64.マクダル王国へ1
王都を出て東に向かう俺たち。
何事もない旅にミンクが飽きてきたようだ。
窓を開け、俺に手を振ったりしている。
結局、ミンクを俺とともにライアンに乗せ、街道を行くことになった。
苦笑いのカミラにミラグロス。
「それいい、私もして欲しい」
とラインも言い出す始末。
「そうはいかんよ。
あなたはリズの一番近くに居る護衛でしょう?」
俺が言うと、
「だったら、ケインがこの馬車に来ればいいじゃない。
エリザベス王女様だって、ケインと一緒に居たほうが安心するし」
と反論される。
「そうは言われても、一応外担当だからね」
騎士団からは外担当だと言われていたのだ。
「うー」
羨ましげなラインの目。
「ミンク、お前の我儘を聞き続けていたら、他の者の我儘も聞かなきゃいけなくなる。
ヴォルフの横じゃいかんかね?」
「畏まりました。
私の我儘にお付き合いいただきありがとうございます」
「俺は別にいいんだけどね」
俺が頭を撫でると、気持良さそうな目をした。
しかし、ミンクはライアンの背から直接うちの馬車の御者台に飛び移る。
騎士たちが目を剥いていた。
少女に力はないだろうと思っていたのかもしれない。
しかし、俺以外の現有戦力で一番強いのは彼女なのだ。
順調に進む馬車。
とはいえ、駆け足程度で走り、たまに休憩。
気配感知を広げておけば、周囲の様子が大体わかる。
何も起こらない旅は暇でしかなかった。
順調に進み過ぎたせいか、ビルヘルという街に早く着き過ぎたようだ。
「うちの馬車の馬も王宮の馬車の馬も御者席のミンクの威圧を受けて気合が入った」とヴォルフが言っていた。
一応カイザードラゴンですから……。
手配してあった宿に馬車を置き、部屋に入る。
俺は一応護衛という事で、リズの部屋に入った。
「何も無いというのも暇ですね」
リズが言う。
「一番いい事だと思います。
まだ夜もありますから、気を抜くには少し早いかと。
まあ、夜はカミラとアーネが監視してくれます。
次の日の朝には、芋虫になった密偵が居てもおかしくありません」
俺はニヤリと笑った。
夕食を終え、交代で風呂に入る。
あてがわれた部屋で、うちの魔物枠は寛いでいた。
時間が経ち、夜が更け、日が変わったころ、ミラグロス以外の魔物が目を覚ました。
俺も目を覚ます。
「恐れているのでしょう。
痛めつけたはずの王女が親善訪問してくる。」
カミラがボソリと言う。
「まあ、こっちも証拠が無いから断る理由も無いしな。
一応、仲がいい設定らしいし、『王女が襲われたせいで親善訪問をやめます』というのも難しいだろう。
本当は、親善訪問をやめて欲しかったのかもしれないけどな」
宿の中に三つの気配が入ってくる。
「殺さないようにね」
俺が言うと皆が頷いた。
夜の廊下で少女が「おしっこぉ」と言って歩く。
黒ずくめの男たちは気付かれないように気配を消して隠れていた。
少女は丁度黒ずくめの男たちが隠れた場所に着くと、
「お兄ちゃん。
おトイレどこ?」
黒ずくめの男たちの居る天井に向かって声を出す。
気付かれるはずがないと思っていた黒ずくめの男たち。
いきなりの言葉に混乱をした。
気配を消し、静かに少女が過ぎるのを待つ黒ずくめの男たち。
「おトイレどこ?」
少女が発する語勢が強くなった言葉に威圧がこもる。
男たちは本能的に動けなくなった。
ヒュッと音がすると、鼻以外の場所に糸が巻きつき繭のようになる。
三つの繭があっという間にできるのだった。
「アーネ姉さん終わった?」
ミンクの声に
「終わったよぉ」
楽しそうなアーネの声が響く。
「じゃあ、ご主人様の所に行こうか」
「りょうかーい」
アーネが一人、ミンクが二人、黒づくめの男を担いで移動するのだった。
「ただいまー」
「連れてきたぁ」
アーネとミンクがミノムシのようになった黒ずくめの男を連れてくる。
床に置くとビクビクと暴れた。
「旦那様、三人です」
アーネが言う。
「カミラ、頼めるか?」
「はい」
ミノムシに近づくとカミラの目が光る。
ミノムシはビクッビクッと最後の抵抗ののち静かになった。
カミラが爪で糸を切り、黒ずくめの男の顔を出す。
「何しに来た?」
俺が聞くと、
「エリザベス・バレンシアの暗殺」
と呟く。
「なぜ?」
「エリザベス・バレンシアが王の前で何かを言わせないため」
と再び呟く。
「どういう事でしょう?」
カミラが聞いてきた。
「怖いんだよ……多分。
バルト王に黙って行った黒ずくめの男を使ったリズへの脅し。
本来はリズが恐れてマグダル王国に親善訪問に来るとは思わなかった。
しかし、リズは来た。
『リズが来れば何か起こるかもしれない』
『リズは何か証拠を持っているんじゃないか?』
『それをバルト王の前でバラされるんじゃないか』
父親が怖くて仕方ないんだろうな」
怒られたくなきゃ、やらなきゃいい。
これじゃ子供じゃないか。
「確実な証拠を握っている事はリズにはまだ教えていないんでしょ?」
カミラが言う。
「教えていないよ。
リズは王からはある程度聞いているかもしれないが、もしも何かあったら、俺が全部ひっかぶる。
向こうの王子様を相手にするんだからね」
「私が余計なことを言ったから……」
カミラが不安な顔をする。
「んー、それは違うかな。
元々、相手がわかったら何かするつもりだったからね」
「ご主人様、こいつらはどうするのですか?」
アーネが聞く。
「密偵を送ったが帰らなかったでいいんじゃないのか?」
俺が言うと、
「それでは私の血肉にしましょう。
ラムル村では普通の食事しかできないので、人肉を頂けるのは助かります」
ヴォルフが言った。
「ケイン殿。
殺すのですか?
情報は?」
ミラグロスが驚いて聞いてきた。
「野営訓練の時、リズが襲われたのは知ってるな?」
「ああ、聞いた。
黒ずくめの男に襲われたらしいじゃないか。
しかし、その男には逃げられた」
うん、そういうシナリオ。
「本当は俺とアーネでが捕らえていた。
そこに居る男たちのようにね。
そして、リズへの襲撃の裏にアルフが居るということを知っている」
「その時になぜ王へ言わなかったんだ?」
「『王の前で暴露する』っていうカミラの言葉に乗ったんだ。
丁度、この親善訪問もあったしな。
ちょっとしたイタズラだよ」
「外交問題になるぞ!」
ミラグロスの声が大きくなる。
「確かにミラグロスが言うことは正しいと思う。
それでも……だな。
俺の彼女が虐められて、それで黙っているつもりはない」
「私がこんなふうになったなら?」
俺を見てミラグロスが聞いた。
「当然キレる。
完膚なきまでに潰す」
拳を手のひらに当てパンと音をさせると
「だったら許す。
思う存分やればいい」
ミラグロスは嬉しそうに笑っていた。
ミラグロスもこの旅が終わったら婚約かねぇ……。
結局のところ、黒ずくめ三人は闇に消えた。
ヴォルフの体内に入ったのだろう。
魔物枠以外は誰も知らない事。
それでいいと思う。
結局、宿泊のたびに黒ずくめの暗殺者が来ていたが、まあ、ヴォルフの腹の中に入ったようだ。
ヴォルフの筋肉が盛り上がるようになっていた。
ラムル村では当然人肉は食べないし、魔物自体も少ない。
そのせいで本来の力が出せなかったのだろう。
リズは襲われた事には気づいていない。
騎士団、魔法師団の護衛もである。
読んでいただきありがとうございます。




