第一章 エピローグ 『その後』
私は夫の死因を「急性心不全」と聞かされた。医師の声は淡々としていて、数字や統計を並べるように説明した。近年は院内での死亡率は減少しているというが、夫は発見が遅れたために助からなかった。私はその言葉を頭の中で何度も反芻した。会社の連中が夫を追い詰めたことが原因であるのは確かだが、もし私が前兆に気づいていれば死を回避できたかもしれない。だが、もう遅い。夫は死んでしまったのだ。
私は殺人を犯しているため、夫の葬儀には出られなかった。参列者の中に自分の席はなく、棺の前で祈ることもできない。代わりに、施設内で焼香をすることを許可された。小さな部屋に置かれた香炉の前で、私は静かに手を合わせた。煙は細く立ち上り、すぐに消えた。誰も言葉をかけない。私はただ、夫を思い、心の中で謝罪と感謝を繰り返した。
焼香を終えた後、部屋を出るときに足が少し震えた。葬儀に出られないという現実は、罪の重さを改めて突きつける。夫の死を悼む場は限られていたが、それでも私はその場を与えられたことに感謝した。夫の顔を思い浮かべながら、私は静かに歩を進めた。
私は焼香を終えたあと、静かに目を閉じた。煙の匂いが薄れていく中で、過去の記憶が断片的に浮かんでくる。
夫がまだ元気だった頃、夜遅くに帰宅しても必ず「ただいま」と声をかけてくれたこと。疲れた顔をしていても、食卓に座れば笑顔を作ろうとしていたこと。唯が小さな手で絵を描き、夫が「上手だな」と褒めていたこと。休日に三人で出かけ、駅前の人混みを歩きながら、他愛もない話をしていたこと。
その一つ一つは、今となっては取り返しのつかない過去だ。思い出すたびに胸の奥が締め付けられる。けれど、忘れることはできない。忘れてしまえば、夫の存在そのものが消えてしまうからだ。私は記憶を辿りながら、静かに息を吐いた。過去の温もりと現在の冷たさが交差し、心の中で重なり合う。夫の声、笑顔、仕草――それらはもう戻らない。
私は心の中で貴方たち――この手紙を読んでいる人にお願いをした。私の夫はもう戻ることはない......。どうか貴方達の愛する人をもっと大切にしてください。
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新聞記事抜粋
**過労死が労災認定 違法労務管理で社長ら逮捕 社員妻による殺人事件も発生**
東雲市の製造会社で勤務していた男性社員が急性心不全で死亡した件について、労働基準監督署は11日、死亡原因を「長時間労働による過労死」と認定した。これにより、労災補償が正式に決定した。
調査によれば、同社では勤務規定を大幅に超える残業や休日出勤が常態化しており、労働時間の記録を改ざんするなど違法な労務管理が組織的に行われていたことが判明。警察は同日、労働基準法違反および業務上過失致死の疑いで社長と幹部数名を逮捕し、本社や関連施設を家宅捜索した。
さらに、この過労死事件をめぐり、亡くなった男性の妻が夫の上司を駅前で刺殺する事件も発生。妻は殺人容疑で現行犯逮捕され、警察は会社の違法労務管理と今回の殺人事件との関連についても慎重に調べている。
裁判の見通しについて、関係者は「会社側の組織的な違法労務管理が明らかになっており、経営陣には厳しい刑事責任が問われる可能性が高い」と話す。一方、妻の事件については「強い精神的圧迫の中で起きた行為」として、動機や背景が裁判で大きな争点になる見込みだ。
今回の一連の事件は、長時間労働の危険性を改めて社会に突きつけた。過労死は単なる健康問題ではなく、労務管理の不備や企業文化の歪みが直接的に命を奪う現実を示している。厚生労働省は「長時間労働を是正しなければ、同様の悲劇は繰り返される」と警告。専門家も「労働者の健康を守る仕組みを強化しなければ、家族や社会全体に深刻な影響が及ぶ」と指摘している。
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私(著者)の知っている話
唯➡既に高校生となり、彼女の母方の祖母、祖父と一緒に暮らしている。
夢は『看護師』を目指しているそうだ。
山田➡既に逮捕から数年が経っており、まだ服役中。時々唯が面会に来てくれるそう。私も時々会うが、将来について、唯について真剣に考えており、出所した後の生活を思い描いているようだ。
私の知っている情報はここまでです。ここまでご覧いただきありがとうございました。
『第二章 真の友人は』12/13連載
これは私の......実際にクラスで起きた事件です。




