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【7話完結】極上アルファを嵌めた俺の話  作者: 降魔 鬼灯


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1/7

プレリュード

 コンクール会場で一際華やかにピアノを弾く男、東郷 司。


 彼の演奏を聴いた悠理は敗北を確信した。


 東郷グループの御曹司にして、大学在学中にもかかわらず、起業した会社は数知れず。その全てが成功しているという、天は二物も三物も与えまくった男だ。

 そして、悠理の古くからの友人でもある。


 司との出逢いは、悠理が小学校に入ったばかりの頃。近所の偏屈なおじさんの所で雑用をしながらタダでピアノを教えて貰っていた悠理が、ピアノを習いに来た司に色々教えてあげたのが始まりだ。  





 悠理より二歳上の司は今では想像が出来ないくらい美少女めいていた。


 そんな司がまだちいさな悠理の手を両手で包み込むように握って『ピアノ上手だね』と言った事に舞い上がった悠理が初めての恋に堕ちたとしても無理はない。


 そうして司のことを女の子だと勘違いした悠理は舞い上がり『おおきくなってコンクールで優勝したら結婚してください。』と結婚を申し込んだのだ。

 司がその時否定することなくただ頬を染めてこくんと頷いただけだったのも悠理の誤解を加速するものとなった。

 司と一緒に連弾したり、お話したり毎日楽しく過ごすうちに、司はぐんぐんピアノが上達していって、ぐんぐん成長していった。

 悠理がだんだん男らしくなる司に現実を知って失恋したのは数年後。思春期に差し掛かった難しい年頃だった。


 その時には取り返しのつかないくらい膨らんだ恋心と司に騙されたという反発心から司と口を聞くことも少なくなっていた。


 淡い初恋に破れた悠理はそれ以来誰にも恋することなどなかった。美化された初恋が大きすぎたのだ。

 そうして悔しさから司に追い抜かれまいと必死でピアノ一筋で生きてきた。

 

 悠理は思った思えばあれが唯一の俺の恋愛経験だったんよな。間違えて男に求婚したなんて黒歴史だけど……。


 

 

 舞台上の司はすらりと伸びた長い足でペダルを操作しながら、ダイナミックにピアノを弾いている。

 力強く繰り出される華やかで艷やかな音色。正確無比なのに、時に繊細で、時に焦がれるような切ない音色が心にせまる。  


 長い指先が奏でる一音で、聴衆の心を鷲掴みにし揺さぶり離さないカリスマ。それが司だった。


 しかも、普段は冷徹な経営者として知られる彼がピアノに向き合うこの瞬間だけ焦がれるような切ない表情を浮かべているのを見れば、多くの観衆が魅了されるのも無理は無かった。


 悠理はただ敗北感を胸に呆然と舞台を眺めるより他なかった。これ以上聞きたくないのに、聞けば聞くほど胸に迫るその旋律に悠理自身も魅了されてしまっていた

 悠理はピアノの師匠や偏屈オヤジに恋をしろって言われていたけれど。

 初恋の記憶が鮮烈すぎて、他に気になる人なんて出来なかった。

 それに失恋した頃両親が亡くなったり、遺された借金があったりして、その日その日を生きるのに必死でそんな余裕なんてなかった。


 だけど今日、司の演奏を聞いた悠理は恋がピアノに与える彩りの凄さを実感した。



 心の奥底を揺さぶるような司のピアノに悠理の涙が止まらなくなった。

 司は真剣な恋をしてるんだな。悠理は今更ながら司との距離を遠く感じた。


 司はアルファだし優しくて格好良くて、大学生ながら起業にも成功し将来性も財力も申し分ない。

 そりゃ女性たちが放っておく訳が無いか。


 そう納得できるはずなのに。どうしてだろう、モヤモヤが止まらない。

 何故だかあの頃、頬を染めてこくんと頷いた司の姿が思い出されて、またもや裏切られた気になってまうのだった。



 そんな悠理の複雑な想いを知ってか知らずか、舞台上の司が悠理と目を合わせたような気がした。

 流し目のような艶やかな眼差しに心臓を鷲掴みにされる。

 司、あんな眼差しをするんだ。バクバク落ち着かない胸を抑えて悠理は落ち込む。

 


 金もなく親の遺した借金まで背負った悠理はバース性までオメガという貧乏くじをひいた。

 オメガはアルファより希少で美しい容姿を持つものも多いのでやりようによっては有利に働くこともある。

 しかし、悠理はアルファを惹きつける美貌も華やかに薫るフェロモンもない欠陥オメガだった。

 そんな悠理の唯一誇れるものがピアノだった。


 今まで未成年オメガを守る法律に護られていた悠理だったが、成人した暁には借金返済の為にオメガ専用の娼館で働く事が決まっていた。

 このコンクールが唯一の頼みの綱だったのだ。


 留学したかった。いやせめて、もう少しだけ自由にピアノを弾く時間が欲しかった。悠理の心の奥底で感情が爆発する。


  準優勝の特典は留学費用の半分免除。借金しかなく頼れるものなどいない悠理には残り半分を工面する手立てなどない。


 優勝賞金が手に入れば返済して自由の身になれた。それに夢だった留学も叶えられた。 


 借金取りは希少なオメガは一晩あたりの単価が高いから、数年で返済できると悠理に言った。しかし、娼館で売られるオメガは強制発情剤を投与して働かせるから必然的に短命なのを悠理は知っていた。

 それに、悠理はオメガだといえ、男に抱かれるなんて気持ちが悪くて堪らなかった。


 我慢して抱かれても、完済できるのが先か亡くなるのが先か。

 四肢の感覚が薬で麻痺してしまうから、今までのようにピアノを弾くことは出来なくなるだろう。


 コンクールでの優勝、それだけが悠理のささやかな幸せを約束してくれる全てであった。



 なのに。知性も美貌も財力もそして、アルファというバース性まで全てを持ち合わせた司は軽々と悠理から最後の希望までも奪っていく。


 悠理が喉から手が出るほど欲しい優勝賞金など不要のこの男に……。




 この男を道連れにしたい。悠理の脳裏にふとそんな考えがよぎったのだった。



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