◇国王の悩みと陰謀
謁見の間から側妃たちが消え、彼女たちがいた場所には魔法の余韻だけが残っていた。
(一体二人はどこに飛ばされたのかしら……)
ヒスカリアがその消えた跡をじっと眺めていると、ジェインが渋々といった様子で口を開く。
「部屋に送っただけだ。妙なところに送って、また色々噛みつかれたら面倒だからな。それにしても……やはり思った通りか」
攫われたり、露骨な嫌味を言われたりはしなかったものの、やはり彼らの狙いはヒスカリアの魔力だった。
ジェインの言葉に頷いていると、今度は国王が大きくため息をつきながら話し始める。
「あやつらは自分たちのことしか考えておらぬ。国のことを考えれば、魔力量の多い者同士で婚姻させ、魔力を少しでも維持しなくては……まあ、あわよくばジェインが国王になってくれたら嬉しいんだが……」
(ジェイン様が国王に……!?)
国王の突然の言葉に思わず固まる。
けれど、隣にいるジェインは全く驚いていないどころか、動じる様子もない。
既に言われていたことなのか、これまで通りの調子で国王に苦言を呈しだす。
「陛下。その件は既にお断りしております。第一、ルヴィアン殿下の魔力量はそんなに少ないわけじゃないでしょうに」
元々体が弱く、今日の挨拶も体調不良で参加できなかったルヴィアン王太子。
そういえば、以前のレイヴィスの説明でも王太子の魔力量について触れられていなかったことに気づく。
ジェインの言葉からすると、王太子は他の公爵家に比べてもそこそこの魔力量を持っているようだ。
「それはそうだが……やはりジェイン、其方に比べれば誰もが劣る」
そう言って国王はさらに大きくため息をつく。
「魔力量でいえば、というだけです。他は大して変わらないと思いますが……」
「そこが一番大事なんだろうが!」
ジェインの反応に、国王は急に声を荒らげ玉座から身を乗り出す。
「この国は、この世界で唯一、魔法が残っている国だ。他国と違い、魔法を市井に流すことなく、王族のみで継承させ続けて来たからこそ、国内はもちろん、世界的にも強い権力を維持できているのだ! ジェイン、其方の魔力はこの国にとって一筋の光なのだぞ!」
切々と語る国王の姿に、ヒスカリアは改めて魔力を持っているということがどういうことなのかを考えさせられる。
ジェインはもちろんのこと、自身の契約継承が国の今後を左右するかもしれない……。
(薄々そうではないかと思ってはいたけれど、ジェイン様と婚姻を結ぶということは、この国の未来を背負うことに等しいのね……)
そう気づいた途端に、今まで以上の重圧と、その責を負うことへの不安がヒスカリアを襲い、無意識に俯いてしまう。
この婚姻の理由は、ジェインが言っていたように魔力維持のため。
けれど、ヒスカリアが想像していた以上に大きな、国の内情を孕んだものだった。
ヒスカリアは改めて自分の置かれている状況が上手く飲み込みきれない気持ちになっていた。
(公爵夫人に相応しいかなんて、そんなことに怯えている場合じゃなさそうだけど、私にそんな大役が務まるのかしら……)
一方、国王の思いを全力でぶつけられたジェインは、ため息をつきながら返事をする。
「……わかっています。だからこそ、彼女との婚姻を飲みました。これ以上を望まれるようでしたら、今後の結界への魔力提供は考えさせていただきます」
キッパリとそう告げるジェインに、急に国王は慌て出す。
「い、いや、そうだな! これ以上は高望みというものだな。すまない」
魔力提供を引き合いに出され、国王は引くしかなくなってしまう。
驚きのやり取りに、思わず反応しそうになるヒスカリア。
王宮には緊急時に備えて結界が張られているとソマリア夫人に聞いてはいたものの、その動力となる魔力を今の王家では賄えていないのか、まさかジェインが提供しているなんて。
でも、それだけジェインの魔力が国にとって重要なのだ。
(それよりも、ジェイン様のおっしゃりようだと、国王にならない交換条件に私との縁談を飲んだってことでは? つまりジェイン様は私との婚姻を仕方なく受けたということなんじゃ……)
そう思った途端に、なぜかヒスカリアの胸の辺りにチクりと小さな痛みが走った。
「どうもジェインを前にすると欲が出ていかん」
「陛下のおかげでヒスカリアが完全に引いてしまいましたよ……まったく」
相手が国王でもまったくひるむことなく文句を言いながら、ジェインは隣で俯くヒスカリアの顔を覗き込む。
俯いた当初の不安とはまた別の不安を抱えていることなど気づきもしないジェインは、自分が予想していた以上に不安そうなヒスカリアの様子に、覗き込んだまま声をかけた。
「ヒスカリア、君は何も気にしなくていい。国を背負うのは陛下の仕事だ。私の仕事でもなければ、もちろん君の仕事でもない」
今のヒスカリアの不安から離れている上、当然のことではあるものの、あまりにもアッサリと告げられた言葉に、ヒスカリアは思わず顔を上げる。
「ジェイン様?」
「……それに私は、先日話したように、魔力重視の考え方を嫌っている。魔力はもちろん、国にも何ら興味はない。魔力提供や魔法の研究は、今は亡き母上が望んでいたから、やっているだけだ。だから君が背負う必要なんてない。別に魔力継承に失敗したって構わないんだ」
「ジェイン!」
ジェインの発言に国王は声を荒らげた。
そして、ヒスカリアは驚きのあまりジェインを見つめたまま、言葉を失っている。
ところが、ジェイン本人は再び国王に向き直ると、さらに驚くべき提案を始めた。
「陛下も、もう少し建設的な未来を考えるべきです。どうせ今持ち堪えたところで、いずれ魔力は枯渇する。ならば、完全に失われる前に、体制を整えなければ手遅れになってしまいます」
「……」
あまりの発言に、国王は口をハクハクさせたまま、何も言葉が出てこない。
するとジェインは、何の反応もない国王に肩をすくめると、仕方ないと言わんばかりの態度でわざとらしく話題を変える。
「はあ……ところで、ルヴィアン殿下は大丈夫なのですか?」
国王は少しの沈黙の後、まるで何も聞いていなかったかのように、先ほどの話題には一切触れず返事をした。
「…………ああ、いつものことだ。血のせいか、虚弱体質が酷くてな。だが死ぬ病ではないから、大丈夫だ。それもあってジェインに国王になって欲しいんだがなあ……」
「陛下、本気で怒りますよ?」
「あ、いや、冗談だ」
「では、私たちはこれで失礼いたします」
そう言って一礼するジェインに合わせるように、ヒスカリアも礼を取る。
ところが、そのままヒスカリアをエスコートしながら退出しようとするジェインを、何かを思い出したかのように国王が呼び止めた。
「そうだ、ジェイン! ルヴィアンのところへ寄ってやってくれないか? どうも最近また不穏な気配があってな……結界を強化して欲しいのだ」
振り返ったジェインは、自分から王太子の様子を聞いてしまったこともあり、渋々といった様子で頷く。
「ヒスカリア、すまない。控え室に戻って少し待っていてくれ。部屋の扉は、サマリア夫人に教わった魔法で開く。最悪難しければ、指輪を使うといい」
「指輪ですか?」
「ああ。指輪には君の魔力が込められている。かざせば勝手に扉が吸収して開く。指輪の魔力はあとでまた充填すれば問題ない」
「わかりました」
行きはジェインが転移魔法を使ったことで、習った魔法を全く使用しなかったヒスカリアは、初めての実践に少しワクワクしながら、一人控え室へと戻ることになった。
◇
「この扉で合っているのかしら……?」
ヒスカリアは不安そうに扉の前でキョロキョロと辺りを見回したが、廊下には誰もいない。
行きは、使用人に導かれながらジェインのエスコートで向かったが、戻りは一人きりだったため、記憶を辿ってやってきた。
人よりも記憶力があるはずなので、間違いないはずと思いつつも、ここは王宮で、違う部屋を開けてしまったらどうなるかわからない。
不安に思いつつも、ヒスカリアはサマリア夫人に教わった通り、扉にあるプレートにゆっくりと手をかざした。
そして、そこに向かって魔力を込める。
すると、プレートから赤く光る小さな魔法陣が現れ、ヒスカリアの魔力を吸い取っていく。
それと同時に、それまでは付いていなかった扉のノブが光に包まれながら現れた。
「上手くいったわ! あとは、この部屋が間違っていないことを祈るだけ……」
そう言いながら、ヒスカリアがノブを手に握ったその時だった。
「やっぱり魔力量が多いのね。その部屋に入れるだなんて」
扉のノブを握ったまま声のしたほうへ振り向くと、そこには先ほどジェインによって部屋に飛ばされたはずの側妃が立っていた。
嫌な予感がする……。
咄嗟に、ノブから手を離し、お辞儀をしようとした途端、後ろから誰かに拘束される。
「え!? マナリアさ、ま……?」
目の前に居る側妃に気づいて声をあげるも、そのまま何かを嗅がされて、ヒスカリアは意識を失った。
お読みいただきありがとうございます。
主人公に試練が多すぎて、何だか申し訳なくなってきますが、もう少しだけ試練が続きます。
次は、ヒスカリアの誘拐に気づいたジェイン側のお話の予定です。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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今後もなるべく土日は更新するよう進めて参りますので、
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




