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一緒に帰ろう

 

「レイヴン!」


「煩い。今話しかけるな」


 今まで何度も喰らって来た。

 人を蝕む絶望も闇も。

 それがこの魔剣の能力なのだと純粋に信じていた。


 マクスヴェルトが言う第三の管理者。

 それがルナの心臓部であり、意思なのだという話は信じていない。


 何故なら既に第三の存在を認識しているからだ。


「そうじゃないよ!外!外だよ!リアーナの反応がある!」


「何だと⁈ 」


 魔剣が自らを汚染する闇を喰らい尽くすまで未だ時間がかかる。

 魔物堕ちを抑えていられるのも、そちらに力を割いているからに過ぎない。


 レイヴンは慎重に意識を浮上させていった。




 掠れて靄のかかった様な視界に映るのは泣きそうなリアーナの顔だ。


(リアーナ、何故此処にいる?待っていろと言ったのに……)


 言葉を伝えようにも体の自由が効かない。

 幸い外の音を拾う事は出来る様だ。


 レイヴンは隣に立つステラとシェリルに視線を送ってリアーナの安全が確保されている事を確かめた。


「レイヴン、聞こえる?」


(リアーナ……)


 願いを叶える力を使って可能な限りの魔物混じり達を普通の人間へと変えた。

 生きる為に必要な者、拒絶の意思を持つ者に影響が及ばない。願いのは力はあくまでも本人の願いに沿うべきで、強制的に意思を捻じ曲げる事は背中を押す行為から逸脱している。


 しかし……しかしだ。

 リアーナと孤児院の子供達には普通の人間として生きて欲しかった。

 他人の目や心無い言葉を浴びせられたり、魔物堕ちの恐怖に怯えて過ごす必要の無い自由な生活を送って欲しい。

 それがレイヴンの願いであり、何も無い自分に大切な事を教えてくれた事への感謝だった。


 なのに、レイヴンを見つめるリアーナの目は赤いままだ。


「大丈夫だよ。子供達は皆んな普通の人間に戻ってる。私も一度は戻ったんだけど、また戻っちゃった」


(そんな馬鹿な……俺は確かに……)


 リアーナだけには特にレイヴンが念入りに願いの力を込めた。

 それでも魔物混じりに戻ってしまったという事はリアーナ自身が願いの力を、魔物混じりで無くなる事を拒絶したからに他ならない。


「魔物堕ちは今でも怖いよ。いつかエリス姉さんみたいになっちゃうかもしれない……子供達を手にかけてしまうかもしれない。そう思うと今でも怖くて体が震えるの」


(なら、どうして……)


 同じだ。レイヴンもエリスの時の様な事が二度と起こらない様にしたいと願い続けていた。

 魔物堕ちから元に戻す力があっても、手が届かなければ何の意味も無い。だからこそ、自分が居なくなってしまっても大丈夫なようにしようとした。


「此処へ来る途中、シェリルさんから願いの力について聞いたの。私にはとても信じられない、夢みたいな力だと思ったわ。リアムの街でレイヴンが私に教えてくれた事が本当に叶うかもしれない。当たり前で溢れた幸せな時間を過ごせる日が来ると思った……」


 魔物混じりにとって、当たり前の日常を過ごす事は何よりも尊く、極めて困難な事だ。

 リアーナがそんな当たり前の暮らしを手に入れて、エリスの分まで楽しく過ごしてくれたら、それはレイヴンにとっても嬉しい事だ。


 しかし、そんな夢の様な願いの力でも、力を振るう本人の願いは叶えない。

 世界の在り様を一変させてしまう超常の力があっても、だ。


「私だけ魔物混じりじゃ無くなるだなんて、それじゃあレイヴン一人だけずっとそのままになっちゃう……。私はそんなの嫌。私もレイヴンと同じ景色を見ていたいよ。街の人達は皆んな親切だけど、やっぱりあそこは私の居場所じゃ無い。一緒に帰ろう?私達の……エリス姉さんが眠るあの家に。早く戻って来てよレイヴン」


(……リアーナ。俺は……)


 何という事だ。


 リアーナが欲しがっていたのは当たり前の日常だと思っていた。


 普通の人間と同じ様に生きていけたなら。

 魔物にも魔物堕ちにも怯えずに暮らせるのなら。

 明日という日を笑って迎える事が出来るのなら。


 そんな当たり前を叶える事こそが、リアーナの背中を押してやる事だと思い込んでいた。

 そこには当然、レイヴン自身も、クレアも、ルナも一緒にいる。

 皆がいればそれで良いと考えたのは間違いなのだろうか?


 リアーナはステラとシェリルの手を離してレイヴンの頬に触れた。


 ステラとシェリルは万が一に備えて臨戦態勢の構えだ。


「……どんな姿になっても、レイヴンはレイヴンだよ。だから、一緒に帰ろうよ……。いつもみたいに“問題無い” って言ってよ……私を一人にしないでよ……」


 ーーーああ。一人になんかするものか。どれだけ時間がかかろうとも、必ず戻って来てみせる。


「レイヴン?」


 レイヴンは思うように動かない手を必死に持ち上げて、大粒の涙を流すリアーナの頭に乗せると、掠れた声で言った。


「問題……無い……」


 レイヴンはステラとシェリルに視線で合図を送ってリアーナから離れた。


「レイヴン!」


「リアーナ、離れるわよ!」




 再び魔剣に意識を戻したところで、マクスヴェルトが呟いた。


「どうして僕が元いた世界とはこんなに違うんだろうね……」


 マクスヴェルトが過ごした世界線には、こんなに沢山の仲間は居なかった。

 レイヴンが成長を遂げた事ともう一つ、決定的な違いがあるのだとしたら、それは一体何だと言うのだろうか。


「今更何を言っている。お前の存在があったからだろう?」


「レイヴン……」


「俺には世界だなんて難しい事は分からない。だが、それはきっと些細な食い違いだ」


 運命とやらが誰かの言葉一つで大きな変化を受けるのだとしたら、それはきっと何か一つ欠けていただけで“今” という時は無かった事だろう。

 くだらない冗談も、罵り合う事も。何もかもが必然であったのなら、マクスヴェルトの存在もまた、“今” という時に必要な事だったに違いない。


「世界は運命が折り重なる事で構築されている。そういう事なのかな……」


 水面に広がる波紋の様に、幾つもの波紋が重なり合う。けれど、気紛れな風の悪戯で波紋は如何様にも姿を変える。


 そんな物を予測出来る者などいないし、思い描いた通りの波紋を広げる事もまた、誰にも出来ない。


「だがな、そんな運命なんて糞食らえだ。俺は今日という日を必死に生きて、明日という日を欲しがった。でも……本当に欲しかったのは、今日とは違う明日だ。少しだけ、ほんの少しだけ今日よりマシな明日が欲しかったんだ」


 だがら未来が欲しい。

 皆が望む未来を迎える為には運命如きに負けている場合では無いのだ。


「今日よりマシな明日、か……確かにその通りだ」


「マクスヴェルト。俺は必ず戻ってみせる。どれだけ時間がかかるかは分からない。それでも、俺を待っていてくれる人がいる限り、俺は必ず戻って来る。なに、そんなに待たせるつもりは無いさ。リヴェリア達にそう伝えてくれ」


「リアーナとクレアには伝えなくて良いのかい?それから、ルナにも」


「ああ、問題無い。お前達ならきっと俺を止めてくれると信じている」


「分かった。またね、レイヴン」


「ああ、またな。マクスヴェルト」


 ーーードクンッ!


(悪いが、もう一仕事だ)


 レイヴンは自信の闇を喰らい続ける魔剣を強引に発動させた。


「お前が神と魔を喰らう魔剣なら!俺の魔力を喰らって願いを叶えろ!マクスヴェルトの魂を元の体へと還せ!!!」



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