休暇1
みなさん、おはようございます。今日のわたくし、筋肉痛でしてよ。ほほほほ。あら、わたくしの筋肉痛の話には興味はございません? そうですの……。
昨日の今日ですから、サリエさんと風紀委員長さんの間にもまだ進展はありませんし。サリエさんは、生徒会のお手伝いでそれどころではないでしょうし。長期休暇が終わってからと思っておりますのよ。
今週の土曜日からお休みに入りますの。
早いお宅は金曜日の夕方にお迎えがいらっしゃるようですわ。後は、バスや電車などで帰省なさる方もいるようです。わたくしは土曜日の午前中に迎えが来ることになりましたの。今日は水曜日ですから、もうすぐでしてよ。
お父様、お母様にお会いするのも楽しみでしてよ。
それにしても、わたくしの本当の家族は元気かしら。
「パパ、ママ、お兄様……それに万祐子ちゃん。早く皆さんに会いたいわ」
そのためにも頑張らなくてはね。
「ふぅ……それにしても、階段は筋肉痛の身に応えますわね」
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さて、土曜日になりましてよ。
え? 早いですか? でも、特筆すべきこともございませんでしたし。ミミちゃんは可愛らしいですし。そうそう、お休みの間は庭師さんたちがミミちゃんの世話をしてくださることになりましたのよ。
筋肉痛もだいぶ良くなりましたし。チューリップのお手入れも順調ですし。学園の正門前にはお迎えの車が並び始めていますし。……そういえば、わたくしの迎えはどこにいるのかしら。
あら、あちらにいるのは春さんではなくて。お友達と談笑してらっしゃるわ。いつかわたくしとも、あれくらい打ち解けてくださるかしら。
「桜子お嬢様、お迎えに参りました」
「まあ、ありがとう」
ほほほほ、助かりましてよ。侯爵家の専属運転手さんなのでしょうね。後部座席のドアを開けてくれましたのでスーツケースを持って乗り込みます。
最近ヨーロッパで開発された、更に排ガス削減と燃費の向上された車に似ていましてよ。スマートで小回りの利く、日本の道路事情にもピッタリの車ですわ。
「お荷物はどちらですか?」
「これで全部ですことよ」
スーツケース一つですからね。
「分かりました。では出発いたします」
「ええ。お願い」
車が静かに走り出しました。徐行する車窓から庭園の様子を眺めます。五月にはどのようなお花が咲くのかしら? 庭園ともしばしお別れですわね。
学園から自宅までは車で二時間ほど。遠いのか近いのかよく分かりませんことよ。運転手さんの邪魔にならない程度に会話を楽しみながらでしたから、すぐのような気もしますわ。
自宅は郊外の、日本とは思えないような風景の場所にありましてよ。果樹園があって――葡萄畑かしら――その向こうに白いお屋敷が見えます。お部屋がたくさんありそうでしてよ。
「恭親様がこちらにお連れするようにとのことでしたので」
あら? 「こちら」ということは、別にお家がありますのね。
「ところで、恭親さんはお元気かしら?」
「え、ええ。とてもお元気でいらっしゃいますよ」
それは重畳ですこと。
ところで、恭親さんとはどなたのことかしら。聞いたことがあるような気がしますけれど。気のせいかしら。
「お父様やお母様もこちらにいらっしゃるのかしら?」
「侯爵ご夫妻はお仕事の都合でイギリスへおいでです。休暇の最終日にこちらへいらっしゃる予定です」
「あら、そうでしたの? 寂しいですわね」
この休暇の間に、殿下との婚約の件でお父様と話し合いをしたかったのですけれど。それに、知らないお屋敷で一人きりというのも寂しいですわね。
「恭親様はいらっしゃいますので」
「ええ、分かったわ」
でしたら、寂しくありませんことよ。
それにしても、恭親さんとはどなたなのかしら。
お屋敷の正門前で車が停まると、スラリとした男性がお出迎えしてくださいました。黒い髪をきっちりと整えて眼鏡を掛けた男性です。もしかして恭親さんかしら。
「お帰りなさいませ、桜子様」
「ただいま帰りました」
恭親さん、なのかしら? 聞くに聞けないですわね。
「おや? お荷物はどちらに?」
「これだけよ?」
「そうですか。では、お部屋に置いておきます」
「お願いするわね。ありがとう」
「はい。それと、恭親様がお待ちですのでリビングへお越しください」
この方は恭親さんではありませんのね。分かりましたわ。執事さんですのね?
では、リビングへ行きましょう。
その前に……。
「リビングはどちらかしら?」
など聞いたら不審に思われてしまうわ。
「どうなさいました、桜子様?」
「ほほほ、リビングへ行く前にわたくしの泊まるお部屋へ案内してくださる?」
「いつものお部屋ですが」
「そうね。そうですわね……いえ、少しお部屋に用事があるのですわ」
「さようですか。では、どうぞ」
執事さんの後に続いてお屋敷に入ります。広い玄関ホールの中央の階段を上って二階へ。
「ふぅ、まだ少し筋肉痛が……」
「どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもなくてよ……」
黙々と歩くのも味気ありませんことよ。そうだわ、お屋敷の情報収集を。
「そうだわ。今、こちらのお屋敷にはどなたがいらっしゃいますの?」
「恭親さまと私、料理人、運転手の坂田、メイド、庭師の五人ですね」
「まあ、そうですの。皆さんお元気でいらして?」
「ええ」
執事さんは短いお返事の後、二階の角のお部屋のドアを開けました。
「まあ! なんて……。なんて、すっきりとしたお部屋でしょう」
こじんまりとしたお部屋にクリーム色のカーテンとクリーム色のカーペット。ベッドと小さなクローゼット。
「以前ご使用になられたままです。お気に召さなければ後ほどカーテンやカーペットなどは替えさせますが」
「このままにしておいてくださる? 明るくてとても良い色だわ」
それに、6日ほどの滞在で交換など必要なくてよ。
「分かりました。では、お着替えなど済ませたらリビングへお越しください」
「ええ、ありがとう」
執事さんが一礼をしてお部屋から出て行きましたので、早速クローゼットを開けます。
ほほほ、何が入っているのかしら?
「……これは!」
これは、わたくしには着れなくてよ。なぜドレスが、しかもヒラヒラとした物ばかり……。桜子さん――元の桜子さんとはお洋服の趣味が合わないようだわ。
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「リビングは……こちらね」
着替えを済ませましたので早速リビングへ。と思いましたけれど、少々、ええ、ほんの少々迷いましたわ。え? もちろん学校指定ジャージでしてよ。恭親さんにお会いするのに失礼かもしれませんけれど。
「ああ、やっと来たか」
日当たりの良いリビングのソファに座ってらっしゃった方が立ち上がりこちらを向きました。
青銀色の髪――染めているのかしら――のきりりとした精悍なお顔立ちの青年です。どこか不機嫌そうな感じがしますけれど。お待たせしすぎたかしら。
「久し振りだな……」
「え、ええ。お元気でして?」
「まあな……君も元気だったか?」
「ええ。お蔭様で」
「それにしても、なぜジャージ……まあ良い、座りなさい」
「はい」
恭親さんの向かいのソファに座ると恭親さんも座りました。なにやら難しいお顔をしてらっしゃいます。
ところで、こちらの方とわたくしの関係はどうなっているのかしら。親戚かしら。全く想像がつきませんことよ?
「ところで、侯爵から話は聞いているか?」
侯爵? どちらの侯爵様かしら。
「君の父上だ」
首を傾げていると助け船を出してくださいましてよ。親切な方ですこと。
「いいえ、何も聞いておりませんけれど」
「そうか……俺に面倒を押し付けたか」
まあ、何かしら。そんなにお顔を歪めてはせっかくのお顔立ちが……。それはそれで素敵ですけれども。
「良いか。頼むから、俺の話を黙って聞いてくれ。口を挟まず、喚いたり、泣いたりせず。そして、きちんと理解してくれ」
え、ええ。そんな幼児に言い聞かせるようになさらずとも、黙って聞きましてよ。恭親さんの様子から、とても重大なお話ということが分かりますし。……もしかして、お父様とお母様が事故に巻き込まれた、とか――そんな……どうしましょう。心の準備を……
「そんな! お父様とお母様はご無事でいらっしゃいますの?」
「ん? とても健やかでいらっしゃるが」
まあ、でしたら大丈夫ですことよ。……いえ、もしかして侯爵家が危ういのかしら。
「もしや、侯爵家の存亡に関わりますの?」
「……黙って聞いてくれと頼んだろう」
なぜか恭親様は大きく息を吐いて、脱力? なさいましてよ。
とりあえず大事ではなさそうでしてよ。
「ほほほ、そうでしたわ。さ、お話になって」
恭親様が口を開きました。
「殿下と君の婚約が白紙になった」
まあ! なんてことかしら。
「桜子。おい、桜子」
「それは、本当ですの?」
「大丈夫か? 頼むから喚いたり暴れたりしないでくれ」
「いえ。大丈夫ですけれど……その、面倒な手続きや、侯爵家と王家との今後の関係に影響などは。それと他のお家との関係などは」
「そこは心配ない。かなりスムーズに話が進んだからな。王家はもろ手を挙げて喜んで承諾してくださった」
「まあ、でしたら良かったわ」
「そうか? 頼むから暴れないでくれ。物も壊したり八つ当たりもしないでくれ」
「ええ。そのようなことしませんけれど……。わたくしもその件でお父様とお話がありましたのよ。まあ! 丁度良うございましてよ」
なんて奇遇なのかしら。色々な手続きなどあると思いましたけれど。それほど面倒を掛けずに済んだということですのね。
「それで、続きがあるのだが」
「え、ええ。どうぞ」
「なんというか……俺が侯爵家に婿入りをして後を継ぐことになった」
「あら、まあ。ということは恭親さま、ご結婚なさいますのね? まあ! おめでとうございます! いつ式を挙げますの? わたくしも呼んで下さいます?」
「え?」
「侯爵家のどなたと結婚なさいますの? わたくしのお姉さまかしら? あら、わたくしそういえばお姉さまいたかしら? 妹? わたくし妹が欲しかったのよ!」
「おい、しっかりしろ桜子。ショックで頭がおかしくなったのか? 侯爵家に子供は君しかいないだろうが!」
「はい?」
どういうことですの?
……そういうことですのね。
「……嫌なのはお互い様だと思うが?」
「いいえ。そんな嫌だなんて……ただ……」
ただ、なにかしら。もやもやとしたものが……。
「わたくし……少し、散歩してきます……」
「ああ、そうだな。それが良いだろう、行ってきなさい」
「はい」
何かがしっくりきませんことよ。
話がスムーズに進み過ぎ、ですわ。何がどうなっているのかさっぱり、でしてよ。これではゲームにならないのではないのかしら。
「あら、綺麗な藤……香りも甘くて……」
紫と白の手入れされた見事な藤棚。その下のベンチに腰掛けましてよ。それに見事な牡丹。躑躅もこうして見ると可愛らしいわ。
「ふぅ……暑いですわね」
爽やかなお天気ですけれど、少し動くと汗が滝のように流れてきましてよ。それにしても良い天気ですこと。こちらでお昼を頂いてみたいわ。そうだわ、明日はお弁当を用意してこちらで頂きましょう。
ふぅ、もう少し歩いてみようかしら。葡萄畑へ行ってみたいわ。
わたくし、大丈夫なのかしら。
ちゃんと、元に戻れるのかしら?




