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2日目‐1


 こちらの作品も投稿。歩みが遅いなぁ。

 『天使戦線』よりは遅くなりそうですが、気長にどうぞ。




 異変二日目、12月2日の目覚めは極めて良好なものだった。ごく自然に目蓋が開いて、眠気は全くなくスッキリとした快適な覚醒だ。

 ベッドから起こす体は羽のように軽い。ここまでの快適快調な目覚めは記憶にないくらい。布団から出てくる時に感じる冬の冷気も気にならないほどだ。

 枕元にある目覚まし時計は朝の5時。昨夜は何時もよりも早い就寝時間だったけど、起床時間はいつも通りになった。長年の習慣が染みついているのだろう。

 ベッドから鏡の方を見ると、起き抜けの金髪エルフ少女の姿が映っていた。寝て起きたら全て夢だったというオチは残念ながらなかった。スッキリした目覚めだったけど、現状置かれている環境は良くなっていない。むしろこれからは悪くなっていく一方だろう。それを考えると快適だった気持ちが萎んでしまい、朝一番にため息が出てきそうだ。


 外はまだ暗いが冬の日は短い。早くに起きて行動を始める。ベッドから抜け出て、大きくなったスリッパを履いて、鏡の前で軽く身だしなみを整える。寝ぐせとかは無いようだ。金色のサラサラとした髪は枝毛とも無縁で、これが自分のものとは思えず実感が湧かない。

 手櫛で軽く髪を整えたところで、扉の向こうにルディの気配が感じられた。毎朝のように扉の前で出待ちして散歩へのお誘いをしてくる奴の習慣だ。

 扉を開ければ行儀良くおすわりしているルディ。口には散歩用の束ねたリード。毎朝の光景だけど、この異常事態の中で見ると奇妙なほど安心感を覚える。俺の肉体も世界も激変してしまったが、変わらないものもあると分かれば気持ちが落ち着くのかもしれない。


「おはようルディ。悪いが当面散歩は出来ないぞ」


 こう言ってルディの頭を撫でてやる。すると残念そうに頭を落として一階に戻っていく。俺の言っている言葉が分かっているのか? いや、雰囲気から察したのだろう。

 外はモンスターが闊歩している状況で、暢気に散歩なんて出来るはずもない。しかし猟犬でもあるルディを座敷犬みたいに家に押し込めておくのもダメだろう。どうしたものかと少し悩む。

 ……いや待て、何も散歩に限らず行動を共にすれば良いのでは? 昨日見せたルディの活躍を考えれば外で活動するのに支障はないと思うし、むしろ助けになる。こんな状況下でリードなんてルディ位に訓練された犬だと不要だろう。よし、今日は一緒に外で活動してみるか。


 朝一番で今日の予定を一つ立てる。枕元に置いていたモスバーグ散弾銃を手に一階に降りて、早速外の様子を見てみる。出かける訳じゃない。家の外周を見て回り、異常や危険が無いか確認しておきたいのだ。

 ルディも行きたそうにしていたので誘い、調達したばかりの新品の靴をはいて一緒に玄関から外へ出た。扉を開ければ12月初めの冷風が吹き込んでくる。日が出ていれば暖かい小春日和だけど、日の出前の空気は夜間よりも冷える。触れれば切れそうな冷たい風が頬を撫でた。

 ずっと着ている外着はそれなりに暖かな服装のはずだけど、それでも首をすくめてしまう。対してルディは平気らしく、尻尾を振って元気よく外に出ていった。流石だ。


「ルディ、戻ってこい。散歩じゃないんだ」


 外に出てそのまま駆けだしそうになっているルディに声をかけつつ周辺を警戒の目で見渡す。見える限りはモンスターの姿は無い。念を入れて上空にも警戒の目を飛ばすけれど、冬の夜明け前の静かな風景が視界にあるだけだった。この一見すると静かな風景の中にモンスターは潜んでいる。モスバーグのグリップを握る力が知らず強くなっていた。

 まずはルディをお供に自宅の周囲をぐるりと巡回。特に家の裏手、水力発電機のある雑木林は結界の外なので警戒を要する。発電機の小屋にも結界が張れたら良かったのだが、今のレベルでは小屋まで結界を広げたり、別個に結界を張るのも無理らしい。結界の強化は今後の目標の一つになるだろう。

 とりあえず今日も発電機に異常は無し。ルディも異常は探知しなかった。昨日のゴブリン以降、ここにモンスターは来ていないようだ。

 自宅を囲う塀の内側に戻り、一息ついたところで次の確認。結界の基点になっているカードの様子を見ておきたい。


 ――うん、やはり込められた魔力が減っている。結界基点のカードを一目見て俺はそう感じ取った。

 当然だが元はメモ帳の紙だったカードにメーターやインジケーターがあるわけではない。なのに俺には魔力の減り具合が感覚として分かるようになっていた。これもエルフになった事で変化した部分なのだろう。

 結界に込められた魔力は永続的なものではなく、結界を張る燃料として徐々に消費されて大気中に霧散していくらしい。魔力が切れれば結界は解けてしまい、モンスターの脅威にさらされる。そうならないためには、再度カードに魔力を込めて消費した分を補充すればよい。俺の頭にインプットされた知識はそう言っていた。


 カードに手を当てて魔力を充填していく。手が仄かに輝いてカードの刻印に力が戻っていくのが感覚として伝わってくる。程よく魔力が溜まったところで次の基点のカードに向かう。この作業を四回行って家に戻った。

 これで今日の分の自宅の安全は確保できた。絶対安全ではないが、これほど簡単にある程度の安全が確保できるのは大きい。心理的にも余裕が生まれるし、色々とプラス面での恩恵もある。もちろん運用二日目で実績は浅く、過信は禁物ではあるが。


 屋内に戻った俺は頭をスッキリさせる意味も込めてシャワーを浴びる事にした。思い返せば、昨日は一連の騒動で風呂に入っている暇なんてなかった。衛生面でも大切な話だが、余裕のある今の内に風呂に入って気持ちを切り替えておくのも良い手だろう。

 バスタオルと入手したばかりの女性用の着替えを用意して脱衣所に入る。洗面台と洗濯機、ヘルスメーターが置いてある畳二枚分のスペースがこの家の脱衣所だ。

 外着はまた着るので、中の肌着を洗濯機に入れつつ衣服を脱いで裸になる。冷気が肌に直接触れて背筋が縮む。洗面台の鏡には細身の美しい少女が裸で寒そうにしている姿が映る。これが自分の体だと認識が追いつかないので、少女の裸体が視界にあるのは落ち着かない。かと言って目を下にやっても少女の肉体がある。目のやり場に困る。


 落ち着いた状況でこの身体を観察する機会はこれが初めてだ。容貌は10代の美しい少女で、ファンタジー系のラノベに出てきそうな金髪エルフそのものの姿をしているのは昨日も確認した。胸や尻は小さく細身で、女性らしい発育はまだまだといったところ。しかし、それが不思議と魅力的に見える。

 未完成の美とはこういうものを言うのかもしれない。将来的にはどう転んでも美女になりそうな姿形だけど、今のままでいて欲しいと思えてくる。俺の肉体はそんな体になっていた。……いや、こうなった経緯を考えると本当にずっとこのままで成長しないかもしれないな。

 加齢や野外活動で節くれ立った手足は傷一つない滑らかなものになっているし、肌もシミひとつなくきめ細かで、張りが違うのが分かる。こうなる前は肉体のくたびれ具合から歳を実感するようになっていたので、この若返りの部分はちょっと嬉しかったりする。若さというのは失って初めてありがたさが分かる。


 このまま裸体を観察しているのもどうかと思うので、さっさとシャワーを浴びることにする。給湯設備は空気の熱で暖めるタイプでガスは消費しない。電気と水の供給は問題なく、シャワーヘッドからは適温のお湯が出てきた。

 ボディソープとシャンプーで体を洗いつつ、ヘッドから降り注ぐお湯の雨に打たれる。お湯を弾く張りのある肌、指を通せば引っかかることなく流れるブロンドの頭髪にいちいち感心してしまう。ついで肉体の違いによる勝手の違いにはうんざりしてしまう。背が縮んでいるので高いところにあるシャワーヘッドが掴みにくくなったり、長くなった髪の扱いに苦労したりと大変だった。


 手こずった分普段より長くなったシャワータイムを終えて、俺はキッチンに入った。朝食の用意を始める。昨日は非常時だったので簡単に済ませたけど、今日はキチンとしたものが食べたい。

 冷蔵庫を覗き、痛むのが早そうな物から手を付けていく。三日前に買ったホウレン草がまだ残っているので今日で使い切ろう。二日前のマグロの刺身を醤油漬けにしたものがあるので、これらをパスタの具にして一品作ってしまうか。余り物、残り物を使ったパスタ、焼き飯は独り身料理の定番だ。

 鍋で湯を沸かしている間に醤油漬けのマグロとホウレン草、加えてパスタに欠かせないガーリックをスライスしていく。


 料理の合間で少し手が空いたのでリビングのテレビの電源を入れてみるが、放送休止か電波が受信できていないかの状態がほとんどだ。唯一の例外はNHK。画面では重大災害があった時のように文字のテロップが流れていく。緩やかな音楽と雄大な自然が映されている中での緊急情報はシュールさと事態の深刻さを伝えてくる。いつもだとこの時間、早朝のニュースが放送されているはずだがそれがない。NHKでも他の放送局と同じように何らかの事態に直面していているのだろう。

 パスタを茹で、その合間にマグロとホウレン草をオリーブオイルで炒める。事前にガーリックを良くローストするのがポイントだ。茹で上がったパスタを加えてよく混ぜ、塩コショウと粉末のコンソメなどで味を整えれば出来上がり。お好みでタバスコを少々振りかけておけば完璧だ。


 皿にパスタを盛り付け、添え物のインスタントのスープと一緒に食卓へ持っていく。炭水化物が多い朝食だけど、今日やる事を考えればエネルギーが欲しい。

 いつもの食卓にいつものように座って、いつものように食事を始めた。ただし、俺の肉体は縮んで少女になっているせいか違和感が残る。テーブルの高さが気になる。使い慣れたフォークも大きく感じる。今後もこういった違和感を覚える場面が出てくるのだろう。今のうちに慣れておかないと些細な違いが命にかかわるかもしれない。

 フォークでパスタごと具を刺して口に運ぶ。スパゲッティタイプのパスタと絡めたマグロ、ガーリック、舌を刺激するタバスコの辛みが口の中に広がる。まあまあ上手くいった出来ばえだ。

 黙々と朝食を口に運ぶ作業めいた食事。食卓の下ではルディが伏せた状態でテレビを見ている。俺の食事が終われば次は自分なので、早く飯にありつきたいのか食事中は大抵俺の近くに居る。躾はされているので俺の食事を欲しがるような事はないけど、時折急かされている気分になってくる。


 テレビは変わらずゆったりとした曲を流し、画面はフランスのどこぞの古い城を様々なアングルから撮影した映像が映し出されている。ネットで収集した情報では全世界でモンスターが発生する異常事態になっている。この古城も今頃はモンスターに襲われて破壊されているかもしれない。いや、映像では城壁や防衛設備は残っているから近隣住民の立て篭もりに使われている可能性もあるかもしれないな。日本でも防衛設備が残っている城址公園などが使われていそうだ。

 ヨーロッパの古城の映像から空想の翼を広げて、つらつらと考えながら食事をしていると唐突に画面が切り替わった。

 映されたのはニュース番組で馴染みのあるローカル局のスタジオ。キャスターの席に座る人物もローカル局の男性アナウンサーで、たしか天気予報担当だったはず。ただ、よく見てみれば彼の顔には疲労の色が濃く、目の下にはくっきりとクマが出来ていた。通常はメイクなどで誤魔化すのだろうが、そんな余裕さえもないのだろう。


『皆さん、おはようございます。12月2日、水曜日、非常事態につき予定を大幅に変えての放送になります。本来はメインキャスターの斎藤アナがお送りするはずですが……彼は帰らぬ人となりました……そのため、今後は私が可能な限りテレビを視聴する皆様に向けて情報を発信し続けたいと思います。どうかよろしくお願いいたします』


 以前では聞いたこともないかすれた声で挨拶を口にして画面内で頭を下げるアナウンサー。彼をはじめ、地方局の職員は地獄の一日を過ごしてきた。そう察してしまえる出だしだった。

 こうして始まった朝のニュースだが、ローカル局が出ている事からも分かるとおり県内の出来事が中心だ。局の記者がどうにか伝手を頼って電話してみたり、メールやSNSでやりとりしてみて取材した内容が流される。

 手段が限られているせいか不確定な情報も多く、アナウンサーも予め「いまだに不明点が多いため、参考程度にして下さい」と公共放送とは思えない言い方をしていた。それでも情報を発信することに意義でも感じているのか、ニュースは続けられる。

 県警からの情報では幹線道路のあちこちで事故が多発、車両の通行が難しくなっている。停電も起こり、一部では断水も起きている地域があるそうだ。不幸中の幸いは外にモンスターがいるせいで略奪や暴動といった混乱は起きていないところか。

 異変は未明に始まったこともあって多くの人は在宅中で、異変があってからは自宅で篭城をしている。ニュースでも「身の安全を確保して、不要不急の外出はしないように」などと自然災害みたいな言い回しで篭城を勧めてニュースを締めくくった。

 ニュースが終わると再び環境映像が放送され、文字情報が流れる。非常時のローカル局だけではまともに番組が組めないみたいだ。テロップでは次のニュースの時間は昼頃と予告している。こうなるとテレビは情報収集手段としては使えない。ため息を吐いた俺はリモコンを手にして電源を切った。朝食もちょうど終わったところだ。


「――うん。やっぱり篭っていてはジリ貧だな。外を自由に動ける程度になっておきたい」


 ニュースを見終わってルディに餌をやり、食器を洗いつつ思考を回して出た結論が口から出てきた。床で餌を食べていたルディが俺の声に反応して一瞬だけ顔を上げてこちらを見てきたがすぐ食事に戻る。子犬の時から食い気の強い奴だ。

 今後についての考えだが、鍵を握っているのはやはり『ステータス』だろう。モンスターを狩り、剥ぎ取りや街からの資源回収で素材や資材を調達していき肉体、武器双方の強化に努めていく。そんなロールプレイングゲームの常道的方針が今後の行動目標となるだろう。そのためには積極的に外に出てモンスターを狩りたい。

 手始めとしては、もう一度あの非合法組織のものらしい家に向かうとしよう。昨日は時間が短かったせいで探索が不十分だったように感じた。もう一度時間をとって念入りに探せばもっと使える武器が見つかるかもしれない。

 今後は武器の質と量が生存に直結するようになるはずだ。使える武器は幾らあっても困らない。調達できる機会があるなら逃さず動くべきだ。


 手近にあるデジタル表記の置時計は朝の7時になろうとしている。この時刻になれば外も明るくなって、冬の寒い一日が始まる。

 動くなら明るい内がいいだろう。暗闇の中でモンスターと戦闘など恐ろし過ぎる。今から日没の午後4時くらいまでが外の活動時間だと俺の中で定めた。頭の中で予定を組み立てて、必要な資材を考えて、それらにかかる時間を概算する。なんであれ行動の予定を立てるというのは不思議と楽しくなってくる。

 さあ、行動開始だ。



 ★



 この家の1階ガレージを挟んだ向こう側に作業部屋がある。ここはクルマやバイク、猟銃の整備に使う工具や各種消耗品を置いていて、整備のための作業台もある。本日の最初の行動はここからだ。

 作業台の上に猟銃の散弾銃を乗せて万力で固定。予めマーカーでラインを入れてサイズを決定、取り返しが付かないので二度ほど確認する。それが終わると工具棚から金ノコを取り出してマーカーで定めた位置に刃を当て、ギコギコと銃身を切り始めた。

 意外にも銃の銃身部分は比較的柔らかい金属になっているため金ノコで簡単に切れてしまう。大した時間もかけずに床に切断された銃身が落ちる。次に金ノコから木工用のノコギリに持ち替えて、銃身とは反対の銃床に刃を入れて、これまたギコギコと切っていく。


 俺がやっているのはソードオフショットガンの製作だ。モスバーグを入手したことで手持ちの散弾銃が二挺になった。俺が元から持っている物は水平二連の古いタイプで、今後の戦闘を考えるなら弾数の多いモスバーグの方が断然有利になる。それでも手持ちを無駄にしたくないので差別化を図ることにした。

 アクション映画ファンなら水平二連の散弾銃で思い浮かべるならこれだろう。ノコギリで銃身と銃床を切り落とし短縮化、服の中に隠せるサイズになったショットガンは近接距離における鬼札だ。

 火力が高くて秘匿性もある。そのため多くの国で違法とされる改造だ。民間の銃器所持に寛容なアメリカでさえ連邦法で違法とされ、州によっては殺人罪も適用される。逆に言えば、それだけ簡単に強力な武器が得られるとも考えられる。

 改造ベースの銃があって、工具と設備もあって、取り締まる官憲の目もなく、周囲の環境は自衛必須とくればやらない手はない。


 切った部分にグラインダーとヤスリをかけてバリを取り、断面に薬剤とニスを塗布してサビ止めと防腐処理を施す。フィクションでは切るだけだったけど、こういう後処理が使い心地に繋がるのを知っているので手は抜かない。

 速乾性のニスが乾いたところでグリップを握って試しに構えてみる。切り落とした分だけ重量が減って片手で持つのに苦労はない。短くなったから取り回しもしやすくなっている。これなら昨日みたいなことにはならない。バランスも切っただけの割には悪くない。後は実際に撃ってみないと何とも言えないな。


 最後に作業台の隅置いていたホルスターに手を伸ばして引き寄せる。このソードオフショットガン用に用意したホルスターだ。

 過去に映画『マッドマックス』の主人公が持つソードオフをモデルガン化して発売された事がある。これはその付属品だ。付属品と言っても革製の本格的なガンベルトになっていて、散弾用実包も四発差し込める部分がある。最初に切り落とすサイズを測ったのもこのホルスターに納めるためだ。

 出来立てのソードオフショットガンを入れてみれば、若干横幅がキツイが気になる程ではない。革製なのでその内馴染むと思う。これで作業は完了だ。


 作業の後始末をしてからソードオフショットガンを手に寝室へ。今日一日の武装はすでに用意してある。ベッドの上には昨日回収した物の中から選んだ衣服、銃とナイフ、弾薬があって後は身に着けるだけにしてある。

 まずは昨日から着たままの服を脱いで下着だけになる。そばにある姿見には色気のない下着を着ている美少女エルフが映るので、服を着るまでなるべくそっちを見ないようにしよう。

 服は上下一体の黒いツナギに決めた。保温性と丈夫さからのチョイスだ。きちんとサイズは確認して回収したはずだけど袖を通すのはこれが初めてで、少し不安になる。股下とか座高が合ってないと着用が難しくなるからな。

 下半分を穿いてから上半分に袖を通す。するとサイズはピッタリで裾を上げる必要も無かった。今までこの手の服を着れば裾あたりが必ず余るので、珍しい経験をしている。確か店に置いていた中ではこれが最小サイズだったはずだ。

 このツナギは腰にベルトを通せるタイプなので手持ちのベルトを腰に巻いて、ベッドに置いていたFNハイパワーに手を伸ばす。これもモデルガン用に買ったホルスターに納まっており、ベルトに装着して吊るすタイプだ。カイデックスというプラスチックの一種で出来たホルスターは、革や布のホルスターと違って水に塗れても問題ないし、銃を保持する能力も高い。ただし柔軟性に欠けていて、銃のサイズに融通が利かない。俺の持っているコレは、ハイパワーに近い形状のモデルガン用として持っていたもので少々ガタついている。一応、ちゃんと銃の保持はできるので大丈夫だと思う。

 ハイパワーの納まったホルスターを体の横、腰の右側の位置で吊るす。軍や警察でよく吊るされている位置だ。秘匿性を考えなければこの部分がベストだろう。

 腰の反対にはバックナイフの納まった鞘を吊るす。作業用としても戦闘用としても頑丈なナイフの出番は多く、狩猟用のユーリティナイフはうってつけと思う。加えて細かい作業用にやはりバック社の折り畳みナイフをポケットに入れておく。野外活動をするときは大小のナイフを持って、使い分けすると便利だからだ。

 このベルトの上にソードオフショットガンを納めたガンベルトを巻く。ベルトにベルトを巻くのは不思議な感覚だけど、ガンベルトは銃の保持に特化した物で衣類用ではないからこれが正解だ。位置やホルスターを調整してナイフの前に来るよう位置取りを決める。ハイパワーを右手で抜いて、ソードオフを左手で抜けるようにしてみた。


 実際に左右のホルスターから銃を抜いて感覚を確かめてみる。ソードオフが長いせいでやや抜き出しに難があったけど、これは西部劇の早撃ちではない。早く抜けないならそれなりの対策を講じれば良いだけだ。

 姿見を見てみれば、そこには黒いツナギを着て大小二挺の銃を持つ美少女キャラがいた。こんな絵面リアルだとコスプレにしか見えないが、持っているものは本物である。昔のジョン・ウー映画のように二挺拳銃で撃ちまくることは無いと思うが、テンションが上がってくるのが自覚できた。気分はアクション映画の主人公が戦闘準備をしているシーンだ。状況が許せばBGMを流しながら支度をしているだろう。

 革ジャケットを上に着て、首元の防寒にマスクにもなるネックウォーマーも着用、頭の装備はヘルメットを調達したけど今回はつば付きのニット帽にする。今日は一段と冷えるので防寒重視だ。手袋も作業がしやすい軍手タイプを装着。身に着けるものの色は黒が基調で目立ちにくい色合いにしてみた。姿見に映るエルフの姿も地味なものだ。だけどこれで良い。


 後は細々した装備品をジャケットとツナギのポケットに入れていく。ハンカチとティッシュはこの状況下でも役に立つが、財布はどうなんだろう? この混乱の中でも日本円に意味があるのやら、と思いつつ半ば習慣で持っていくことにした。無いと落ち着かない。

 スマホも財布と同じ理由で持っていくけど、こちらはまだ使える可能性がある方だ。充電していたものを手にとってホーム画面を見てみれば、Wifiを解除した受信状態が悪くなっていて、表示されているアンテナの本数が減っている。これは中継基地がやられたか? そう思いつつWifiをオンにした。

 次いで銃に使う弾薬をポケットに入れていく。専用のポーチが望ましいけれど俺もそこまで手が回らなかった。これも機会があれば回収をしよう。そう頭の中にメモしつつ、散弾の実包と拳銃の弾薬を詰めたマガジンをポケットに入れた。

 最後に回収品を入れるドラムバッグと今日のメインウェポンを担げば出撃準備完了だ。


 今回肩に担ぐメインウェポンはクロスボウに決めている。火力が充実し始めているけれど、やはり無闇に銃声は鳴らせない。腰に吊るした二挺の銃もあくまで近距離のサブアームという位置付けだし、遠くの目標を静かに撃つならこういう物を選びたい。

 昨日使ったコンパウンドボウは今日はお休み、ケーブルを弓から外して軽く手入れを済ませている。今後はローテーションを組んで交互に使い、使い心地と状況を見て使い分けていくのが方針だ。

 ブレード付きの(ボルト)は6本、クロスボウの本体に付属しているクイーバーという矢を収納する部分に入れる。正面切っての戦闘だと心許ない矢数だけど、今日も回収と探索がメインの目的なのでこれで何とかしのげると思う。ショルダーベルトを付けているので猟銃と同じ要領で肩に担げる。

 クロスボウを担いだ反対の肩にはドラムバッグを提げて寝室を出る。部屋の外ではルディがおすわりの姿勢で待っていた。俺が出かけるのを察していたようだ。


「――行くぞ」


 一声かけるとルディは嬉しそうに尻尾を振りだした。俺が向かう先に先導するように走り出し、玄関で再びおすわりの姿勢になる。そこに用意したブーツタイプの安全靴に足を入れて、サイドジッパーを上げる。足が靴で締まる感覚と同時に気分が引き締まる。この玄関の扉の先は敵地だ。


「……行くぞ」


 今度は自分に言い聞かせ、靴を履くため屈んでいた体を起こす。扉の鍵を解除してノブに手をやり、外に気を配りながら慎重に扉を開ける。朝方もやったけれど、玄関の扉を開けるだけなのに緊張する時間になってしまった。

 空いた隙間からすかさず冬の冷たく乾いた風が吹き込んで顔に冷気を切りつけてくる。見た限りは異常なし、今日も良い天気でお出かけ日和だ。

 下界の惨状など無関係に空は晴れ渡っている。そのギャップが少し可笑しく思え、俺は口元に皮肉げな笑みを浮かべながら扉をくぐった。二日目の行動開始だ。




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