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【7話完結】極上アルファを嵌めた俺の話  作者: 降魔 鬼灯


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4/7

ソナタ

 タイムリミットまであと1時間。



 なのに、薬は効いてこなかった。エセ薬だったのか、それとも今まで発情したことのない出来損ないオメガはどんな薬を使っても発情することはないのか。


「ラ・カンパネラが聴きたい。」


 確かめる術はないが、なんとかギリギリまで時間を引き延ばさなくてはそんな思惑もあり悠理は司に超絶技巧曲をリクエストする。

 以前、司が弾いているのを聞いた事があるが、間近で聴いてみたかったのだ。


 弾きにくいだろうと、椅子を降りようとした悠理の腕を取り引き止めた司が耳元で囁いた。


「そこにいてくれないか。」と。


 その脳天を蕩かすような重低音に悠理は腰が抜けそうになった。

 司はヤバいな。オメガとはいえ男の俺さえ、 腰を抜けさせるなんて。悠理は未だぞくぞくする自身の身体をそうっと抱き締めた。


 鐘の鳴る美しい旋律が鳴り響く。昔コンクールでこの曲を弾く司を見て以来好きになった。自分でも弾くが司が弾くこの曲がなんともいえないくらい悠理は好きなのだった。


 月明かりを浴びて、鍵盤をかき鳴らす美しい指と、時折こちらを見つめる切なげな表情。


 ピアノは楽器なんかではない。彼のこころの一部なんだと思わせる圧倒的な表現力がそこにあった。


 負けた理由は明確だよな。

なんだか、清々しい気持ちになった悠理は、この曲を聴き終えたら司を嵌めることなく帰ろうと決心した。

 今日の事は良き友人の一人として時折思い出してくれれば良い。


 司のきっちりとセットした髪が乱れて額にかかる。

 司の華麗な音の世界に没入する。悠理のためだけの贅沢な演奏。

 正確無比なのに、泣けるほど切なくて美しい曲。

ああ、俺はこの曲が好きなんだ。最期に聞くピアノがこれで良かった。悠理の頬をつうーっと涙が落ちた。


「悠理?」

 演奏を終えた司が高そうなチーフで悠理の涙を拭う。

 着痩せしているのか意外にぶ厚い胸板に抱き込まれ、ポンポンとなだめるように背中がさすられた。

 悠理はその温かさに今まで我慢してきた全てを洗い流すように涙が止まらなくなった。


 泣いたってどうしょうもない。だから、両親が亡くなってから泣いたことなどなかった。

 誰も慰めてくれないのが、余計に辛くなるから。


 だから、ずっと今まで一人で我慢していたのに、一度決壊した涙腺を止めるすべなど無かった。


 ひとしきり泣いて気が付いたら、時計は零時に差し掛かろうとしていた。


 悠理は全てを振り切るように立ち上がった。もう行かないと、モラトリアムが終わる。長居してしまったな。

 真っ白なピアノ、最期にもう一度だけ弾きたかった。後ろ髪引かれる思いでピアノを一瞥し、その場を去ろうとする悠理の腕を司が掴む。


「悠理のピアノが聴きたい、聴かせてよ。」


 今日が終わってしまう。さようなら、ピアノ。さようなら、司。


 最後のピアノ、思う存分弾こう。


 ピアノとのお別れだから「別れの曲」か。けれど、泣いてしまって最後まで弾けなさそうだから。最後は「月光ソナタ」にしよう。

 ベートーヴェンが聴力が喪われてゆく過程で書いたその曲は今の悠理の心境にピッタリのような気がした。

 それに月明かりを浴びて月光ソナタを弾くなんてラストにふさわしく粋な気がしていた。


 

 アルファが太陽ならば、オメガは月なのか?月に酔うようにピアノを弾く悠理の身体を異変が走る。

 熱い。頭にモヤがかかるようにぼうっとする意識。指は軽やかに最終章を弾き終わる。

 立ち上がろうとした悠理は、身体に力が入らないことに気がついた。


 これが発情か?その時無情にも時計がボーンと鳴った。


 くそっ、こんなタイミングで。


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