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復讐の業火  作者: 山崎 桜
第一章 家族の幸せとは

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7/9

第一章 最終幕 家族の幸せとは『愛』

※この物語は一部脚色、改変がされてます


 私は自宅に戻り、台所の蛍光灯を点けた。 白い光が冷たく流れ、ステンレスの流し台に反射する。外は冬の夜気が忍び込み、窓ガラスが薄く曇っていた。室内の空気は冷え切り、吐息がわずかに白く揺れる。棚を開けると、包丁が静かに並んでいた。 かつては温かな湯気の中で、夫の好む料理を刻んできた刃。ビーフシチューの香り、明るいライトに照らされたテーブルクロス、家族の笑い声――そのすべてがこの金属に染み込んでいる。だが今は違う。冷たい鋼の温度が、私の掌に重く伝わる。


「復讐の業火」――胸の奥で燃える炎は、外気の冷たさとは対照的に熱を帯びていた。唯の笑顔が一瞬よぎる。だが、その温もりさえ炎に呑まれ、灰へと変わっていく。指先は冷え、心臓は熱く、二つの温度が体内でぶつかり合う。愛を刻んだ道具は、憎悪を解き放つための象徴へと変わる。私は包丁を握りしめた。 冷たい刃が、掌の熱を吸い取るように沈黙していた。砥石を取り出し、静かに水を含ませる。刃を押し当てると、シャリ…シャリ…と乾いた音が台所に響いた。 その音は、胸の奥で燃える復讐の業火に呼応するかのように、規則正しく刻まれていく。 刃先に走る光は炎の揺らめきに似て、過去の温もりを焼き尽くす。 研ぎ澄まされるのは鋼だけではない。私の決意もまた、灼熱の火に鍛えられていた。


 そして準備のできた私は外に出る。あの場所へ向かって。


 ――――


「いつもの場所」 というのはここ。駅前である。夫はいつも駅前で上司と合流し、酒屋などに行く時があった。もっとも、誘っているのは上司の方である。夫はお酒が強くないし、好きでもない。少し前には、上司との飲み会には飽き飽きする、ただ、上司に逆らうと面倒なことが起き、仕方なく付き合っているというのを本人の口からきいている。


 ――来た。夫の上司だ。 背丈は低く、少し肥満気味の体を揺らしながら歩いてくる。 冬の冷気に頬を赤らめ、青いコートのボタンはきつそうに閉じられていた。 その姿は滑稽でありながら、佐藤を追い詰めた権力の象徴でもあった。私は抑えられない殺意を苦しながらも抑え、平然とした態度で会いに行く。


「あら、はじめまして。いつも夫がお世話になっております。」

「ん? どなたですか」

「佐藤の妻です」

「ああ、佐藤の奥さんか。いつもありがとうございます」


 ああこの人は何も知らないんだ。夫が倒れたことも、貴方のせいで夫が倒れても誰にも見つからず、いずれ亡くなることを。もういい。私は今すぐに殺したい衝動を抑えるように手持ちのバックのひもを力強く握った。


「奥さん。佐藤を見ませんでした? あいつ駅前に来いって俺を飲み会にめずらしく誘ったくせに、全然来ないんっすよ。なんか知りません?」


 私は次の瞬間、ビニール袋に包んだ取ってを掴み、刃を彼の腹に刺し、右にずらす。彼のコートが血で滲む。彼の悲鳴が聞こえた後はもう知らない。私は後を去った。



 夜風が、駅前の光の隙間から細く入り込んでくる。私は一度だけ振り返り、看板の鳴る音を耳の奥に押し込んだ。人のざわめきは一瞬膨らみ、すぐ別の話題へ流れていく。バッグの重さを底へ押し込み、歩幅を一定に保つ。信号の青に合わせて角を曲がると、背中に集まっていた視線の気配は薄くなった。私は自分の呼吸を数える。浅く、途切れず、回数だけが増えていく。


 ホームの風が頬を削ぐように通り過ぎる。電車が到着する前、線路の向こうから白い蛍光のような光が滑り、ホームの縁に細い影を並べた。私はその影を二本分だけ後ろへ退き、来た電車に乗る。窓に映る自分の顔は、今日に限って他人に似ている。目の下の影、唇の色の薄さ。指先が膝の上で規則的に動き、止まらない。車内アナウンスが流れ、私は乗り換える駅の名前を頭の中で繰り返した。繰り返すことで、今の自分に残っている選択肢の数を確かめた。


 病院へ向かう道は、昼よりも簡単だ。自動ドアの開閉音が、今日の境界線を一度だけ刻む。消毒の匂いが鼻の奥へ入り、白い光が床のワックスの艶を膨らませる。私はナースステーションに一言だけ声をかけ、846号室へ戻った。扉を開ける時、指先の力は弱いが、足は止まらない。室内の蛍光灯の白は、昼よりも青く見える。心電図モニターの緑が規則的に波を描き、その間に短い音を置く。音と音の間が、さっきより長い。医師が来て、必要な言葉だけを置いていく。私は唯を呼び、夫の最期を見送る。


 夫の顔は眠っているようで、眠っていない。酸素マスクの透明は、ここでは曇らない。私はベッドの縁に指を置き、表面の冷たさを確かめる。モニターの波形がゆっくりになり、音が間延びする。医師の声が短く、看護師の動作が速く、それでも、波形は平らになった。私は息を吸い、吐く。吐いた息は薄い白になり、すぐ消える。


 長い時間を、短い言葉で受け取る。「ご臨終です」 医師はそう言った。私は頷いた。頷きは二回。それで十分だった。夫の額に手を置き、温度を確かめる。確かめる行為は、今さら意味を足さない。ただ、私の中の時間を一度止めるために必要だった。夫に私は「終わったよ」と声を掛けた。夫は聞こえていないし、生きてもいないはずだが、安心して笑ったように、でも悲しそうな表情をしているように見えた。


 外へ出る。廊下の椅子に腰掛け、背もたれに重さを預けない。私は母へ短いメッセージを送る。「今夜は唯をお願いね」。打つ指は躊躇しない。既読の青が画面の右へ寄る。私は画面を伏せ、掌の温度を減らす。減らした温度は、すぐには戻らない。看護師が何度か行き交い、紙の音と靴音が床に等間隔の印を付ける。私はその印を数え、数え間違えないようにゆっくり呼吸する。


 サイレンが近づく。遠くからだった音は、建物の内側に入ると短くなる。制服の足音が直線で来る。私は立ち上がる。名前、時刻、場所、行動。聞かれた順に、答え方を崩さない。駅前での出来事は、事実だけを並べる。余計な修辞は使わない。彼のコートの色、看板の鳴る音、風の強さ、返信の文面。並べ終えた後、沈黙が肩に掛けられる。重いコートのように。でも私は逃げないと決めた。


「ご同行願えますか」 言葉は丁寧で、意味は直線だ。私は頷く。唯のことを一度だけ思い、母の家に向かう支度を頼む。看護師が手伝い、私は短い礼を言う。廊下を歩く。足音の間隔は変えない。足音が外へ出る。冬の夜気は、昼よりも冷たい。パトカーの窓に、街の光が流れる。蛍光灯の白、看板の赤、見慣れた交差点の青。私は目を閉じない。開いたまま、次の扉の前まで行く。


 取り調べ室の空気は、病室より乾いている。机の表面は、指紋の少ない光を返す。私は椅子に座り、背中をつけない。名前、住所、関係。同じ質問に同じ答えを重ねる。重ねることで、揺れない輪郭を作る。駅前の出来事は、最短の日本語で置く。置いた言葉の端が、意図せず尖らないように、呼吸を整える。


 夜が更ける。蛍光灯の白は強さを失わないが、私の目の中では少し青くなる。私は同じ姿勢で座り、同じ温度で答える。唯の笑顔を思い出す。観覧車の線、旗の三角、黄色い風船。唯の笑顔は暗い夜の中でも明るく見える。私は膝の上で指を組み、見つめる。


「動機は何ですか」 問いは短く、重い。私は短く答える。夫の電話。職場の沈黙。夫の死。私の中で積み上がった事実。言った言葉の数は少ない。少ないが、十分だ。私は自分の言葉に飾りを足さない。足さないことが、今の私に残された誠実だと思う。


 留置の部屋は、病室よりも小さい。白は少ない。音は少ない。私はベッドに座り、壁の角を見つめる。角はどこでも同じ形をしているが、同じではない。ここでは少し鋭い。私は深く息を吸い、ゆっくり吐く。吐いた息は白くならない。温度は一定だ。一定の温度は、時間の経過を遅くする。


 私は数か月経ったあと裁判を受けた。ーー結果は『有罪』懲役12年が言い渡された。


 今私は、刑務所の中で愛情のこもった手紙を記す。一枚は唯に真相を伝えるために。一枚は私の事件の話、そして......貴方達が知らない『今』を伝えるために。

正直満足はしてないので改編しながら進めます泣

12/10にはブラッシュアップ版に直されてると思います泣


第一章 エンディング 『愛の真相 そして その後』 12/11公開予定

第二章 第一幕    ??? 12/13公開予定 最新章のお知らせは活動報告で

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