休暇2
「困ったわ……こんなにたくさん食べきれなくてよ」
以前のわたくし、こんなにたくさん食べていたのかしら。お蕎麦と天ぷらと小鉢が菜の花の白和えなのですけれど。どう見ても小鉢が小鉢のサイズではなくてよ? しかも、わたくしの後ろに控えた執事さんが、お蕎麦を食べ終えると次々足してゆくのです……丼に。わたくしの認識に誤りが無ければ、このスタイルで食べる場合、一口分お椀に入れて食べて、お給仕の方がまた一口分足して、だと思っておりましたけれど。一人分足されても……。
「どうなさいました、桜子様」
執事さんがお蕎麦を持って待ち構えておりましてよ。
「お蕎麦はもうたくさんよ。天ぷらと白和えを今食べる分だけ分けて、残りの分は夕食に頂くわ」
「構いませんけれど……分かりました」
散歩から帰るとお昼の時間でしたので、恭親様とご一緒に頂くことになりましたのよ。
「ずいぶん痩せたようだが、ダイエットでもしているのか?」
「ええ。気付きまして?」
ほほほ、やはりスマートになってきてますのね。嬉しいわ。
「そうか……ところで学校はどうだ?」
「とても楽しいですわ。わたくし園芸部に入りましたのよ。それにサリエさんというお友達もできて、紫さんという方とも仲良くしていただいてますのよ」
おほほほ、紫さんも仲良しということにしてくださいませ。これから仲良くなる予定ですし、問題ありませんことよね?
「どちらのお嬢さん方なんだ? 以前からの友人か?」
「いいえ。お二人とも高等部からの入学ですの。どちらも特待生の方で優秀で気さくですのよ」
「特待生……庶民か? 庶民と仲良くしているのか? 何を企んでいるんだ?」
恭親様は何やらぶつぶつと呟いておいでです。
「ところで、恭親様も休暇中ですの?」
「いや、こちらで仕事をしているのだが」
「まあ、そうですの……」
「何か、あるのか?」
「いいえ」
「そうか……午後の予定は?」
もちろん予定は決まってますのよ。
「午後は、予習復習とウォーキングですわね。それと読書もしたいですし」
「分かった。俺は書斎で仕事だ。用があるならレミジオに言ってくれ」
まあ、執事さんのお名前はレミジオさんですのね。
「ところで、着替えないのか?」
「はい?」
わたくしの服装に何か問題でも……ありましたわ!
動きやすいうえに、この体型でも無理なく自然に着用できてしまうので忘れておりましてよ!
「ほ、ほほほほ。わたくし、勉強のときは動きやすい服装と決めておりますのよ」
「ん? 運動のときではないのか? だらしない恰好はしないように」
「はい」
全くもってその通りでしてよ。これはあくまでも体操服ですもの……親元を離れての生活で少々気が緩んでしまいましたわ。
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「……妥協するしかありませんわね」
やたらフリルの付いた白いワンピース。何かの発表会の幼稚園児のようですわ……屈辱ですわ。でも、これが一番無難ですのよ。早く、早く万祐子ちゃんに報告して笑い飛ばしたいわ。それでも、殿下との婚約が白紙になったので一つ課題はクリアですわ!
「あら、何かしら?」
他にも着られそうな服を捜してクローゼットの中を吟味していると。奥に手帳のような物が……。
「まあ、「もういやだ」? 何かしら?」
思わずページを捲ってしまったら、「たすけて」の四文字が。
「「おかしい、私はおかしい」?」
手帳ではないのかしら。どなたの物……ここにあるということは、以前のわたくしのでしょうね。
読んでもよろしいのかしら? わたくしのですけれど、正確にはわたくしのではないですし……でも、以前のわたくしのことが分かるのだったら読むべきかしら。
……困りましたわね。私的な物ですし……でも、読んでおかなければいけないような気がしましてよ。
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3がつ20にち
でんかが、げんきでたくさんたべるこがすきいったので、たくさん、げんきにたべる。
6がつ4にち
でんかとこんやくした。とってもうれしい。これからもげんきにたくさんたべる。
10がつ23にち
ごはんがとってもおいしい。まえはたべることがきらいだったけど、でんかのおかげでなんでもおいしくたべれるようになった。
4がつ6にち
あしたから、1ねんせいになる。ともだちをたくさんつくりたい。
7がつ18にち
なつやすみになると、でんかにまいにちあえない。ともだちとあそぶやくそくした。
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4月2日
ことしは4ねん生になる。がっこうに行きたくない。みんなわたしを見て、デブとかブサイクとかいじわる、っていう。
6月20日
でんかは、がっこうで1ばんかわいい子と手をつないで、こうていであそんでた。かわいい子はわたしのことをいつもデブっていうからきらいだ。だから、かいだんのとこでおしたらおちてった。
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12月21日
ことしだけじゃなくて、きょねんも、おととしもクリスマスは一人だ。おとうさまも、おかあさまも、なんでも買ってくれるけど、いっしょにいてくれない。きっと、きらわれてる。
1月4日
いくら勉強しても頭に何も入らない。これでは進学なんてできない。
12月26日
ことしのクリスマスもたくさんのごちそうと、たくさんのプレゼントをもらった。おようふくはかわいいけれど、わたしにはにあわない。
3月19日
4月から中学3ねん生になる。わたしは、いじわるしたくないのに、ほんとうは、みんなと仲良くしたいのに。わたしがいつもなにか食べてるからみんな、わたしのことをいじきたないっていう。だって、でんかが元気にたくさんたべる子がすきっていうからたべてるだけなのに。
3月19日 追記
そうじゃない、私は殿下に相応しい子になるために、勉強だって運動だって頑張らなきゃならないのに、おかしい。食べることしか考えられない。みんなが言うように、意地汚くてみっともない。意地悪なんてしたくないのに自制できない。殿下にも間違いなく嫌われている。こんな自分、嫌だ。
9月11日
殿下のことになると、冷静でいられない。自分じゃない別の何かに操られているみたいだ。きっと、私の心根が悪いからなんだ。
1月7日
お父さまがたくさんおかねを払ったので、こうとうぶにいけることになった。でも、もう、いきたくない。
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「月の光か……良いな」
拍手の音と恭親さんの声で我に返りましてよ。手記を読んでから無性に殿下にお会いしたくなってしまいましたの。それが不思議なことに、わたくしの気持ちではないことが分かりましてよ。以前のわたくしの気持に引きずられた、と申しましょうか。とても居た堪れない気分になったので、気分転換にピアノを弾きにきましたの。
「お仕事のお邪魔だったかしら?」
「いや、そんなことはない。君がピアノを弾けると思わなかったのでな」
「嗜む程度ですけれど……」
「もう一曲弾いてくれるか?」
軽く頷いて鍵盤に向き合います。そうですわね、リストの愛の夢でもどうかしら。
綺麗にメロディを出すのに苦労しますれけれど、良い演奏ができたときの達成感は得も言われぬものがありましてよ。先生には無難な演奏というお言葉しか頂けませんでしたけれど。良いのです。なにより、無心になれるのが良いですわ。
「君は……。いや……素晴らしい」
「ありがとうぞんじます」
「侯爵夫妻がお見えになったら、お聞かせすると良い」
「そう、ですわね」
わたくし、お父様とお母様には好かれていないようですけれど。入学式のときは、とても心配そうに気にかけてくださっていたけれど、本当はどうなのかしら?




