◇王宮へ
ヒスカリアは緊張した面持ちで、初めて正式な謁見用の豪華なドレスを身に纏い、ジェインのエスコートで馬車に乗り込んだ。
(こんなに裾の長いドレスは初めて着るから、汚してしまいそうで怖いわ……絡まらないようにしなくちゃ)
ドレスの裾を地面に当たらないようにたくし上げながら、慎重に座る。
ジェインが乗り込み扉が閉まると、なぜかヒスカリアは急に不安げにキョロキョロと辺りを見回す。
そんなヒスカリアの行動に、ジェインが首を傾げながら尋ねた。
「どうした? 何か忘れ物か?」
「……あの、今日はレイヴィス様はご一緒ではないのですか?」
てっきりレイヴィスも一緒に行くものだと思っていたヒスカリアの言葉に、特に他意はなく、きょとんとした表情で尋ねる。
けれど、その質問にジェインは一瞬眉を顰めると、思わずぶっきらぼうな言葉が出てしまった。
「父上がいなければ不安か?」
「あ、いえ、あの、そういうわけではなくて、ただ、なんというか、その、いつもいらっしゃる印象だったので……その……」
必死に取り繕うヒスカリアを見て、自分がまたきつい言い方をしてしまったことに気づいたジェインは、慌てて言葉を続けた。
「今日は王弟の息子ではなく、公爵として正式に君を国王陛下に紹介するための謁見だ。なので、父上は一緒ではない。だが、もし君が私だけでは不安だというのであれば、今から父上に都合を聞いてみるが……」
ヒスカリアの様子を伺うように、今度はなるべく優しげにそう告げると、家令を呼ぶべく扉のノブに手を伸ばす。
すると、ジェインの腕をヒスカリアがグイッと引き、「だ、大丈夫です」と縋るように慌てて止めた。
急に腕を引っぱられたジェインは、バランスを崩し、ヒスカリアを巻き込んで、座席へと傾れ込む。
下敷きにしないよう、ジェインは踏ん張ったものの、彼女を押し倒したような状態になってしまった。
驚いた表情で上目遣いに自分を見つめるヒスカリアと至近距離で視線が重なる。
互いの息が感じられる距離に、ヒスカリアの顔がどんどん朱に染まっていき、それにつられるように、ジェインの頬もほんのりと火照っていく。
(ふああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!)
「す、すまない!」
「い、いえ、私こそ。急に引っ張って申し訳ありません!」
数秒ののち、我に返った二人は、謝り合いながら、磁石が反発するように、素早い動きでそれぞれの座席に座る。
(え!? 今一体何が起きたの!? ジェイン様のお顔が目の前に……??)
パニック状態のヒスカリアは、顔を真っ赤にしたまま俯き、早鐘を打ち続ける心臓の音がジェインに聞こえてしまうのではないかと気が気ではない。
一方のジェインもまた、動揺を隠すことができず、俯きながら、焼きついてしまったヒスカリアの甘美な表情を脳裏にちらつかせては、頬を赤らめた。
向かいに座りながらモジモジと二人が微妙な空気を漂わせていると、空気を読まない御者が扉を少し開け、二人の様子に不思議そうな顔で出発の声をかける。
そして、この微妙な空気の中、馬車は王宮へと出発してしまった。
◇ ◇
先に口を開いたのは、ジェインだった。
「そ、そういえば、ヒスカリア……お、王宮に着くまでに何か聞いておきたいことや、確認しておきたいことはあるか?」
そう言いながら、顔をゆっくり上げ、わざとらしくヒスカリアから少しだけ視線をズラす。
突然の事態に頭がパニック状態になっていたヒスカリアは、ジェインの言葉にハッと我に返った。
「そうでした! お伺いしたいことが色々あるんです」
先ほどまでの恥じらいはどこへ行ったのか、ヒスカリアは真っ直ぐジェインを見据えてそう告げた。
気まずさから視線をわざとズラしていたジェインは、なんとか取り繕った表情で、ヒスカリアに返事をする。
「色々……ということは複数あるのか?」
「はい。サマリア夫人から色々教えていただいたのですが、ジェイン様に直接伺うようにと言われたものもありまして……王宮に着くまでに伺おうと思っていたのです」
ヒスカリアの言葉に、「あれのことか……」とジェインがつぶやく。
どうやらある程度見当はついているようだ。
それでもジェインはヒスカリアに問いかけた。
「そうか。で、何を聞きたいんだ?」
「……王太子殿下についてです」
躊躇いがちにヒスカリアが告げると、どうやらジェインが想定していた通りだったようで、「やはりな……」とつぶやくなり、小さく呪文を唱えた。
ヒスカリアとジェインの足元に魔法陣が現れ、青白く光ると、二人の周りに薄っすらと膜のようなものができる。
「ええ!?」
見慣れない膜にヒスカリアが思わず声を上げた。
「遮音結界だ。一応、王族の中でも一握りの者しか知らない機密事項だからな。ヒスカリアもこれからは嫌でも関係者になってしまう。話しておこう」
「あ、ありがとうございます」
「国王陛下には、二人の王子がいる。一人は五大公爵家出身の亡き王妃との間に生まれた第一王子のルヴィアン王太子殿下。もう一人は、普通の侯爵家出身の側妃との間に生まれた第二王子のラーカス殿下だ。ただ、ルヴィアン王太子は、子供の頃から身体が弱く、表舞台にはほとんど姿を現さない」
「……表舞台にはほとんど出てこないのに、王太子なのですか?」
「ああ、そこが我が国ならではの事情だ……」
そう告げるとジェインは大きくため息を吐いた。
「魔力重視……?」
「その通りだ。ルヴィアン王太子は身体こそ弱いが、それはまあ、血が濃くなっているせいだから仕方がない。けれどその分、そこそこ魔力量が多い。対して、ラーカス殿下は、母親である側妃が魔力を持たない普通の侯爵家の出身だ。そのせいで、魔力をほとんど持っていない」
ヒスカリアは頭の中で、サマリア夫人に教えられた貴族一覧を思い浮かべる。
(確か側妃は、エール侯爵家の出身だったはず……)
「そのせいで、側妃も第二王子も魔力に対する執着心が人一倍強い。だから、三侯家をとても妬んでいると聞いている。ヒスカリアは三侯家な上に、魔力量も多い。十分に警戒した方が良いだろう」
「え、それは……どういう意味ですか?」
(妬みの対象になるのであれば、セドナ様と同じでは……?)
そんなヒスカリアの考えが透けて見えていたのか、ジェインがすぐに指摘する。
「叔母上を想像したのだろうが、あんな可愛いものではない。攫われるか、下手をすれば、命を狙われるかもしれない……それくらいの警戒が必要だということだ」
「命を狙われる……!?」
「ああ、君の魔力を狙っている者は多い。フィオルグ夫人も似たようなことを言っていただろう? 君を取り込みたいと」
(そういえば、フィオルグ公爵夫人がそんなようなことをおっしゃっていたわ……)
それでも、攫われたり、命を狙われるなどという事態を全く想定していなかったヒスカリアの表情が強張る。
「すまない……怖がらせるつもりはなかったんだが、警戒は必要だし、もちろん君のことは私が責任を持って守る。絶対に」
そう言って、強張って握りしめていたヒスカリアの手を、ジェインが大きな手で上から優しく包み込む。
その温もりに、ヒスカリアの表情が少しほぐれた。
そうして手を握ったまま、しばらくした頃、ジェインが「そろそろだな」と窓の外を見た。
つられてヒスカリアが窓を覗くと、そこにはヴァルガス公爵家よりも大きくて煌びやかな宮殿がそびえ立っているのが見えた。
「あれが……王宮……」
ヒスカリアが呟くとジェインが「そうだ」と頷く。
ついに王宮に到着した――。
お読みいただきありがとうございます。
すみません……そんな予感はしていたのですが、謁見にまたもや到達できませんでした。
申し訳ありません。次こそは……!
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今後も土日はなるべく更新するよう進めて参りますので、
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