信用出来ない
宿屋へ向かう途中、すれ違う人々の好奇の視線がやけに多かった。
普段の生活でもこれだけの視線を感じる事はそうあるものでは無い。
(……この姿はやはり変なのか?)
レイヴンは少し歩く速度を上げると、足早に宿屋を目指した。
この街の宿屋は街の規模の割にかなり大きい。それこそ、中央の様な巨大な街にある宿屋よりもはるかに大きいのだ。
これはダンジョンの調査隊、許可を得た冒険者の一団を受け入れる為だと思われる。
中央が直接管理しているにしても、辺境の地にある街にこれだけ金をかける意味が分からない。
宿屋に到着したレイヴンは、一階の食堂の脇にある階段を上がり、二階にある宿屋の受付を目指して歩く。
「おい、あの女……」
「いい女だなぁ。こっち向かねぇかな?」
「止めとけよ。確かに上玉だ。さっきすれ違ったんだけど、魔物混じりだあの女……」
「なんだよ……勿体ねぇ」
「魔物混じりの美女冒険者か」
レイヴンは聞きたく無いと思っていても勝手に会話を拾ってしまう事に嫌気を覚えながら、これも情報収集だと割り切った。
何処の街でも似た様な事はあるものだ。
「そう言えば、最近ランクの低そうな冒険者がこの街に集まって来てるんだ。あの女もソレか?」
「さあな……」
「まあ、魔物混じりって言っても、ランクが低けりゃ恐いもんはねぇ……へへへ……」
「お前も懲りないなあ。低ランクの魔物混じり一人にやられたの忘れたのか?」
「あ、あれは油断していただけだ! 」
「へっ、それで俺達揃ってケツまくって逃げんじゃねぇか」
「違いない。みっともなくて街に戻れないんだからな」
受付の順番を待っている間、レイヴンは冒険者と思しき男達を横目でチラリと伺う。
(こんな街に来てもやる事など無いだろうに)
明らかに周囲から浮いているその男達の中には、見覚えのある顔がいくつかあった。
Aランク冒険者が数名。
とても風鳴のダンジョンの探索許可を持っている様には見えない。
これから受ける依頼の邪魔にさえならなければ、何処で何をしていようが関係の無い事だ。
「次の方どうぞ」
男達がレイヴンの事を下から舐めるように見てくる。
(気持ち悪い奴等だ……)
「次の方〜?」
レイヴンは男達を一睨みして受付に向かった。
「おい、今の見たかよ?」
「俺好みだ」
「馬鹿、お前なんか相手にされるかよ」
「そのくらいにしておけ。そろそろ時間だ」
「「ういっす」」
男達の前に現れた大男は受付に向かう女冒険者に目を向けると、腰に下げられた奇妙な剣に気付いた。
「まさかな……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(受付で指輪を見せろと言っていたな)
レイヴンは受付嬢に指輪が見える様に手を翳して、依頼を受けて来た事を伝える。
「エリスだ。ここで指輪を見せれば分かると言われて来た」
「……ふあ」
「おい。聞いているのか?」
「え⁈ あ、はい! ごめんなさい。冒険者チーム『漆黒の翼』に参加される方ですね。係の者に案内させますので、あちらで少々お待ち下さい」
(漆黒の翼?)
「分かった」
レイヴンは近くに置かれた椅子に座って待つ事にした。
討伐隊と聞いていたが、受付嬢は“冒険者チーム漆黒の翼” だと言った。
聞いた事も無い名前の冒険者チーム。
けれど、数え切れないほど多く居る冒険者の作るチームなど一々覚えていないし、名が売れていなければ知りようもう無い。
係の者に案内させると言った割に、なかなかその人物が出て来る気配は無い。
いい加減待ちくたびれたレイヴンは受付の様子を伺おうと視線を上げる。
「きゃ! こっち見たわ!」
「ちょっと、あまり大きな声出さないでよ」
「だってぇ、すっごい美人なんだもの。あんなに綺麗な人が冒険者だなんて信じられないじゃない!」
「そうだけど、指輪はちゃんとはめてたから間違いないわよ。というか、さっさと行きなさいよ」
(……面倒な)
やはり女の姿で来るべきでは無かった。
例え無愛想だと言われても、普段の姿のままで来た方が良かった。
美人というだけでこうも周囲の反応が変わるものかと呆れてしまう。
普段出歩かないリヴェリアはともかく、ユキノやフィオナはこういう時、どう対応しているのだろう。
これでは気が休まる暇が無い。
レイヴンは立ち上がると受付嬢に向かって案内の催促をした。
「おい。さっさと案内してくれ」
「は、はい!」
「どうしよう、会話しちゃった!」
「良いから早く行きなさいよ!」
そわそわしながら廊下を歩く受付嬢は、部屋に到着するまでの間ずっとチラチラと此方を振り返っていた。
「こ、こちらの部屋になります」
「他の者達はもう来ているのか?」
「は、はい! エリスさんで最後になります。他の方達は皆さん中でお待ちです」
「分かった」
どういう人物が集まっているのか興味のあったレイヴンは、内心会うのを楽しみにしていた。
人付き合いは苦手だが、ここまで手の込んだ事をした依頼主が集めた人間くらいは知りたいと思ったのだ。
ノックすると中から若い男の声がした。
他にも若い男女の話し声が聞こえて来る。
「どうぞ。開いていますから、入って来てください」
レイヴンは扉を開け中へ入る。
(確かに初心者だとは聞いていたが……)
中に居たのは十一人。
丸いテーブルに座った彼等は皆、非常に若い。見たところ十五歳前後といったところだろうか?
一斉に此方を向く彼等の視線はどれも幼く、全員が黒い翼を広げた鳥の描かれた腕章を付けていた。
魔物混じりは一人も居らず、全員が普通の人間だった。
「依頼を受けて来たエリスだ。この指輪が証明だ」
レイヴンは受付嬢に見せた時の様に指輪を翳して見せた。
しかし、誰も指輪を見ようとせずレイヴンの方を凝視していた。
「何だ?」
「あ、いえ。失礼。僕の名前はセス。てっきり、男性が来ると思っていたので。こんなに素敵な女性が最後のメンバーだなんて思いませんでしたよ。見ての通り、僕達は皆駆け出しの冒険者です。今日は顔合わせだけですから気楽にして下さい」
「……」
「此方へどうぞ。メンバーの紹介をします」
テーブルに前に立ったレイヴンは全員を見渡して納得した。
幼いというだけでだけでは無い。着ている物も装備も新品。おろし立てというやつだ。
(なるほどな。確かに初心者の様だ)
「僕達の名前と一緒に、各々の役割も説明しておきます。先ずはーーーーーー」
レイヴンを含めた十二人の内、実際に戦闘に参加するのは九名。
[前衛]
アラン・・・剣
アレン・・・短剣(二刀)
[中衛]
シャーリー・・・槍
バート・・・盾、片手槍
リック・・・双剣
セス・・・盾、片手剣
[後衛]
アッシュ・・・弓
ユリ・・・弓、補助魔法
マリエ・・・ヒーラー
アランとアレンは双子の兄弟だ。
二人共盾を持たない攻撃的なスタイルを得意としている。
中衛にいるリックは、前衛と後衛両方のカバーを担当するそうだ。かなり体力を消耗する役割だが、盾を持ったバートとセスの後ろに下がりつつ体力の回復を図るとの事。
同じく中衛のシャーリーは槍使い。前衛が討ち漏らした魔物を仕止めるそうだが、立ち位置としては前衛二人の直ぐ後ろになるらしい。
後衛にはアッシュ、ユリの弓使いが二人いる。
遠距離からの後方支援を想定しており、ユリの方は筋力や防御力を向上させる補助魔法が使えるという。
そして、この中で唯一の回復魔法の使い手マリエ。戦闘技術は皆無。回復にのみ専念するそうだ。
「戦闘に加わるのは以上九名。アラン、アレン、シャーリー、リックの四名がBランク。他のメンバーがCランクです。ここまでで何か質問がありますか?」
「いや、後でいい」
「……分かりました。では、続けます」
[サポーター]
トミー・・・荷物運搬、素材鑑定
ロイ・・・荷物運搬、装備品修理
「そして、最後が……助っ人のエリスさん。貴女です」
「助っ人?」
「ええ。貴女は冒険の経験がとても豊富だと聞いていますからね。いろいろと助言を頂きたくてお招きしました」
レイヴンは安堵すると同時に、手紙の内容と随分と違う役割に疑問を感じていた。
手加減のし辛い前衛で戦えと言われないだけマシだが、助言と言われても実際に戦闘が始まって見ない事には分からない事の方が多い。
「因みに僕がこのパーティーのリーダーです。宜しくお願いしますね」
「ああ……」
「待った!」
「何ですかアレン?」
双子の弟アレンが激しく机を叩いて立ち上がった。
茶色の短い髪、右頬と両腕にはまだ治りきっていない大きな傷がいくつもある。
かなり突っ込んで行くタイプの様だ。
「助っ人を頼んでたのは知ってたけど、女じゃないか! それにまだランクも聞いてない!」
「アレン。そういう考え方は良くないと何度も言っているでしょう? 強さに男も女も関係ありません。それは、シャーリーの強さを知っている貴方なら分かるでしょう?」
「そうだけど……俺は自分より弱い奴の助言なんて聞きたくない」
「アレン……」
「私もよ。確かに私達はまだ駆け出しだけれど、いくら経験があるからって自分より弱い人に助言を貰うなんて嫌」
編み込んだ長い髪を結い上げ、切れ長で緑色の瞳が印象的だ。
座っていて全身は見えないが、肩から腕にかけてバランスの良い筋肉が付いている。利き腕では無い方の腕もしっかりと鍛えてあるのだろう。
「シャーリー……貴女もですか? 困りましたね……」
(ま、それは当然だろうな……)
レイヴンは二人の言った事がよく理解出来る。
自分が逆の立場でも同じ事を思っただろうからだ。
実力も知らない初めて会った人間に助言されても信用出来ない。
これから行くのはダンジョンなのだ。
いくらAランクまでの魔物しか居ないと言っても、判断を間違えれば死に繋がる。駆け出しの冒険者ならば、尚更だ。
二人が声を上げた事は間違ってはいない。
「なら、改めて自己紹介といこうか。私はエリス。Cランク冒険者だ」
「ほら見ろ! 何で自分より下のランクの奴に助言なんかされなくちゃいけないんだ! 俺は絶対に反対だ!」
「私もアレンの意見に賛成」
「二人共いい加減に……!」
レイヴンはセスを止めると、一歩前へ出た。
「良いだろう。私も自分よりランクが高い癖に口だけの冒険者に教える事は何も無い。文句があるなら実力で証明して見せろ。それとも本当に口だけなのか?」
「ちょ、ちょっと……エリスさん⁈ 」
「言ったな!!!」
「表へ出なさい! 口だけじゃ無いって証明してあげる!!!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたレイヴンは皆を連れて宿を出た。




