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復讐の業火  作者: 山崎 桜
第一章 家族の幸せとは

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6/9

第一章 第三幕 家族の幸せとは 下

※この作品は事実を一部脚色、改変しております

「いやあ、ごめんごめん、仕事してたら疲れすぎたみたいで倒れたみたい。心配かけてごめん!」

 そんな言葉が聞こえたような気がしたのは私がそれを期待していたからだろうか。

 だが、目の前の景色が一瞬で私を現実へ引き戻す。


 846号室のベッドの上で、夫は静かに横たわっていた。 顔には酸素マスクが覆いかぶさり、透明な管が鼻から胸へと伸びている。 腕には点滴の針が刺さり、無言の流れとなって体内へと注ぎ込まれていた。 胸の横には心電図モニターが置かれ、規則的な波形が緑色の光で刻まれている。 その音はまるで、死へ向かう時間を一秒ごとに告げる時計のようだった。機械音、消毒の匂い、白い光。すべてが、避けられぬ必然を告げていた。医者が私に話しかける。何を言っているのかあまり分からなかったが、回復の見込みはないという事だけを聞き取れた。


 私は夫を呆然と見つめた後、耐えきれず、病室を出た。まずは、唯に真実を伝えなければいけない。その後は、こうなってしまった理由を聞いて、そしたら...

 床に水滴が落ちた。上から雨漏りしてくる病院だなんて...と思ったがそうではなかった。

 その水滴が頬を伝わり、一つ、二つと床に垂れたとき、私は泣いていることに気付いた。


 家族の温かな団欒。唯が生まれた日。夫が私にプロポーズをして、ダイヤの指輪をはめてくれた事は今でも覚えている。そんな夫との思い出が一瞬で脳内再生された。


 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう気づいた私は夫の病室の入り口前で一人静かに泣いた。


  唯が私のそばに来て問いかける。

「ママ、病院の人が言ってた“回復の見込みがない”って、どういう意味?  ……お父さん、明日には帰れるよね?」

 唯は、そう言って笑った。 その笑顔が、痛いほどまぶしかった。私は横に首を振った。

 唯の口元が、笑顔の形をつくろうとして、途中で止まる。

「じゃあ……明後日?」

 返事を待つ目が、答えのない場所で揺れる。 私は腕を伸ばし、唯を抱いた。

 肩の下で、息が短くなる。 それでも唯は言う。

「ね、帰ってきたら、遊園地の話、ぜんぶするの」

 そこで、唯の背中が小さく跳ねた。 声にならない息が漏れ、次の瞬間、堰が切れる。

「……やだ……やだ、やだ……」

 唯は私の服を掴んで、指に力を込めた。 小さな手が震え、布にしがみつく音がかすかに鳴る。

「明日じゃなくてもいいから……ねえ、起きてって言って……」

 言葉の端が泣き声に崩れる。 私は膝をつき、同じ高さで唯を抱きしめた。


 少し時間が経った頃だろうか。私は病室の椅子に腰掛け、夫を見守っていた。唯に残酷な現実を伝え、唯を悲しませてしまった事を悔やんでいた。唯は今、病院のリハビリルームで本を読んでいる。父が死ぬという事実を唯は哀しみの感情が溢れながらも、子供ながらに必死に平常心を取り戻し、受け入れようとしていたのだろう。私はゆっくりと、呆然としてある会話について考えていた。


 ――――

 私は唯と話した後、自動販売機で購入した水を飲んで、心を落ち着かせていた。その時に、60代くらいの男性に話しかけられた。彼の話によると、彼は清掃員で丁度、夫の会社のオフィスを掃除していたそうだ。その時、夫が地面に倒れているのを発見し、救急車を呼んでくれたそうだ。私はもう少し早く見つけて欲しかったという我儘な欲を感じつつも、夫を助けてくれたことに感謝した。会話の去り際、あの男性はこう言った。

 …...「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()


 え?


 私の頭の中は疑問でいっぱいになった。夫以外は仕事をしていないのであれば、なぜ夫だけが仕事に行く必要があった?なぜ同僚がいない?仕事に行かなければ夫の命の危険がなかった?なぜ?

 彼はまだ仕事があるみたいで急ぎ足で帰って行った。

 その姿を私はただ目で追うことしかできなかった。

 ――――

 夫がなぜ今日1人だけで働く必要があったのか。その真相を確かめるため、彼の携帯には電話の録音をすることが出来るオプションがあった事を思い出し、彼のスマホのロックを開く。パスワードは私の誕生日。そこには夫と上司らしき人との会話が残されていた。


 上司の仕事が終わらず、土曜日に手伝いに来て欲しいという内容であった。なぜ上司は来なかったんだという怒りを感じた。しかし、次の瞬間、耳を疑うような音声が電話の最後に残されていた。夫は小さすぎて聞こえていなかっただろうが、私は聞き逃さなかった。


「……おい、加藤......日、ゴル……行ける…都合の……駒…...からな……仕事は……丈夫だ……」


 録音の最後の「駒」という言葉が、私の胸の中で何度も反芻された。 それは冷たく、計算された響きだった。誰かの都合で人が動かされ、誰かは幸せになり、動かされた人は不幸になる。怒りは熱ではなく、重い石のように沈み、やがて一点に凝縮した。 決意は突然ではなかった。積み上がった事実が、私の中で線を引いた。


 私は自分に言い聞かせるように、ゆっくりと息を吐いた。


 やる、と。


 やらねばならない、と。


 その言葉は冷たく、しかし揺るがなかった。だが、唯の顔が浮かぶ。絵本のページをめくる小さな指。病室で見せたあのぎこちない笑顔。 母である自分の胸に、別の声が響く。守るべき存在を傷つけてまで、何を得るのか。唯の未来は、私の行為によってどう変わるのか。 躊躇が、刃のように私を切る。足が止まり、世界の色が一瞬薄くなる。


 私は膝をつき、唯の写真のように胸に抱えた記憶を一つずつ確かめた。 その一つ一つが、私の中で秤にかけられる。復讐の重さと、唯の笑顔の重さ。どちらが重いのか、どちらを選ぶのか。


 答えは、静かに、しかし確かに決まった。

 その選択は、私を取り返しのつかない場所へ連れて行くかもしれない。だが、私はもう後戻りはしないと自分に誓った。


 外に出ると夜の空気は冷たく、胸の中の時計は別のリズムで鳴り始める。

 私は立ち上がり、唯の手の温度を思い出しながら、歩き出した。 唯は私が少しの間、唯の元を離れる事を了承してくれた。いつか絶対に戻ってくるということを約束した。覚悟は、静かに、確かに私の体に宿っていた。


 私は夫のスマホを使い、一通のメールを送った。


「この後、飲みに行きませんか? ()()()()()()で」


次回 第一章 最終幕 家族の幸せとは 『愛』

投稿 12/9予定

ごめんなさい!体調崩しちゃってこの日に変更です

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xから来ました。 引き込まれちゃって  自分と同じようなことがあったらと 感じてしまいました。 この先が見るのが怖いですが 情状酌量されればいいなああ ここまでで評価✴︎5 ブクマいたしました。 続き…
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