高みを知る
よく分からないが、相当なダメージを負ったらしいミーシャは、ツバメちゃんの背に横たわったままぐったりしている。
若干、虚ろな目をしている気もするけれど、本人曰くそっとしておいて欲しいそうだ。
そうこうしている内に日が完全に落ちてしまった。
依頼の内容が大至急だと言っても、何の準備もしていない。それに、集めた素材を処理してしまいたい。
(出発は明日にするか……)
今直ぐ旅立つ訳にもいかないレイヴンは、今日のところは街へ戻り明日の朝旅立つ事にした。
それまでにミーシャが立ち直ってくれると良いが……。
「え⁈ 明日の朝旅立つのか?」
「そんな、急にどうしてなんですか? 街の復興だってこれからだし……」
「そうだよ。レイヴンさえ良ければずっと居てくれても良い。俺達の命の恩人なんだ。遠慮はいらない」
リアム達がそんな風に言ってくれるのは正直嬉しい。けれども、レイヴンは既にこの街での用事を済ませている。自分の過去の事も、世界の事も気になるのだ。
ランスロットと約束した旅の期間は一年。
さっさと依頼をこなして次の目的地を決めなければならない。
「生憎、次の依頼が入っている。リヴェリアがこの街に冒険者組合を誘致すると言った以上、お前達が思っているよりもずっと早く事態は進展するだろう」
「次の依頼?」
「ああ。俺の仲間が報せて来た」
リアムはレイヴンの後ろにいる巨大な鳥に目線をやる。
丸々とした背に埋もれる様にぐったりとしている少女は冒険者には見えない。それでも、レイヴンが仲間だと言うのなら相当な腕前を持っているのだろうと勝手に納得していた。
がっくりと肩を落としたリアム達は、その後もどうにかレイヴンを引き留めようと説得を試みたが、どうしても首を縦に振る事は無かった。
「そうか……。なら、せめて今夜は俺達にもてなしをさせてくれ」
「ああ」
夕食を終えたレイヴンは、少し回復した様子のミーシャがリアムの仲間達と一緒に騒いでいるのを見つめながら考えごとをしていた。
魔剣の事を調べ、自身が魔物堕ちしてしまうのを避ける方法を探す為に来た訳だが。結果的には余計に謎が深まっただけの様な気がしてならない。
過去に一体何があったのか?
どうしてステラと共に暮していたのか?
願いを叶える力は漠然とし過ぎていてレイヴンにはよく分からない。
魔神喰いと呼ばれる魔剣の力が、使用者であるレイヴンの願いに反応しているのだとしたら、魔物堕ちした者を人間に戻す行為は単なる独り善がりの願いに過ぎないのだろうか?
いくら考えてもそこに答えは無い。
マクスヴェルトはレイヴンの行いもまた摂理を歪めているのだと言った。
ならば、禁忌を犯しているのは自分も同じだ。
命を救う行為を正当化して、本来死ぬ筈だった人間を無理矢理生かしているだけなのだとしたら……。
それは明らかに人の領分を超えた行為に他ならない。
ただ一つ、ルナを救う事が出来たのは大きい。
生まれ変わったルナがもう一度幸せな時を過ごせるのなら、自分の行為も少しは……。
(これも独り善がりなのか……)
「レイヴン。少し良いだろうか?」
騒いでいる仲間達から離れたリアムが声をかけて来た。
神妙な面持ちをしたリアムは意を決した様に口を開く。
「一度は諦めたんだけど……その……」
「良いぞ」
「俺と手合わせしてくれ。レイヴンに勝とうだなんて思っちゃいない! 最後に一度……って、え?」
「良いと言ったんだ。今のお前になら付き合ってやっても良い」
「……! ああ!頼むよ!」
広場の中央でレイヴンとリアムは向かい合う。
周りで見守るリアムの仲間達にも緊張が走る。そこには最早、最初に出会った時の様な嘲笑は無い。
剣を構えたリアムの目は真剣で、一切の手加減は必要ないとばかりに気力を漲らせていた。
(さて、どうしたものかな……)
真剣に挑んでくる相手に対して手を抜く事は出来ない。かと言って、魔剣の力を使う訳にもいかない。
考えあぐねているのを察したのか、リアムがレイヴンに声をかける。
「レイヴン! あの姿で頼む!」
「本気か?」
「ああ。そうでなくっちゃやる意味が無い」
「……」
(ふふ……本当にランスロットと瓜二つだな。会わせてみたら気が合うかもしれないな)
レイヴンは魔剣を抜き力を解放した。
ーーードクン!
黒い霧が晴れ、レイヴンが鎧を纏った姿を見せると、周囲からどよめきが起こった。
殺気を込めていないにも関わらず、ただ立っているだけだというのに途方も無い力を感じる。
「流石……」
対峙するリアムは汗の滲む手を服で拭うと剣を握り直した。
生半可な攻撃が通用する相手では無い。スピードも攻撃力も段違い。
それでも、挑む価値はある。
遥か高みを知る事は、自分の限界を更に引き出してくれる筈だと信じている。
それで心が折れてしまうくらいなら、初めから挑んだりしない。
「一つだけ……」
「手加減なら要らないぜ! 全力で頼む!」
(良い目をする奴だ。なら……)
「俺からは手を出さない。リアム、俺に手を出させてみろ」
「……ッ!!! へっ! 普通なら怒るところなんだろうけど、正直有難い申し出だ。思う存分やらせて貰う」
「ああ。かかって来い」
リアムが重心を移動させ剣を体に引きつける様に構えて行く。
これは相手との間合いを一気に詰める際に用いられる突撃の構えだ。
ランスロットと似た性格をしていても、案外戦い方は堅実なタイプなのだろう。
「行くぜ!!!」
「応ッ!」
リアムの姿が一瞬ブレた後、レイヴンの懐に潜り込んだリアムの剣が迫る。
(ほう。これはまた珍しいな)
リアムは間合いを詰めたかと思ったら直ぐ様距離を取ってレイヴンの周りを不規則に動き回り始めた。
スピード自体は然程速い訳では無い。理由はおそらくリアムの緩急を付けた独特な歩法にある。
ランスロットは高い身体能力と膂力に任せて腕の振りを高速化した。対するリアムは移動する際の足の動きを高速化させる事で重心を僅かにズラしながら細かく緩急を付けて残像を生み出す事に成功している。
魔物に対して何処まで有効なのかはともかく、人間相手ならリアムの動きに目が惑わされるのは間違いない。
「良い攻撃だな」
「簡単に防いでる癖によく言うぜ!」
レイヴンは次々に放たれるリアムの剣撃を捌きながらじっくりと観察していた。
周囲で見ているリアムの仲間達もかなり熱が入って来たようだ。
「凄いぞ! あのレイヴンを相手にかなり良い攻撃が出来てるんじゃないか⁈ 」
「これだけ攻めれば流石にレイヴンも手を出さざるを得ないだろ」
「それはどうかしら……」
「何でだよアンジュ? 勝てないにしたって、かなり良い線いってると思うぜ?」
「レイヴンの足元をよく見て見なさいよ」
あのアンジュという名のレンジャーは今の状況がちゃんと理解出来ているらしい。
「足元? ……あ!」
「そういう事。レイヴンは開始位置から全く動いていない。背後からの攻撃も低空からの際どい攻撃も全部防いでる。実力差は分かってた事だけど、あまりにも差があり過ぎる……」
確かにリアムの攻撃は良いリズムで放たれはいる。しかし、次第にレイヴンが剣で弾く回数が減って来ている。リアムの攻撃が見切られてしまった。
「くっ……!」
「どうした? 攻撃が単調になってきているぞ?」
「くそぉ! まだまだぁ!!!」
「その意気だ」
レイヴンはリアムの動きを既に掌握しつつあった。
リアムが攻撃を放とうとした箇所には、ことごとく先読みしたレイヴンの剣が待ち構えていた。
「マジかよ……」
「リアムはあれでよく心が折れないな」
「何言ってるの。リアムのあんなに楽しそうな顔見たことある?」
「確かに。あれは心が折れるって感じの顔じゃ無いな」
皆が見守っている中、ミーシャはその光景を黙って見ていた。
確かにリアム達は良い人だ。レイヴンがリアムの相手を快諾したのも頷ける。
特に気になったのはレイヴンの様子だ。
見た目にはいつもの無愛想な顔にしか見えないが、以前に比べて雰囲気が柔らかくなった様に思う。それは勿論良い事だ。けれども、ミーシャにはその急激な変化が何かの前兆のような気がする。その事が不安なのだ。
「リアム、そろそろ終わりだな」
「ま、待ってくれ! まだやれる!」
「いや、動きが遅くなっている。この辺りが限界だろう。そうだな、最後に俺の攻撃を受けてみろ」
「……」
リアムの表情に緊張が走る。
結局レイヴンに手を出させる事は出来なかったが、最後に打ち込んで来てくれると言うのだから、願ったり叶ったりだ。
ゆっくりと体を沈めていくレイヴンの構えはリアム達にとっても新鮮だ。
「行くぞ……」
レイヴンの姿が消える。
気付いた時には、一瞬でリアムの目の前に現れたレイヴンが上段から剣を振り下ろす所だった。
振り下ろされた剣は只の剣撃では無い。
クレアと戦った時と同じ、無数のフェイントを織り交ぜた攻撃だ。リアムからは一本の剣が十本にも見えているだろう。
「……ぐうぅ!!!」
どうにか剣での防御が間に合ったリアムだったが、レイヴンの剣圧に耐えられずに吹き飛ばされてしまった。
「リアム!!!」
「おいおい……生きてるのか?」
瓦礫の中でリアムは気を失ったまま笑みを浮かべていた。
手も足も出なかった。それでも、レイヴンと戦えた満足感がリアムの闘争心を満たしていた。
(防いだか。やはり、見込みがあるな)
もしも、リアムの防御が間に合わなかった時には寸止めするつもりだった。
けれども、リアムは見事に防いでみせた。足の疲労が無ければ踏み止まる事も出来たかもしれない。
レイヴンは鎧を解き、リアムの元へと向った。
ーーー翌朝。
少し肌寒い風に目を覚ましたレイヴンは、ぐっすり眠ったミーシャを乗せたまま丸くなっているツバメちゃんに声を掛けた。
「そろそろ行くぞ」
「くるっぽ」
ミーシャに案内を頼むにしてもツバメちゃんの背に乗るのはよしておこう。
精霊と魔物混じりは相性が悪い。
魔物の血の薄いミーシャはともかく、レイヴンはどうにも精霊が苦手だった。
「ん……。あ、レイヴンさんお早うございます」
「ああ。さっさと行くぞ」
「皆さんには声をかけないんですか?」
「事情は昨日説明してある。早ければ今日にでもリヴェリアの部下の誰かが応援にやって来る筈だ。何も心配はいらない」
本当ならもう少しリアム達の手伝いをしてやりたい所だ。しかし、大至急と言う依頼の割に期日が指定されていないのも気になる。
あのメッセージカードとやらで伝えるつもりだった様な気がしないでも無いが、ミーシャの身内が関係しているのなら指定された場所を見つけるのは簡単だろう。
「そう言えばレイヴンさん、街の復興ってなんですか? 昨日リアムさん達が言っていたんですけど、よく分からなくて」
「……」
レイヴンはミーシャの質問にどう答えたものかと思案する。
説明しても良いが面倒だ。ここは手短に済ませる事にしよう。
「マクスヴェルトが森を焼き払った」
「へ? 焼き払った? マクスヴェルトって、あの?」
「賢者マクスヴェルトだ。ミーシャも前に一度会っている」
「へ?」
「その鞄に魔法をかけた老人がいたと言っていただろう? 」
「ええっーーーうぐぅっ!」
レイヴンは大声を上げようとしたミーシャの口を素早く手で塞ぐと、静かにしろと指で合図して見せた。
こんな朝っぱらから大声で叫ばれては堪らない。
「とにかく、色々あってな。行くぞ」
ゆっくりと頷いて同意したミーシャを連れて街から離れた。
(この辺りで良いか)
レイヴンは魔剣を抜き力を解放する。
以前の様に大きな魔力は必要ない。頭で念じるだけで鎧を纏う事が出来るようになったのだ。
「カードに書かれていた場所への案内を頼む」
「う……私も行かなきゃ駄目ですかね?レイヴンさん係ですけど、今回は何というか……」
「……その方が早いだろう?」
気まずそうに目を逸らしたミーシャはモジモジとしてはっきりしない。
そんなに両親に会うのが嫌なのだろうか?
魔物混じりの多くは孤児だ。
生まれて直ぐに捨てられるか奴隷商人に売られてしまう。
ミーシャの様に両親が揃って生きているのは珍しい。
「両親に会いたく無いのか?」
「そういう訳じゃあ……」
(ふむ。仲が良さそうに思ったが違うのか?)
「なら、少しだけ寄り道をして行く。付いて来い。待ち合わせの場所へ行くのはその後だ」
「何処へ行くんですか?」
「パラダイムだ。素材の換金をしておきたい。どの道旅の費用も必要になるからな」
「ああ、なるほど! 」
空を飛んで行くならパラダイムまではそう遠くない。
昼までにミーシャが気持ちを切り換えてくれるのを待つしかないだろう。それでも嫌だというなら自力で探すしか無い。
レイヴンは黒い翼を広げパラダイムへ向って飛翔した。
これにて第三章完結でございます。
ここまで読んでくださった皆様に感謝申し上げます。
次回より新章始ります。
これまでとは少し違った物語に出来たらなと思っています。
宜しくお願いします!




