっと昨日の自分とは別人のような顔をしているだろう。
その時だった。
『——警告。敵性生物の接近を検知』
イヴの声が鋭く脳内を叩いた。
ARウィンドウのレーダーマップに、赤い光点が一つ、明滅しながら近づいてくる。
『北北東、距離150メートル。個体数1。……小型のバイターです』
「来たか……!」
創一の心拍数が跳ね上がる。
シミュレーションではない。実戦だ。
彼はマップが示す方向へ銃口を向け、腰を落とした。
ライトアーマーのブーツが荒野の砂利を踏みしめる。
ガサッ……ガサガサッ……。
暗闇の向こう、背の高い草むらが揺れる音がした。
風の音ではない。何かが地を這う音がする。
「……見えるか、イヴ」
『視覚補正オン。ターゲットを強調表示します』
ARバイザー越しに、暗視モードのような緑色の輪郭が浮かび上がった。
草むらから這い出てきたのは、中型犬ほどの大きさの生物だった。
だがその姿は犬などではない。
茶色い甲殻に覆われた丸い背中。六本の節足。
そして頭部には、不釣り合いなほど巨大な二本の牙が備わっている。
バイターだ。
キシャァァァ……ッ!
バイターが創一に気づき、威嚇音を上げた。
その複眼が工場の明かりではなく、そこに立つ「異物」——創一を捉える。
殺気。
肌が粟立つような、純粋な殺意が向けられた。
怖い。
本能が逃げろと叫ぶ。
だがそれ以上に——脳にインストールされた「戦闘ドクトリン」が冷静に距離を測っていた。
『距離50メートル。有効射程圏内です』
「……了解!」
バイターが地面を蹴った。
速い!
多脚生物特有の不規則で素早いダッシュ。一瞬で距離を詰めてくる。
だが創一の指は迷わなかった。
引き金を絞る。
「撃てぇぇぇっ!!!」
バババババババッ!!
乾いた銃声が夜空を引き裂いた。
マズルフラッシュが闇を照らし、薬莢が次々と地面に弾け飛ぶ。
強烈な反動が肩を襲うが、ライトアーマーがそれを吸収し、拡散させる。
インストールされた技術に従い、創一は無意識にリコイルコントロールを行っていた。
銃口が跳ね上がることなく、正確に一点——迫りくるバイターの頭部を捉え続ける。
ギャッ、ギギッ、ギャァァァ!
放たれた弾丸がバイターの甲殻を砕き、肉を抉る。
緑色の体液が飛び散った。
それでも怪物は止まらない。牙を剥き出しにして、あと数メートルまで迫る。
「うおおおおっ!」
創一は叫びながら、さらに引き金を引いた。
止めの一撃。
眉間に数発の弾丸が吸い込まれ——バイターの動きがガクリと止まった。
勢いのまま地面を滑り、創一の足元数メートルのところで、その巨体が沈黙した。
……シーン。
再び静寂が戻ってくる。
残っているのは、銃身から立ち上る硝煙と、鼻を突く異臭だけ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
創一は銃を下ろし、荒い息を吐いた。
心臓が早鐘を打っている。
だが、生きてる。勝ったのだ。
『脅威の排除を確認。お疲れ様でした、マスター』
「ああ……。なんとかなったな」
彼は恐る恐る倒れたバイターの死骸に近づいた。
近くで見ると、そのグロテスクさが際立つ。
硬い甲殻と、ぬらぬらとした筋肉繊維。
地球の生物とは、根本的に構造が違う。
『ドロップアイテムを検出しました』
死骸の一部が光の粒子となり、小さな塊となって地面に残った。
創一はそれを拾い上げる。
ぷよぷよとしたゼリー状の有機物質だ。
【入手:バイオマター (Biomatter) x 1】
「なんだこれ? 肉……か?」
『バイオマターです。未知の生命エネルギーを秘めた細胞塊ですね』
イヴが淡々と解説する。
そして驚くべき提案を口にした。
『マスター、その素材があれば、以前話題に出た「医療用キット」を作成することが可能です』
「医療キット……あの、どんな怪我も治るっていう?」
『はい。バイターの再生能力を抽出・精製することで、人体にも適応可能な細胞活性剤が作れます。
自分用にするもよし、地球に持ち帰って解析するもよし……非常に価値のある資源ですよ』
最後までお付き合いいただき感謝します。
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