第七話
からあげ再現のために、グリーンドラゴンを倒して『カラ(ードドラゴン)揚げ』を作る。
そんな目標を立てたアレナは、フィールド型ダンジョン『魔の森』で快進撃を続けていた。
ベリンツォの街を出てから三日目。
順調に探索は進み、予定では明日、グリーンドラゴンが目撃された地点に到着する。
ベリンツォの街の冒険者たちと比較にならないほどの進撃速度だが、もちろん道中にモンスターが出なかったわけではない。
「お嬢様、前方に敵影4。どうなさいますか?」
「オークかしら? それともまたゴブリン上位種やオーガでして?」
「いいえ。この移動パターンは、空を飛ぶ小型モンスターだと推測されます」
「まあ! では狩りますわよー!」
「あおーんっ!」
「『では』って、お嬢様いまのところぜんぶ狩ってるじゃないですか……」
肩を落とすダリアの言う通り、アレナは出くわすモンスターをすべて倒してきた。
普通の冒険者であれば避けるところも、殲滅してまっすぐ進んできた。
ベルタが押すティートローリー内の魔法の袋には、大量のモンスターの素材が詰まっている。
それでも、アレナが隠れたりモンスターを見逃すことはない。
「あら。刃燕ですわね」
「お嬢様、よくあんな速くて小さい鳥を見分けられますね、って、ええ!? 『出会ったらいつの間にか死んでる』、中級冒険者殺しの刃燕!?」
「ふふ、心配入らなくてよ? ベルタ」
「はっ」
主人にGOを出されたベルタの手が霞む。
と、アレナたちに向かって飛んできた刃燕が、勢いのまま地面に激突した。
カロリーナが駆け寄るも、刃燕はすでに死んでいる。
ニンジャの棒手裏剣は必中・必死らしい。
マリーノ家の初代が伝えた「ニンジャ」の情報がおかしい。
「えええええ……? 刃燕って、気づいたところで弓も魔法も剣もかわすから『中級冒険者殺し』なのに…………?」
「さすがですわ、ベルタ」
「ありがとうございます」
アレナのお褒めの言葉に礼をすると、ベルタはささっと刃燕をまるごと魔法の袋に収納する。
すべては、ベリンツォに帰ったら開催予定の「『カラ(ードドラゴン)揚げ』『鳥揚げ』祭り」のために。
道中のモンスターを狩るのは侍女兼ニンジャであるベルタの担当、というわけではない。
フィールドダンジョン《魔の森》へ進むある夜のこと。
「ダリア。カロリーナはどこかしら?」
「あれ? すみませんお嬢様、さっきまではそこで丸くなっていたんですが……」
アレナが問いかけると、ダリアは焚き火の横を指差した。
そこには厚手の敷き布のうえに、ぼさっと毛布があるだけだ。
毛布のふちは浮いており、隙間があいたままになっている。
直前までカロリーナが潜り込んでいたのだろう。
だが、その子狼はいない。
「た、たいへん! いくらカロくんが強いからって、こんなダンジョンの奥地で、もう暗くなってるのに!」
慌ててダリアが立ち上がる。
周囲を見渡すも、カロリーナの影はない。
ダリアが『照明』の魔法であたりを照らそうとしたところで。
ぶんぶん尻尾を振ってご機嫌な様子で、カロリーナが帰ってきた。
「わふっ!」
口にしていたモノをアレナの前にドサっと放って、褒めて! 褒めて! とばかりにちょこんとお座りする。
「カロリーナは狩りに出ていましたのね。何を狩ってきたんですの?」
「これは隠密梟ですね」
「隠密梟!? そ、それって、姿を見ることも難しいっていう夜の狩人じゃないですか! カロくんどうやって!?」
誇らしげに胸を張るカロリーナにダリアが飛びつく。
えらいえらい、とばかりに頭を撫でると、カロリーナは気持ちよさげに目を細めた。
隠密梟はダンジョン《魔の森》に生息するモンスターだ。
翼を広げても80cm程度と小型で夜行性、さらに黒い羽と視認性は悪く、魔力を隠す能力も高いことが知られている。
人を襲うことはほぼないため被害こそ少ないが、その見つけにくさから討伐数もまた少ない。
もしこれで人間を襲う習性を持っていれば、刃燕よりも厄介なモンスターとなっていたことだろう。
「ウチのカロリーナは天才ですわね! ベルタでさえ気づかなかったのに、どうやって見つけたんですの?」
「うぉう、わふんっ!」
主であるアレナの褒め言葉に、カロリーナは鼻をすんすんして耳をピクピク動かす。
カロ、鼻と耳がいいからね! とでも言いたげに。
たしかに、見えずとも、魔力を隠蔽できても、生物として臭いはごまかせない。
「くふふっ、これは負けていられませんわねー!」
カロリーナの活躍は武闘派お嬢様を発奮させた。
とはいえいまは夜。
ダンジョン攻略は止めて、しばし休息の時だ。
アレナの活躍は持ち越しとなり——
——翌日。
気合いを入れ直したアレナに、さっそく活躍の場がやってきた。
グリーンドラゴンが目撃されたという、ダンジョン《魔の森》の最奥まであと一日、というところ。
ベリンツォからはるか彼方に見える山にだいぶ近づき、森の木々はまばらになった「草原エリア」とでも呼ぶべき場所。
「来ましたわねぇ! トリ揚げがまた一種類増えますわ!」
なだらかな丘から前方を見渡して、アレナがふんすと気合いを入れる。自慢の魔法『身体強化』をかける。
「お嬢様、ご武運を」
「わ、わふ?」
「カ、カロくんの言う通りです! あれ大丈夫なんですかベルタ先輩!? すっごい土煙あげて近づいてきますけど!?」
「近づいてくるのなら! 突撃して蹴散らすまでですわぁー!」
言うが早いか、アレナが丘を駆け下りる。
強化した身体能力で、子狼のカロリーナの全力疾走さえ置き去りにするほどのスピードで。
「わふぅ……」
「お、お嬢様!? 大変ですベルタ先輩、お嬢様が『暴走駝鳥』の群れに突っ込んで!」
「心配はいりません、ダリア。お嬢様はこうおっしゃいました。『矛と矛がぶつかり合えば、強い矛が勝つ』と」
「そういうことじゃないような!?」
体さえ人の目線の上にある暴走駝鳥は、いかに鳥類といえど体重は200kgを下らないだろう。
それが、全速力で10体ほど突っ込んでくる。
土煙をあげて草原を駆ける暴走駝鳥の群れとアレナが、衝突した。
結果は言うまでもない。
「ほーっほっほっほ! しょせんは鳥類! 強者を見分ける頭もないんですのねぇ!」
「鎧袖一触とは、さすがですお嬢様」
「もう……お嬢様はなんでもありですね…………」
「わぉーんっ!」
アレナの勝利である。
こうして、アレナたちはダンジョン《魔の森》を攻略していった。
立ち塞がるモンスターを殲滅して、隠れるモンスターさえ見つけ出して、空を飛ぶ鳥は「トリ揚げ祭り」のために軒並み落として。
目的地は近い。
ひょっとしたら、間もなく目的地なことに安心しているのはダンジョンに生息するモンスターたちかもしれない。理不尽に遭遇しなかった、助かった、と。





