第六話
床とほぼ同じ高さの低いカウンターに、拳よりふたまわり小さい種がどさどさと落とされる。
驚く受付嬢をよそに、ベルタがかざしたマジックバッグからはさらに種が出てくる。
「こ、こんな、これまさか、ぜんぶ種吹樹の種ですか!?」
「あら、よくわかりましたわね。さすが冒険者ギルドの受付嬢ですわ!」
「ほ、ほんとに……? だって、種吹樹は群生して、気がついたら種を飛ばされて当たれば骨が折れるほどで、倒れたら根に絡まれて栄養にされるっていう危険なモンスターで……」
「そうだったかしら?」
「お嬢様は一撃も許しませんでした。さすがです」
「すごい勢いで飛んできましたから、受付嬢さんの言うことが合ってると思いますぅ……」
「わふ?」
わかっていないアレナとカロリーナ、ただただお嬢様を褒めるベルタ、常識のズレに震える受付嬢とダリアをよそに、ギルドの食堂兼酒場はざわついていた。
「種吹樹の種を持ってきた、だと?」「おいおいウソだろ、あの量を……?」「新人のやることかよ」「さすがマリーノ家」「マリーノ家こええ。すまねえ爺さん、あんたの言うことは間違ってなかった」などと、口々に。
一足先に平静を取り戻したのは、そろそろアレナ慣れしてきた受付嬢だった。
「あの、アレナさん。見た感じ、種が200〜300個はありそうなんですけど……」
「そうですの? 数えてませんからわかりませんわ!」
「お嬢様は『細かなことは気にしませんの。そちらで数えていただける?』と言っています」
「なんだかひさしぶりにベルタ先輩のソレ聞きました」
「あっはい、それはもちろん構わないのですが……その、依頼に出ているのは数個ほどなので、買い取れるのもそれだけで」
「かまいませんわ! これは依頼達成のために出したのではありませんもの! ああ、もちろん数個程度、納品してもかまいませんことよ?」
「ありがとうございます。えっ、じゃあなんで」
「決まってますわ! 私、依頼を出しに来たんですのよ!」
「は、はあ。あっ、ひょっとして」
「種吹樹の種を絞って油を取り出してくださる? 依頼料はこれで」
手を差し出したアレナに、ベルタがささっとお金を渡す。
お嬢様はお嬢様ゆえ財布を持っていない。冒険者とはなんなのか。本人はいたって普通の冒険者のつもりである。
ともあれ、ベルタに渡されたお金を確認することなく、アレナは受付嬢に依頼料を手渡した。
黄金に輝く、ルガーニャ王国の金貨が10枚。
「はい、たしかに。…………ってえええええええええ!? 300個近い種を絞るにしたって多すぎますよ!?」
「あっ、いい反応」
「ほーっほっほっほ! かまいませんわ! 民に仕事を作るのも貴族の役目ですもの!」
「さすがですお嬢様」
「お嬢様、ここはルガーニャ王国で、貴族の役目って言っても、ロンバルド王国のマリーノ家とは関係がないような」
「それがどうかして? 私は『マリーノ』の名を背負っているんですもの、貴族であることに変わりはありませんわ!」
ダリアのもっともなツッコミを意に介することなくアレナが胸を張る。
背後の食堂兼酒場では、「金貨10枚」と聞いた冒険者たちが色めき立っている。
もちろん一個あたりの報酬はたかがしれているだろう。
それでも、街中での安全な力仕事で総額金貨10枚の仕事ができそうなのだ。
目を輝かせるのは当然である。
「そ、それでは、手続きしてきます。ちょっと待っててもらえますか?」
「ええ、よろしくてよ!」
アレナを待たせることに恐縮しつつ受付嬢が席を外し、アレナが優雅にお茶しながら待つこと少々。
受付嬢は、引きつった笑みを浮かべていつものカウンターに戻ってきた。
「種搾りの依頼は問題なく受けさせてもらいます。あとで書類への記入をお願いしたいのですが……」
「ベルタ」
「かしこまりました、お嬢様。受付嬢さん、私が対応します」
「あっはい、それでですね、その、薬草の大量納品と種吹樹の種の納品、それと大量の種搾りの依頼によるギルドへの貢献を鑑みまして……」
受付嬢がおそるおそる、手にした物をカウンターに置く。
「異例なのですが……アレナさんを、Eランク冒険者に昇格します!」
「まあっ! くふふっ、登録二日目にしてもう昇格! これが『てんぷれ』効果ですのね!」
「よかったですね、お嬢様」
「うぉふっ!」
「ええ……? わたし、FからEに上がるのに半年ぐらいかかったのに……」
アレナ、さっそくの昇格である。
冒険者ギルド側としては、戦闘力は確認済みで上のランクのモンスターでも問題ないこと、マジックバッグ持ちにはもっと高難易度の素材を大量確保してもらいたいこと、種搾りでギルドに貢献してくれたことなど、さまざまな意図が働いた結果だ。
あとほかの冒険者や街の人から「新人冒険者」扱いされてトラブルになったら困るし。ガチで「マリーノが来る」可能性があるので。
昇格がよっぽどうれしかったのか、アレナはずかずか食堂に行って「私の昇格祝いですのよ! 祝杯を奢りますわー!」などと宣言して喝采を浴びる。
ベルタは上機嫌なアレナを甲斐甲斐しく世話して、カロリーナは愛想を振りまいては料理をご馳走される。
ただ一人。
あの半年のわたしの苦労は、と愚痴るダリアは、「普通そんなもんだって」「マリーノと比べちゃいけねえ。案外、ベリンツォのヤツの方が知ってっかもな」などと慰められていた。
受付嬢含め、ベリンツォの冒険者ギルドには常識人が多いらしい。





