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異世界揚げ物屋さん〜婚約破棄?追放?大歓迎ですの!私、そんなことより!揚げ物を食べたいんですわぁ!〜  作者: 坂東太郎
第一部『第一章』

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第九話


 卒業パーティで婚約破棄されて国外追放を命じられ、アレナがすぐに旅立ってから10日。

 一行はようやく、マリーノ侯爵領の領都・マリノリヒトにたどり着いた。


「ほーっほっほっほ! (わたくし)は! 帰ってきましたわぁー!」


 そう、ここはマリーノ侯爵が治める地。

 アレナ・マリーノ侯爵令嬢の故郷である。


「わあ、すごい人です! 大歓迎ですね!」


「当然です。お嬢様のご帰還なのですから」


 領都マリノリヒトは、石壁で円形に囲まれた都市だ。

 すぐそばを流れる川は堀として、また生活を支える水として利用されている。

 近くには二つのダンジョンがあり、二日も行けば国境となるため他国との交易も行われている。

 ロンバルド王国で「王都の次に栄えている第二の都市はどこか」という論争が起こるたびに候補にあげられる大都市である。


 その大都市・領都マリノリヒトの大通りを一台の箱馬車が進んでいく。

 揃いの金属鎧を身につけた騎士が先導して、護衛の騎馬も横を走る。

 門でアレナたちを出迎えた侯爵家お抱えの騎士たちである。

 というか、本来、侯爵家の者が移動する場合はこうなるものだ。

 王都からここまで、令嬢本人と侍女、侍女見習いだけで移動してきたアレナたちが例外だったのだ。

 門で出迎えた騎士に怒られるほどに。


 ともあれ、侯爵家の家紋をつけた箱馬車は、ガラガラと音を立てて進んでいく。

 御者は変わらず侍女のベルタ。

 初めて見る「主人の領地」が気になったのだろう、侍女見習いのダリアも御者席に並んで座ってキョロキョロしている。


 そして。


「くふふっ! 出迎えご苦労ですわぁー!」


「あおーんっ!」


 アレナは箱馬車の上に立って、沿道に詰めかけた領民にその姿を見せていた。

 あとなんだか、人だ! 人がいっぱいいる! と興奮した様子のカロリーナも。


「おかえり、お嬢様ー!」

「お転婆姫、また街で待ってるぞー!」

「おひめさまー! あれ! あれやってー!」


 領都の住人たちは沿道だけでなく、通り沿いの窓という窓から顔を出して手を振っている。

 中には花びらをまく女性や、親しげに声をかけるおじさん、なんだかリクエストする子供たちまでいる。


「仕方ありませんわねぇー! せいやぁっ!」


 子供のリクエストに応えて、アレナが箱馬車の上で演武をはじめた。

 石畳が敷かれているとはいえ揺れる馬車の上なのに、アレナの体幹はブレない。

 びしっ、ぱしっと空気を打つアレナに、子供たちはきゃっきゃとはしゃぐ。

 カロリーナもノリノリで左右の前脚を交互に振る。こう? こう? とでも言いたげに。


「お嬢様ー! 盗賊退治ありがとうございますー!」

「さすがアレナ様、帰り際にちゃちゃっと倒しちまうなんてなあ」

「おい聞いたか? お嬢様、王子との婚約がダメになったらしいぞ」

「じゃあずっとこっちにいるのか? それもいいんじゃねえか?」

「はっ、見る目のない王子だねえ。お嬢様はアタシとおんなじぐらいいい女なのに!」

「おい誰と比べて言ってんだおばさへぶっ!」


 住人の中には情報通もいるようだ。

 アレナが婚約破棄したことも、それどころか数日前に盗賊を退治したことも知られている。


 ちなみに、峠で倒した盗賊たちは縄で縛って歩かせ、エミリア男爵領とマリーノ侯爵領の領地の境にある兵士詰所に引き渡された。

 その場で仕留めず生かしたのはアレナの慈悲、ではない。

 ほかに隠れ潜む者はいないか、街に協力者はいないか、兵士に取り調べさせるために。


「はっ! せいっ! やあっ!」


「ぐるるっ、あおーんっ!」


「あの、こういう時って優雅に手を振ったりするものじゃないでしょうか……」


「お嬢様ですから、これが正解なのです。皆も喜んでいるでしょう?」


「たしかにそうですけど……うーん…………」


 アレナがびしっと決めるたびに住人がわっと盛り上がる。

 前に居座って今度はエア噛みつきするカロリーナは、すっかり子供たちの人気者だ。子狼とはいえモンスターなのに。

 御者席のベルタはお嬢様誇らしい!とばかりに胸を張り、ダリアだけは困惑気味だ。


 とにかく、そうして住人たちの歓迎を受けながら進むことしばし。

 やがて目的地が見えてきた。


 領都マリノリヒトの北西側、街で一番国境に近い外壁に沿って建てられた屋敷。

 いや、その威容と役割を考えたら、屋敷というより砦というべきか。

 街から見える側こそ「屋敷」だが、中庭を挟んだ後方には堅牢な石造りの建物が姿を見せている。


 街の中心部ではなく、北西の端。

 他国からの侵攻があれば真っ先に立ち上がり、民のための壁となる。

 その意思が込められた、マリーノ侯爵家の本邸である。


 開かれた門の向こう、馬車まわし(ロータリー)の奥にはずらりと人が並んでいた。

 ベルタと同じメイド服を着た侍女たち、執事や屋敷を守る兵士、庭師や料理長の姿まで見える。

 そして、その中央、アレナを迎える最前列に、男女が並んでいた。


 二人を見たアレナが箱馬車の上から飛び降りて馬の前に着地して、勢いのままに駆け寄る。


「ただいま帰りましたわ、お父様! お母様!」


 ばっとジャンプしたアレナを、男性はしっかりと受け止めた。


「おかえり、アレナ」


「おかえりなさい。ふふ、まったくアレナはお転婆なんだから」


「かまいませんわ、ここにはウチの者しかいませんもの! それに——」


 すたっと地面に下りたアレナが、満面の笑みで両手を天に突き出すと。



「——私、もう『王子の婚約者』じゃありませんのよ! マナーなんて知ったこっちゃありませんわぁー!」



 高らかに叫ぶ。


 父親は「マナーは必要だろう」とばかりに頭を振り、母親は「あらあらまあまあ」と微笑んだ。


 アレナ・マリーノ侯爵令嬢の帰省は、騒がしいものになりそうだ。




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